第12話 元カップルと腐れ縁の2人

「よー、逢坂。ようこそ、我が居城へ」

「遊びに来ただけなのにえらく仰々しいな」


 ある日の休日。三柴に誘いを受けた僕は三柴が自ら居城と称する三柴家へと来ていた。

 まあ遊びに来たっていうのは口実で、実際は勉強を教えに来たんだけど。

 進学校だし中間、期末テスト以外にも定期的にテストが行われるからしっかりと勉強しておかないと大変なことになる。

 ただでさえこの学校のテストは難しいと噂があるんだからな。


「よーっし、んじゃ何して遊ぶ? ゲームなら色々あるぜ」

「いやいや先に勉強しておいた方がいいと思うけど? 休憩に楽しみを取っておいた方がやる気も出るだろ」

「余裕だって! ちゃんと授業さえ聞いてれば赤点なんて取ることないだろ?」

「……言っておくがこの学校の赤点ラインは50点だぞ」

「……マジで?」


 やっぱり知らなかったのか。というか前に先生が言ってただろ。さてはちゃんと授業聞いてないな?


「50点!? クラスの平均の点数を下回ったらダメとかじゃなくて!? 明確なボーダーラインあんのか!?」

「そう。しかもこの学校のテストは難しいって噂だし、授業のレベルを見てても真実味がああると思う。で、それを伝えた上でもう1度聞くけど……先に勉強した方がよくないか?」

「…………是非、この私めに勉強を教えてください」

「いいだろう」


 素直に頭を下げられるのはいいことだ。まあ、三柴だってこの学校に合格出来ている以上、地頭は悪くないはずだ。

 肩をがっくりと落とした三柴に続いて階段を上がって、部屋に入る。

 うわっ、見事にゲームだらけだな。古いゲームから最新ハードまで綺麗に棚に整列されている。


「君本当にゲーム好きなんだな。こんな古いハードなんてネットでしか見たことないぞ」

「俺の自慢のコレクションだ。勉強が終わったらたっぷり遊ぼうぜ」


 遊べるほど体力と気力が残ればいいけどな。5教科あるし。


「さて、どの教科からやる?」

「その前に1ついいか?」

「どうした?」

「……テスト範囲ってどこだ?」


 ――猛烈に来たことを後悔した。超帰りたい。


×××


「うぐぅ……頭痛え……詰め込み過ぎた……」

「これだけやってれば最悪赤点は避けられるだろ。三柴、物覚えはいいんだな」

「必要無くなったらすぐ忘れるけどな」

「勉強は応用が必要だから忘れて困るのは自分だろ。……一通りやったしあとは休憩でいいか。テストまで復習は怠るなよ」

「分かってるって! しゃあっ、ゲームすんぞ!」


 三柴が棚にあるゲーム機に手を伸ばそうとすると、着信音が鳴った。

 この音は僕のじゃないから、三柴のだな。


「何だよ、今から人が娯楽を貪ろうって時に……げっ」

「どうした? 勉強の時よりも苦い顔をしてるように見えるけど」


 それほど嫌な相手からだったのか? 三柴がチラリと僕を見た。どうやら電話に出ていいか聞いてきてるらしい。

 肯定の意を込めて軽く頷くと、三柴はため息を吐いてベランダに出た。


 さて、僕はどうやって時間を潰そうかな……ん? あれって……風花さんか?

 何をしようか考えながら、ベランダに出た三柴の背中をぼうっと見ていると、向かい側にある家のベランダにスマホを持った風花さんの姿が見えた。

 あそこで何してるんだろ、と言うまでもなくあそこが風花さんの家なんだろう。

 この2人こんな近所に住んでたのか……というか何話してるんだ? まだ時間かかりそうだけど、今日は暇潰し用の本も持ってきてないし……。

 

 そう言えば、今更だけど喉が渇いたな。勉強に集中してたせいで飲み物を飲むことすら忘れていた。

 とりあえず喉を潤しながら待つか……あ、蓋が。

 

 手を滑らせて、うっかりとペットボトルの蓋を落としてしまった。運の悪いことに転がった蓋がベッドの下に入り込むというおまけ付きだ。


「面倒だな……」


 しかしそう呟くだけで蓋が戻ってくるわけじゃない。仕方なく、ベッドの前に屈んで手を伸ばすと、何か固い物が指先に当たった。


 ……なんだこれ? なんか四角いな。

 明らかにペットボトルの蓋じゃなかったけど、気になったのでベッドの下から引きずり出す。

 ……箱? 中身は何が入ってるんだ? エロな本じゃないといいけど。友人の性癖なんて知りたくもない。


「アルバム……?」


 恐る恐る箱を空けると中にはアルバムが入っていた。

 こんなに厳重にというか隠す感じで保管してるってことは中学の卒アルってわけじゃなさそうだ。


 中を見てもいいのか? いや、でもなあ……。


「悪い逢坂待たせ……うおっ!? おまっ、それは!?」

「あー、すまん。ペットボトルの蓋がベッドの下に転がっていって手を伸ばしたらこれがあった。中は見てない」

「そ、そうか。出来ればそれは見ずに元の場所に戻しておいてくれると助かる」


 そこまで言われたら中身がなんなのか気になるが、僕だってやられて嫌なことはしたくない。例えばスマホを勝手に見られて鳳との写真だとかLINE履歴だとかを見られたらそいつとは絶縁して記憶を消すことに奔走しないといけなくなるからな。


