第6話 元カップルとファミレスと(奏目線)

 半日授業が終わった私たちは、三柴君の提案で親睦を兼ねて食事をする為にファミレスに来ていた。

 どこの学校もみんな似たような感じで、だからなのかは分からないけど、店内には学生の姿が多いように思えた。

 私たちと同じで親睦を深める為の食事をしている人が多いのかな?


「そんじゃ改めて、俺は三柴夕陽! 以後よろしく!」

「あたしは風花梨央! 三柴以外はよろしくね!」


 風花さんは三柴君と中学が同じって言ってたし、きっともう名前を知ってるからってことだよね?

 うぅ~、未だにこういう自己紹介の時って緊張する! 絶対に噛まないように、噛みませんように!


「鳳奏です。よろしくお願いします」

 

 ちょっと声は震えたけど、なんとか噛まなかった! 私偉い! 頑張った!


「……」


 あれ? 逢坂くんは自己紹介しないのかな? なんかムスッとしてるような気がするけど……あ、そっか。

 三柴君と風花さんが色々言ったら余計にしかめっ面になっちゃったし、これはもう間違いないね。

 私と同じで自己紹介をわざわざするのが恥ずかしいって思っちゃってるんだ。


「……逢坂大空。よろしく」


 仏頂面で呟くように言ったかと思えば、そっぽを向いて頬を指で掻き始めたってことはやっぱり照れてるんだ。あーもうっ! 可愛いらしい! ……じゃなかった、私元カノ。私元カノ……なんか悲しくなってきた。


「とりあえずメニュー決めるか。俺はこのハンバーグ&ステーキセットとドリバ」

「あたしはチーズドリアとドリバ!」


 メニューを決める速度といい、ドリンクバーを略して言うのといい……さてはこの2人ファミレス上級者ね? 

 私と逢坂くんはファミレスに行くぐらいならコンビニやスーパーでご飯を買って家で食べるタイプ。私たち人が多いとこ苦手だからね。

 って、こんなこと考えてないで早くメニュー決めちゃわないと! えっと、えっと……決められない! どれも美味しそう! 逢坂くんもまだ悩んでるみたいだし、慌てて決める必要はないよね? 


 よしっ、決めた!


「私は……カルボナーラとドリンクバーで」

「僕は生姜焼き定食かな。あとドリンクバー」


 まぁ、わざわざメニューを口に出して言わなくても良かったんだけど、なんとなく流れで言ってしまったわ。

 

 三柴君が店員さんを呼ぶ為にボタンを押して、やってきた店員さんにそれぞれの注文を告げていく。


 ファミレスってボタンを押せば店員さんが来てくれるから、そこは良心的よね。

 昔、逢坂くんと行ったカフェは自分で声を上げて呼ばないといけなくて、私も逢坂くんもそういうのが苦手だから、2人して黙って固まってしまったのを思い出す。

 でも、逢坂くんが僕が男だから僕が呼ぶってキリっとした表情で言ってくれたのはなんだかとてもカッコよかった。


 ……まぁ、1度目は気付かれないで顔を赤くしながら2度目を呼ぶ羽目になっちゃったんだけど。恥ずかしがりながら呼んでる姿は可愛かった。……あれ?


 ――つまり、可愛さとカッコよさを合わせ持つ逢坂くんって最強じゃない?


 って、何が最強よ! バカじゃないの!? 元カノの分際で!


「じゃ、ドリバで飲み物ついで来るか」


 そう言って、三柴君はサーバーの方に歩いていく。

 逢坂くんは風花さんと私を見比べてから三柴君を追って行った。


「ねえ、奏ちゃん」

「どうしたの?」


 2人の背中を目で追っていた風花さんが好奇心に満ち溢れたくりんとした目を私に向けて話しかけてきた。


「奏ちゃんってさ、もしかして逢坂クンのこと……好きなのっ?」

「え、ええ!? ち、違うよ! 好きじゃないよ!」


 どうしてバレたの!? 私ポーカーフェイスには自信があるのに!


