第14話 元カップルと雨城柚葉
「あ、奏。ちょっといい?」
「何? お母さん」
リビングに降りて冷蔵庫からウーロン茶を取り出していると、お母さんが話しかけてきた。その手には紙袋が握られていて、多分その袋の中身絡みの用事ってことでいいのかな?
「このおかずちょっと作り過ぎちゃって余らすのもったいないから逢坂さんのお家にお裾分けで持って行ってくれない?」
やっぱり袋絡みの用事だった。
そう言えば、昨日の肉じゃがたくさん余ってたなぁ……。
「うん、いいよ。それじゃあ早速行ってくるね」
「何も無いとは思うけど、気を付けて行ってくるのよ」
行ってきます、と家を出て逢坂くんのお家に向かって歩き出す。って行ってもお隣だし。本当に気を付けるも何もないんだけどね……強いて言うなら鳥のフンを落とされないようにするぐらいかな?
1分も経たない内に玄関に着いて、チャイムを鳴らす。
すると、中からはーいと女性の声がして、パタパタと足音が聞こえてきた。
……あれ? 確か今の時間は逢坂くんのお母さんってお仕事でいないと思うんだけど……あと、逢坂家の人は基本的に全員落ち着いている性格だから、走って音を立てたりしなかったような?
「はいはーい! どちら様ですかー!?」
「――え?」
中から顔出したのは……逢坂くんとカフェで話していて、身体測定の時に風花さんのメンタルに多大なダメージを与えた例の巨乳の人だった。
どうしてこの子が逢坂くんのお家にいるの!? え!? お家デート中!?
「おい雨城。人の家の来客に勝手に応じるな……鳳、何か用か?」
「あ、う、うん! 実はお母さんがおかずたくさん作り過ぎちゃったから逢坂くんのお家にお裾分けって」
「そ、そうか。ありがとう……せっかくだし、上がって行くか?」
ど、どうしよう……! この子もいるし……私お邪魔なんじゃ……! ……でも、やっぱり気になるし!
チラリと雨城さんとやらを見ると、不思議そうに小首を傾げられた。
その際、破壊力抜群の2つの塊も揺れて……これは、風花さんじゃなくても近くで見ると中々に敗北感が……!
「お、お邪魔します……」
葛藤の末に、お家に上がらせてもらうことを選んだ。
うわぁ、逢坂くんの匂いが一杯だ……別れてからも家族ぐるみで食事をしたりしていたからお家自体には来てたんだけど、こうやって1人で来るのは結構久しぶりだったりする。
……緊張するけど、なんだかやっぱり安心する匂い……! はっ!? 私ったらまた!
持ってきた紙袋をテーブルの上に置いて、改めて雨城さんとやらに向き直る。
「大空くん大空くん! この美少女は一体どこのどちら様ですか!? まさか彼女さんだったり!?」
な、名前呼び!? 半年付き合っても未だに私は名字呼びなのに! ずるい!
「……違う。中学からの同級生で、隣に住んでる鳳」
「お、鳳奏です……よろしくお願いします……」
事実なんだけど否定されると割と心が痛い……。
「そうなんですか! てっきり彼女さん、もしくは大穴で幼馴染みかと思ってました! 家が隣同士で、余ったおかずを持ってくるなんて……全オタクが羨ましがるシチュエーションですし!」
「1人で盛り上がってないで、早く自己紹介しろよ。このままだとお前はよく喋るだけの名前が無い奴って認識だぞ」
「おっと、そうでした! わたしは雨城柚葉と申します! 奏さん、以後お見知りおきを!」
い、いきなり名前呼び……これが真のコミュ力……すごい……。
「そ、それで……雨城さん、は……どうして逢坂くんのお家に?」
素性は分かったけど、目的はまだ聞けてない。
逢坂くんの様子を見てる限り、お家デートの可能性は無い、とは思うけど……もし……本当にそうだったら? ……そうだったとしても、元カノの私に出来ることなんて何1つ無いけどね……。
「せっかくの休日ですし、他に遊べるお友達もいないもので! そこで唯一のお友達の大空くんに連絡を取ったところ遊びに来てもよいとのことだったので!」
「そ、そう……所々悲しい情報があったのは聞かなかったことにしておくね……」
「気にするなよ。雨城は自称エリートぼっちだから、この手の自虐は会話の合間に高確率で入るから、一々気にしてたら持たないぞ」
なるほど……それがいいかも知れないわね。
でも、どうやら本当に遊びに来ただけって感じ……よね?
