第26話 元カップルと登校(奏目線)
あ……そう言えば、LINE見てなかった。
多分、風花さんが心配してくれて何通か送ってきてるかも……。
ちょうど信号が赤になったし、今のうちに……。
〈奏ちゃんどうしたのー? 今日お休みー?〉――8:20
〈それとも遅刻ー?〉――8:20
〈逢坂クンも来てないし2人揃って何やってるの?〉――8:21
わわっ、風花さんから3件もきてた……!
えっと……とりあえず。
〈ごめん! 今日休みだって勘違いしてて、寝坊しちゃった! 今学校に向かってるところだから心配しないで!〉――11:23
これでよし。
あとは他の友達を……。
「鳳、信号変わった」
「あ、うん。ありがと」
逢坂くんの声で、ようやく信号が青になっていることに気が付いた。
歩きスマホは危ないし、返信が返ってきてもすぐには返せそうにない。
「歩きスマホをしないのは鳳らしいけど、何してたんだ?」
「友達からのLINEに返信してたの。ドタバタしてて全く返せてなかったから」
多分、逢坂くんの方にも三柴君だったり、雨城さんだったり……もしかしたら風花さんもメッセージを送ってきてたのかな?
しばらく何も話すことがなかったから、2人並んで学校への道を歩く。
お互いの距離は特に離れていても問題ないぐらいの微妙な距離が空いている。
「……中学の時とは違うな。友達もいっぱいいるみたいだし」
何分経ったかは分からないけど、逢坂くんがふと、そう言ってきた。
……というか、その言い方だと……。
「それ、暗にぼっちだったって言ってる?」
「いやいや。随分と友達が増えたって話だから」
まあ確かに昔は人の友達よりも本が友達って言っても差し支えなかったけど。
「ん-。そうかも。これでも結構色々と努力したからね」
とにかく人付き合いが苦手だった私は、まずは人と話せるようになる為に行きつけの美容院の美容師さんと話すことを心がけた。
そのあとは服を買いに行く際、店員さんとお喋りして仲良くなったりだとか……本当に大変だったけど、その甲斐はあったと思う。
その後は見た目も変えて、少しでも表情が明るく見えるように笑顔の練習もしたし。
……でも、私もそうだけど……。
「逢坂くんもちょっと変わったよね」
私みたいに明確に変わる為の行動をしたわけじゃないと思うんだけどね。
「どこかだ?」
「なんだろう……あ、友達が出来たとか?」
「それ暗にぼっちだって言ってるだろ」
逢坂くんは少しだけむっとして、睨むように私を見てきた。
たったそれだけなのに、心が弾むようだった。
「あはは、仕返しー」
一瞬だけきょとんとした逢坂くんは、口元に手を添えて視線を逸らした。
少し頬が緩んでたように見えたのは……多分気のせいだよね?
「人との関わりを避けなくなったっていうのかな? 前よりも雰囲気が柔らかくなったと思うよ?」
私がそう言うと、心当たりがあったのか、苦い物を食べた時のような顔する彼を見て、少し笑いそうになってしまった。
「……まあ、僕からじゃなくて向こうから関わってくる人種が勝手に親友まで名乗り合ってくるぐらいだからな」
「ふふっ、逢坂くんにはそういう友達が合ってると思うよ? 逢坂くんの捻くれ具合を理解してちゃんと付き合ってくれる人たちが」
そこがまた可愛かったんだけどね。
逢坂くんの良さでも合ったし、それを分かってくれる人が増えるのは……嬉しい反面、少しだけ寂しい気がする。
「悪かったな捻くれてて」
……うん、やっぱり可愛いと思う。
私っておかしいのかな?
「というか似たような話を入学した時ぐらいにしなかったか?」
えっと……あー。
「……そう言えばしたかも? 確か逢坂くんが大人っぽくなったって話だったような?」
「そうだったな。そのあと鳳が子供っぽく叫んで注目されかけたんだっけ?」
にやにやと意地が悪そうな笑顔を逢坂くんが向けてきて、私は自分の顔が赤くなるのが分かった。
「あれは忘れて! もうっ、仕返しのつもり!?」
「ああ。仕返しのつもり」
もう一段顔が赤らむのを感じた私は思わず下唇を軽く噛んでこみ上げてくる羞恥に耐える。そんな私を見て、逢坂くんは堪えきれないって感じでくくっと軽く笑った。
「やっぱり逢坂くんって大人っぽくなったけど子供っぽいよね」
「鳳も多少は変わったけど、子供っぽいところは変わらないな」
「こ、子供っぽくないし! というか昔からそう思ってたってこと!?」
つまり付き合ってた頃にもってことだよね!?
もうっ! もうっ!
「……意地悪する逢坂くんは嫌いです」
ぷいっとそっぽを向いて口を利きませんよアピールをしてしまった。
……もしかしてこういうのが子供っぽいって言われる原因なのかな?
でもでも、からかってくる逢坂くんが子供なのがいけないよねっ!? ねっ!?
やがて学校の近くの公園に近づいてくると、逢坂くんが頭を掻きながらまた口を開いた。
「悪かったって。あ、ほら、あそこの公園で飯食ったらどうだ?」
「…………うん」
言われなくてもそうするつもりだったし……。
逢坂くんが自動販売機に行くのを横目に見ながら、ベンチに腰を下ろして鞄にしまっていた袋から中身を取り出す。
除菌ティッシュで手を拭いてから、ラップを剥がして、手を合わせた。
「――いただきます。……あ、このおにぎりの具……鮭だ」
サンドイッチはタマゴサンドだし……もしかして、逢坂くんが私の好みに合わせてくれたのかな? ……偶然だったとしても、嬉しいな。
「……ほら、緑茶で良かったか?」
おにぎりに舌鼓を打っていると、飲み物を持った逢坂くんが片方差し出してきてくれた。
「え。うん。ありがと……ちょっと待って、お金を……」
「いい。からかって悪かった。その分の謝罪だ」
そう言って、コーヒーを手に持った逢坂くんは私と1人分ほど距離を空けて、ベンチに腰をかけた。
……あんなことでムキになるなんて、私って子供なんだなぁ。
「からかったのはお互い様だから……私もごめん」
「ん、受け取った。ゆっくり食べろよ? どうせここから学校まで3分ぐらいなんだから」
逢坂くんはそう言ってコーヒーに口を付ける。
って、忘れてたけど……私たち今遅刻してるんだよね?
「そんなわけにはいかないでしょ? ん!? げほっ!」
一気に頬張り過ぎて喉に引っかかった!?
「あーほら言わんこっちゃない」
りょ、緑茶!
慌ててお茶を飲む私を見て、逢坂くんは呆れたように呟いた。
「無理して早く食おうとするからだ。頬張り過ぎてリスみたいになってたぞ」
「……ぷはぁっ! もうっ、だからわざわざそういうの口に出して言わないでってば!」
呆れたまま逢坂くんはまた軽く、くくっと笑いを漏らして遠くを見るように空を見上げ始めた。
……変わったって思ってたけど、やっぱり変わってない部分もあるんだね。
ホッとしたような、そうじゃないような……でも、逢坂くんは逢坂くんのまま。
私が好きだった彼も、私が諦めないといけないのにどんどん好きになってしまってる彼も、どっちも逢坂くんだよね。
遅刻して反省文が待っていたり、これから友達にノートを借りて写さないといけない、ちょっと面倒な事が待っていても……。
――どうしてか、私の気持ちは弾んだままだった。遅刻は良くないけど、遅刻したことを負に感じないような、そんな1日だったと思う。
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