「えー違うのー? いやー、なんか事あるごとに逢坂クンを見てるから、もしかして、って思ったんだけどなー」

「ち、中学が同じってだけ! というか見てないもん!」


 そんなに見てないよ! 気が付いたら目がいってるだけだから! これじゃ見てるってことじゃない! と、とにかく!


「そんなんじゃないから!」

「ふーん……なるほどねぇ」

「にやにやしないで! そういう風花さんだって三柴君と仲良いみたいだけど、どうなの?」

「それこそないない! あたしあいつの事嫌いだもん!」


 全然そうは見えないんだけど……学校の時といい2人のやり取りは不自然なぐらいに息が合ってるし。

 そもそも、嫌いな相手がいるのに食事を一緒に食べるかな?


「おう、お待たせ。ガールズトーク、楽しそうだな」

「いいでしょー。あんたが帰って来なかったらもっと長く話せたんだから、そこのとこ気を利かせなさいよ」

「へいへい。すみませんでしたね。ほら、お前カルピスで良かったよな?」

「あ、ありがと。分かってるじゃない」


 ええ!? 今当然のようにやってたけど……普通中学が同じってだけで何を飲むか好みまで把握してるものなの!? 私が知らないだけで世間一般での友達ってそういうものだったり!?

 

 そんなわけないよね!? この2人、一体どういう関係なんだろ……。


「逢坂クンは結構時間かかってるみたいね」

「ま、大方、俺が2人分を持っていったから自分も持っていかないと、って思ってて何を持っていけばいいか悩んでるってとこじゃないか?」


 あー、逢坂くんなら絶対にそう。

 でも……私の好きな物知ってるはずだし、ここまで時間がかかるかな? いや、もしかして、元カノの好きな物を持っていくのは気持ち悪いとか思われてたりするのかな!? 


 ……でも、覚えててくれたら嬉しいな。


「ほら。何持ってきたらいいか分からなかったから適当に持ってきたけど良かったか?」

「へ? あ、ありがとう! うん、大丈夫だよ。これ好きだから」


 ――あ。覚えてて……くれたんだ。


 数分後に戻ってきた逢坂くんの左手にあったオレンジジュースがコトンと私の前に置かれた。

 嬉しさを噛み殺し、はにかみながらお礼を言うと、逢坂くんがため息染みた息を吐いて、誤魔化すようにおもむろにコーラを喉に流し込み始めたのを見て、私は更に笑みを深めた。


×××


 持ってきた飲み物で喉を潤して、話しながら時間を潰していると頼んでいた料理が次々に届き始め、テーブルの上に並べられた。


「きたきた! ひとまず、コップを持ってくれ」

「えー? お腹空いたから早く食べたいんだけどー」

「そう言うな。親睦も兼ねてってんだから乾杯するぐらいいいだろ?」

「そこまでするか? ちょっと大袈裟過ぎないか?」


 私はそういうノリみたいなものはよく分からないけど、多分友達同士が集まってご飯を食べる時はこんな感じになるんだろうな。


「はいはい。文句は受け付けねえぞ。乾杯!」


 三柴くんの音頭で1人1人にコップを軽く当て、音を鳴らしていく。

 逢坂くんともやらないといけないよね……? ここは思い切って勢いでいこう!


