第25話 元カップルと登校

「鳳、信号変わった」

「あ。うん、ありがと」


 信号待ちの間に鳳がスマホを取り出して、何かをし始めた。

 意識がスマホに向いているせいで信号が変わったことにも気が付いていなかったから、声に出して伝えた。


 遅刻してるとは思えないぐらい僕たちはのんびりと学校に向かっている。

 まあ、僕は本当に慌ててないけど……鳳は遅刻したことを考えないようにしてるって感じだ。


「歩きスマホをしないのは鳳らしいけど、何してたんだ?」

「友達からのLINEに返信してたの。ドタバタしてて全く返せてなかったから」


 あーなるほど。

 そう言えば、僕もあれから通知見てないな。……まあ、今はもう学校に向かってるわけだし、別にいいか。


「……中学の時とは違うな。友達もいっぱいいるみたいだし」

「それ、暗にぼっちだったって言ってる?」

「いやいや。随分と友達が増えたって話だから」

「んー。そうかも。これでも結構色々と努力したからね」


 そんなん見れば分かる。

 眼鏡からコンタクトにして、見た目を変えて、まだぎこちないけど、人前でどもることも少なくなってきてるし、ちゃんと目を見て話せるようになってるしな。

 

「逢坂くんもちょっと変わったよね」

「どこかだ?」

「なんだろう……あ、友達が出来たとか?」

「それ暗にぼっちだって言ってるだろ」

「あはは、仕返しー」


 やっぱ鳳の方が変わっただろ。

 前はこんな風に笑いながら冗談を言うタイプじゃなかったのにな。

 というか舌出してベッてするの可愛くて心臓に悪いからやめていただきたいね。


「人との関わり避けなくなったっていうのかな? 前よりも雰囲気が柔らかくなったと思うよ」

「……まあ、僕からじゃなくて向こうから関わってくる人種が勝手に親友まで名乗り合ってくるぐらいだからな」

「ふふっ、逢坂くんにはそういう友達の方が合ってると思うよ? 逢坂くんの捻くれ具合を理解してちゃんと向き合ってくれる人たちが」

「悪かったな捻くれてて」


 その捻くれてた奴を好きだと言ってくれたのはどこのどちらさんだっけな?

 そんなこと口が裂けても言えないけど。


「というか似たような話を入学した時ぐらいにしなかったか?」

「……そう言えばしたかも? 確か逢坂くんが大人っぽくなったって話だったような?」

「そうだったな。そのあと鳳が子供っぽく叫んで注目されかけたんだっけ?」

「あれは忘れて! もうっ、仕返しのつもり!?」

「ああ。仕返しのつもり」


 慌てて顔を赤らめる鳳を見て、くくっと忍び笑いをする。

 

「やっぱり逢坂くんって大人っぽくなったけど子供っぽいよね」

「鳳も多少は変わったけど、子供っぽいところは変わらないな」

「こ、子供っぽくないし! というか昔からそう思ってたってこと!?」


 ほら、そうやってすぐムキになるところが子供っぽいって言うんだ。 

 ……まあ、そこが可愛らしくもあるんだけど。


「……意地悪する逢坂くんは嫌いです」


 あー拗ねちゃったか。ついやり過ぎた。

 ……どうにも今のこの一緒に登校する状況っていうのは付き合ってた頃を思い出してしまって、あの時のように接してしまう。

 

 ――完全に浮かれてるな、僕。

 気を引き締めないと、このまま学校に行ったら確実に何かやらかしそうだ。

 

「悪かったって。あ、ほら、あそこの公園で飯食ったらどうだ?」

「…………うん」


 むくれたまま、鳳はベンチに座って袋からおにぎりを取り出した。

 とりあえず、自販機で飲み物買っておくか。


 僕は……コーヒーでいいか。

 鳳は緑茶だな、おにぎりとサンドイッチなわけだし。


「お待たせ……あ――」


 声をかけようとして、ふと耳を澄ませると小さく鼻歌が聞こえてきた。

 ……これって、機嫌がいい時の? 

 そうか、おにぎりの具は適当に選んだけど、鳳の好きな鮭だったな。あとサンドイッチはタマゴサンドだし。

 どうにか機嫌が直ってくれたらしい。


「……ほら、緑茶で良かったか?」

「え、うん。ありがと……ちょっと待って、お金を……」

「いい。からかって悪かった。その分の謝罪だ」


 人1人分ほど空けて、ベンチに腰掛ける。

 ほんっと、遅刻してるとは思えないほどゆったりしてる時間が流れてる気がする。

 気分はまるでピクニックみたいだ。


「からかったのはお互い様だから……私もごめん」

「ん、受け取った。ゆっくり食べろよ? どうせここから学校まで3分ぐらいなんだから」

「そんなわけにはいかないでしょ? ん!? げほっ!」

「あーほら言わんこっちゃない」


 昔から焦ったらドジるんだから、絶対喉に詰まらせると思ったんだよ。

 飲み物買っておいてよかった。


「無理して早く食おうとするからだ。頬張り過ぎてリスみたいになってたぞ」

「……ぷはぁっ! もうっ、だからわざわざそういうの口に出して言わないでってば!」


 やっぱり子供っぽい鳳を見て、僕は気付かれないように再び忍び笑いをした。

 変わった元カノを見て少しだけ安心して、変わらない彼女の面影を見て、僕はやっぱり安心してしまった。


 結局、遅刻の代償として……反省文を書かされたりとか、授業の遅れを取り戻すのは大変そうだったし、元カノを諦めるという目標からは遠ざかったような気がしないでもないけど……。


 ――遅刻して良かったと思えるようなそんな1日だった。

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