第15話 元カレとGW前日

「ところで大空くんは明日からのGWはいかがお過ごしの予定で?」


 放課後の図書室、僕はいつものように雨城と学校の図書室で過ごしていた。

 GW、GWね……。


「本読んで終わり」

「なるほど。いつも通りってことですね」

「読書以外の趣味を持たないインドアの休日なんてそんなもんだろ」

「そうですねー。わたしも似たようなものですからよく分かります。読書家の長期休暇なんて家から出る時間の方が少ないぐらいですからねー」


 睡眠時間も少なくなるな。気がついたら夜が明けてるなんてざらにある。

 さて、今回のGWは1日何冊本を読めるかな?


「あ、そう言えば1つ予定が出来るかもしれない」

「何ですか? 撮り溜めたアニメの消化とかですか?」

「それは君の予定だろ。僕の家族と鳳一家は家族仲がいいから、こういった休暇の時には突発的にイベントが発生するんだよ」

「おー! ラノベにありがちな休日イベントってやつですね!」

「ま、あるかどうかは分からないけどな。だから、かもしれないだ」


 父さんと鳳のおじさんがなんかドライブで遠出を計画をしていたような気がしないでもないけど、僕としては遠出は疲れるから家から出たくない。


「いいじゃないですか。美少女と家族ぐるみの付き合いなんて! 神イベントですよ、神イベント!」

「現実の予定をギャルゲーやラノベの感覚でイベントと呼ぶのはやめろ」

「高鳴りますねー! あ、お土産と思い出話を所望します! 美少女との神イベントのスチル解放と幸せのお裾分けをぜひ!」

「図々しい上に人の予定でCG解放をしようとするな。なんか君おっさんみたいだぞ?」


 ひとまず、思い出話はともかくとしてお土産は買ってきてやると付け加えてから、僕は本を閉じた立ち上がった。

 ……行くかどうか分からないけどな。


×××


「ドライブに行くぞー!」

「おーう!」


 家に帰ると、おっさん2人が肩を組んで声高らかに宣言していた。

 うるさい。あとむさ苦しい。


「大空! どこに行きたい!?」

「今の気分だといい歳した父親たちがむさ苦しく肩を組んでなくて息子にうざ絡みしてこない静かな場所」


 つまりこの場所以外のどこか。いつもなら家と本屋や図書館以外には行きたくないと言っているけど、今回ばかりは別だ。


「なんだよつれねえなぁ。幸介こうすけ! どこに行くよ!?」

「やっぱ景色が綺麗な場所がいいんじゃねえか!? 謙吾けんごよ!」

「うっさい。余所でやれ」


 幸介というのは鳳のおじさんの名前、謙吾はうちの父親だ。

 父さんいつも落ち着いてるせいか、こういう遠出だのの企画をしてる時は倍うるさく感じる。うっさい。


「部屋に戻ってるから。決まったら教えて」


 この分だと母さんは鳳家の方かな……きっと避難してる。いつものことだし。

 家にいたら今頃ぶち切れて父さんたちが正座し始める頃だ。

 部屋に戻って、特に意味はないけど、ベランダに出た。


「……鳳?」

「え、あ。こんばんは」


 眼鏡をかけて、下の方で緩く2つ結びにした髪を揺らして、鳳はぺこりとお辞儀をした。 ……油断してる感じの服装がまた可愛い。


「そっちに母さんたちいるか?」

「うん。いるよ……そっちにお父さんたちいる?」

「ああ。いるよ。いつも迷惑かけて悪いな」

「ううん。どっちかと言えば迷惑かけてるのはお父さんの方だと思うし……」


 否定はしない。恐らくは、酒盛りが始まってる頃だ。酔っ払って絡まれる前に脱出を検討した方がいいだろうな。


「……ふふっ」

「どうした? 急に笑い出したりして」


 今の会話の間に笑うところなんてあったか?


「ごめん。なんだか懐かしくて。逢坂くん、嫌なことがある時はいつもしかめっ面してたよね」

「……そりゃ、40越えた父親たちに酒で酔っ払って絡まれたりしたらこういう顔になるって」

「次の体育でマラソン大会がある時、先生に呼び止められて頼まれ事をされた時、お父さんたちが酔っ払ってお部屋で吐いちゃった時」

「……よく見てるな」


 そんなとこまで見られてたのか……なんか恥ずかしいな。

 

「そうかな? 意識したことないけど、自然と覚えてたのかも」

「……当たりの本を見つけた時」

「――え?」

「弁当に好物が入ってた時、テストの点が良かった時、嬉しいことがあったら鳳は必ず小さく鼻歌を歌うんだよ」

「え!?」


 おー驚いてる驚いてる。あれ本当に無意識だったのか。

 

「私そんなことしてたの!? 逢坂くんに聞かれてるってことは……他の人にも聞かれてるの!? う、うぅ……恥ずかしい……!」

「ま、大丈夫じゃないか? 大体辺りが騒がしいか周りに人がいない時にしか聞いたことないから」

「……きっと、それは……逢坂くんが近くにいたから嬉しかったんだよ」

「え!?」

「なんてね! お返し!」


 ……なんか、付き合ってた頃みたいだな。毎日親に隠れてこうやってベランダに出て話したっけ。

 鳳は慣れたら本当はよく喋る女の子だ。恥ずかしがり屋で、人見知りで、本当は感情が豊か。

 ……もし、別れてなければ、あるいは……空いた空白の期間だって、鳳とこうやっていつものように笑い合えていたような未来があったんだろうか。

 結果は結果だ、過去のことで起きてしまったことは変わらない。起こってしまったことは変えられない。

 僕が鳳に無理させてしまったことは変わらないだろ。それで、都合良くいい雰囲気になってることを喜んでるのか、僕は? バカか。


「……ほら、早く入らないと体冷やして風邪でも引いたら大変だ。お休み」

「う、うん? お休みなさい……?」


 すれ違って別れた過去にみっともなくしがみつく僕は捨てないといけないんだ。僕は2度と鳳の枷にはなりたくない。好きだからこそ、だ。

 他の男子が鳳のことを気にかけていても、嫉妬しちゃいけない。最近の鳳との雰囲気や距離感を見て、もしかしたらヨリを戻せるかもなんて思っちゃいけない。

 それが今の僕が徹するべきことだろ。


「おぉーい! 大空ぁ! 語り明かそうやぁ!」

「……最悪だ、くそっ」


 ふて腐れたように思考を巡らせていると、逃げるタイミングを失って、酔っ払いに捕まってしまって吐いて解放されるまで付き合う羽目になってしまったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る