「電話の相手は風花さんか?」

「えっ? ……ああ、そうだよ。でもどうして分かった?」

「たまたま向かいの家のベランダでスマホを持った風花さんが見えたってだけ。何の用事だったんだ?」

「鳳さんが遊びに来てるからなんかゲーム貸せってさ。ったく、んなこと電話じゃなくてLINE使えっての……」


 そっか、鳳も多分こっちと同じように勉強兼遊びに来たって感じか。

 

「君と風花さんって結局どういう関係なんだ? やっぱりただ同じ中学ってだけじゃないだろ」

「……ああ。俺とあいつは幼馴染みだ。保育園の頃からクラスだってずっと一緒のマジもんの腐れ縁」

「なるほど。通りで息が合ってるはずだ」

「あまり人に知られたくないから他言無用で頼むな」

「まあ自分で公言してなかった辺り、本当に知られたくないことなんだな。分かった」


 僕だって鳳との関係を同じ中学ってだけ言って隠してるんだから、バレたくない、人に何か言われたくないっていうのはよく分かるからな。


「さてと、もうバレちまったわけだし……風花には後で渡しに行くって言っておいたんだが、連絡し直してあいつに取りに来させるか」


 そう言うと、三柴はスマホを取り出して風花さんに連絡を取り始めた。

 その数分後に鳳を連れた風花さんが部屋に来た。


「やっほー逢坂クン。ごめんねー、突然押しかけちゃって」

「いや、僕たちも勉強終わって息抜きしようとしてたところだから」

「おいここ俺の部屋。押しかけたことは俺に謝れよ」


 また始まった。幼馴染みらしい2人は息は合うけど仲良くは見えない。いや、ケンカするほどってやつなのか?


「逢坂くんは今回のテストどうなりそう?」

「赤点はないぐらいじゃないか? そっちは?」

「私も同じ感じかな。やるからには頑張って上位にいきたいとは思う」


 両の拳を胸の前でグッと握り、頑張るぞ的なポーズを取った鳳。なんだそのポーズ超可愛いな。写真を撮れないことが悔やまれ過ぎる。


「せっかくだし4人でゲームするか?」

「このあたしに挑もうなんて三柴の癖に大きく出たね。受けて立ってボコボコにさせてもらうわ」

「ほざけ、お前俺に勝ったこと殆どねえだろうが」


 ああ、僕と鳳を置いてどんどん2人がヒートアップしていく……。

 

「それにしても2人が幼馴染みだったなんて……驚いたけど、納得しちゃった」

「ごめんね、奏ちゃん。どうしてもこれと幼馴染みだなんてことを知られたら周りの人が面白がると思って黙ってたの」

「ううん。大丈夫だよ」

「おーいお2人さん。イチャつくなら俺たちのいない所でやってくれ」


 百合っぽい雰囲気が場に流れ始めたのを察知して、三柴が早めにストップをかけた。


「はいはい。どうせ奏ちゃんは今日うちにお泊まりだし、言われなくてもこの後イチャイチャしますよ」

「い、イチャイチャなんてしないってば!」

「だったら逢坂もうちに泊まって今日は語り明かそうぜ!」

「えー……いいけど……」


 突如として三柴家に泊まることが決まって、夜遅くまでゲームをすることになると思った僕らはお菓子や飲み物などの買い出しに向かうことになった。


×××


 幼馴染みだってバレることになったのは予想外だったし、注意不足だったが、逆に言えばそれだけで済んでよかった。


「悪かったわね。あたしのせいで幼馴染みだってことがバレたんでしょ?」

「ま、気にすんな。遅かれ早かれ気付かれてただろうからな」


 俺と風花は前を歩く逢坂と鳳さんから少し距離を取って小声で会話していた。

 

「でも、あの事だけは本当にバレないようにしないといけないわよ」

「分かってるっての。って言っても普通に信じられないと思うけどな……」

「にしてもほんっと、なんで三柴なんかと……」

「それこそお互い様だろ。親のくだらない戯言でこうなっちまってるんだから。俺たちは被害者、違うか?」

「……そうね。ま、お互いこれからもバレないように精々気を付けましょう」


 そう言い残し、風花は前を歩く鳳さんの背中に抱き着いて、逢坂と鳳の会話に混ざった。

 全く、本当どうしてこんな事になってるんだ?



 ――俺と風花がただの幼馴染みじゃなくて、許嫁だなんてな。


 

 1人で乾いた笑いを漏らし、俺は部屋にある風花とのが入ったアルバムを恨めしく思うのだった。

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