「あ、大空くん。少しテレビを借りてもいいですか? ちょっとアニメが見たくて」
「別にいいけど、この時間ってアニメなんかやってたか?」
「いえ! 自前の円盤です! わたしのおすすめアニメを見て、ハマって是非語り合いましょう! 夢だったんです、アニメについてお友達と語るのが!」
「そ、そうか……」
あーうん、これは白。本当にただ初めて出来た友達が嬉しいだけみたい。というか見てて可哀想になってきた……。
「あ、それとちょっとこっちに来てもらっていいですか?」
「なんだよ?」
「ここに座ってください。ああ、はい。いい感じです」
「いい感じって何が……おい」
「な、何してるの!?」
なんか座った逢坂くんの太ももに仰向けに寝て頭を乗せちゃったんだけど!? 何しちゃってるの子は!?
「いえ、わたしはいつもこの体勢でくつろいでいるので、この体勢じゃないと落ち着かなくて」
「だったら何もひ、膝枕じゃなくてもいいでしょ!?」
「この高さがちょうどよくて落ち着くんですよ。うん、思った通りジャストフィットです」
「はあ……まあいいけど……」
いいの!? じゃあ私も……じゃない! 羨まし……でもない!
落ち着いて私……あれは初めての友達が出来て、距離感が分からず浮かれてるだけ!
でも逢坂くんも拒否してよ! ……もうっ! もうっ!
「奏さんも座って一緒に見ませんか? わたし奏さんともお友達になりたいです!」
「……そうね。じゃあ……」
「え!? ……あの、お、鳳さん? 近くない?」
雨城さんに誘われた私は逢坂くんの座るソファに腰を下ろした。
――それも、完全に肩と腕が完全に密着する近さで。
「ふーん。雨城さんに膝枕するのは良くて、私が隣に座るのはダメなんだ? ふーん?」
「い、いや……ダメとは言ってない……けど……」
「けど?」
「ダメじゃないっす。すんません」
……とはいえ、流石にこれは近すぎたかも! ……私何やってるんだろ? 逢坂くんにこの気持ちが、まだあなたが好きだってバレたらいけないのに……こんなのやっぱり変だよね。 それでもやっぱり可愛いって思われたいし、ドキドキして欲しい。
――あ。逢坂くん……少し赤くなってる?
逢坂くんの顔を横目で盗み見ると、僅かに顔を赤くしていた。
……やっぱり、私って単純だ。たったそれだけのことで、嫉妬だとかの感情が嬉しさで押し流されちゃんだから。
結局、その体勢でアニメ鑑賞をし続けて、いい時間になった私と雨城さんは逢坂くんのお家を揃って出たのでした。
×××
「あ、奏さん。連絡先の交換いいですか! 是非本の事でも語り合いましょう!」
「うん。よろしくね、雨城さん」
逢坂くんのお家を出てから、なんだか真っ直ぐ帰る気にならなかった私は雨城さんと並んで彼女を送るついでに、コンビニに行って飲み物でも買うことにした。
というのは建前で……もう1つ聞いておきたいことがあったから。
「ねえ、雨城さん」
「はい? なんですか?」
これを聞いてどうにかしようってわけじゃないんだけどね……本人の口から聞くことでただ、安心したいのかもしれない。
「雨城さんは……逢坂くんのこと……その、好きなの?」
「え? はい。好きですよ?」
「そんなあっさり!?」
「嫌いな人の家に遊びに行くわけないじゃないですかー。大空くんはいい人ですし、趣味も合いますし、何より初めてのお友達ですから!」
「あ……そ、そういうこと……」
なんだ、やっぱり私の思い過ごしだったんだ……良かった。
「あ、大空くんからLINE! えへへ……」
――ん?
「また今度本を貸して欲しい? 全く、大空くんはしょうがない人ですねー! また本を貸すついでにお家にお邪魔させてもらうとしましょうか。えへへへへ……」
――んんんんん?
この反応……やっぱり、黒じゃない!
逢坂くんからのLINEに頬を緩めてだらしなく笑う雨城さんを見てしまって、私は白と判断したさっきの発言を前言撤回することになった。
だけど、多分……自分では気がついてないパターンだこれ! どうしよう……。
新たな友人と共にやってきた新たな悩みが私をどうしようもなく悩ませることになるのでした。
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