「か、乾杯!」


 突き出したコップに逢坂くんのコップが近づいて、指同士がちょんっと触れ合った。さ、触っちゃった……えへへ。


「あ、ああ……っ!? くっ! げっ!?」


 逢坂くんは私の指が触れたことに驚いて、コップを落としそうになったけど、間一髪のところで掴み直したけれど、勢い余ってテーブルに腕をぶつけ、その衝撃で逢坂くんのお箸が下に転がり落ちちゃった。


「ご、ごめんね! 逢坂くん!」


 けど、触れ合っただけであそこまで動揺するってことは……やっぱり、もう私なんかに触りたくもないってことなのかな……。


「いや鳳は悪くないから……」


 私がバカなことを考えている間にも逢坂くんはテーブルの下に潜り込んだ。

 お箸を拾うのにはかかり過ぎのような時間が数秒経ってからガンッ! っと音が鳴ったと思ったら頭を押さえた逢坂くんが出てきた。


「逢坂くん!? 大丈夫!?」

「おいおい大丈夫かよ?」

「逢坂クンってもしかして結構ドジな方だったり?」


 そうなんです。慌てると普段の冷静な感じとは真逆になっちゃう人なの。そこもまた魅力的。ギャップ萌えっていいですよね。さっき気持ち悪がられたばっかなのにこんなことを考えてちゃダメなんだけどなぁ……。


「だ、大丈夫。僕のことはいいから先に食べ始めてて……」


 そう言って、窓の向こうを見始める逢坂くんを眺める。

 頭……痛そうだったし……心配だ。ってだから私は親か!

 

 せっかく頼んだカルボナーラも、逢坂くんを見ながらだとドキドキしたり、何かを考えてしまって、味なんてよく分からなかった。


×××

 

 しばらく会話をして、時間を潰して会計をした。


「あ、俺ちょっとトイレ」

「ごめん。僕も」


 会計を終えたあと、2人はトイレに行ってまた風花さんと2人になった。


「んー。ちょっと考えてたんだけどさー」

「何? どうかしたの?」


 また変なこと聞かれるんじゃ……。


「さっき逢坂クン……箸を拾うのにやたら時間かかってたよね?」

「うん」

「あれって……もしかして、私たちのスカートの中を見ちゃって、その後慌てて頭打ったとかだったり?」


 あー、なるほど……え?


「ええ!? いやいや、もしかしたら拾い辛いところにお箸が落ちただけかもしれないよ! 疑うのはよくないよ!」

「いやー逢坂クンも男の子だからねー。あとでちょっとカマかけてみますか!」


 風花さんが何か悪戯めいたことを考えて悪い笑顔を浮かべたのと同時にぐらいにトイレに行っていた2人が帰ってきた。

 そして、4人で同じ方向に帰り始める。どうやら途中まで帰り道が同じみたい。これなら風花さんとこれからも一緒に帰ることが出来そう。


 なんて思っていたら、私と逢坂くんが赤信号で立ち止まる。三柴君と風花さんは信号は渡らないみたい。


「俺たちこっちだから。また明日な」

「奏ちゃんも逢坂クンもばいばーいっ! あっ、そうだ!」


 信号で止まってる私たちの元に風花さんが小走りで駆け寄ってきて、逢坂くんに耳打ちするように背伸びをした。

 もしかして、さっき思いついてたのってこういうこと?


「なっ!?」

「にしし! まっ、男の子だもんね! それじゃ、今度こそじゃーね!」


 何を言われたのかは分からないけど、さっきの事だとして、逢坂くんの反応を見ると、風花さんの予想は大当たりだったみたい。


 ほ、本当に見られたの!? う、うぅ~!


「――えっち」


 恥ずかし過ぎて、思わず潤ませてしまった目を逸らしながらぽしょりと呟いた。


「ち、違うっ! 見てない! 見えてない! 太ももまでしか! ……あっ」

「やっぱり見たんじゃない! もうっ!」

「ごめん、僕ちょっと本屋に寄って本買って帰るから!」


 そう言って、逢坂くんは顔を赤くしながら逃げるように走り去っていった。

 置いていかれた私は頭の中でもっと可愛いの履いておけばよかった! とか、もっとダイエットして痩せた足を見て欲しかった! だとか、見当違いのことばかりを考えてしまっていた。

 

 だけど、色々考えた中で、別に逢坂くんになら見られてもいいと考えてしまったのが、私としては1番間違っていた、と思ったのでした。

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