第5話 元カップルとファミレスと

 半日授業が終わって、僕を含めた4人はさっき話した通り親睦を深めること兼ねてファミレスに来ていた。

 やっぱどこも半日授業とかだったのか学生が多いな。多分僕たちと同じように交友を深めようとしている人たちなんだろうけど。


「そんじゃ改めて、俺は三柴夕陽。以後よろしく!」

「あたしは風花梨央! 三柴以外はよろしくね!」


 それはあれか、中学が同じでもう知ってるからってことか。それとも本当によろしくする気がないのか。三柴は全く気にせずにメニューを開いてるけども。


「鳳奏です。よろしくお願いします」

「……」

「おい大将。あんたの番だぜ」

「誰が大将だ。そもそももう僕の名前は皆知ってるんだから今更自己紹介する必要なんてないだろ」

「名前を言うのが照れくさいタイプ? 逢坂クンはシャイボーイだねえ」


 三柴と風花さんが2人揃ってにやにやと笑いながら見てくる。教室の件といい君たち実は仲良しだろ。


「……逢坂大空。よろしく」


 僕の前に座った鳳がなんだか微笑ましいもの見る目で僕を見て、笑いをこらえるようにはにかんでいた。全く、何がおかしいんだか。


「とりあえずメニュー決めるか。俺はこのハンバーグ&ステーキセットとドリバ」

「あたしはチーズドリアとドリバ!」


 ははーん、この2人……さてはファミレス常連だな? メニューを見てノータイムで料理を決めたり、ドリンクバーをドリバと略して言うあたり、相当来慣れているということだ。

 現にこういう所に滅多に食べに来ない僕と鳳はメニューを決めるのでも多少の時間を要しているからな。

 僕たちみたいな集団に馴染めないタイプは大体少人数で行動or1人で行動することが多いのでファミレスに入るような機会には恵まれていない。


 まぁ、とりあえず僕は決まったけど……鳳がまだ決めてないっぽいな。ここはまだ決められてない振りをして、鳳のあとに答えよう。


「私は……カルボナーラとドリンクバーで」

「僕は生姜焼き定食かな。あとドリンクバー」


 僕が鳳よりもあとにメニューを決めた振りをしたのはゆっくり決めさせる為だ。彼女が最後になっていたらきっと慌てて決めようとしてしまうだろうから。

 鳳奏という人間は周囲に合わせて自分を殺してしまうタイプだ。それが良いところでもあり悪いところでもあるんだけど。

 ていうか皆して声に出して言う必要は無かったよな? 店員も呼んでないんだから。


 皆メニューを決めたところでボタンを押して店員を呼んで注文。良かった、ファミレスだから注文の時ボタン押すだけのやつで。

 昔、デートで気合を入れて小洒落たカフェに行ったら店員を自分で声を出して呼ばばないといけないパターンで死にかけたからな。勇気を出して呼んだら店員に気付かれず、ただただ虚しさと恥ずかしさだけが思い出に残った。


 ――あの時頼んだコーヒーは今まで飲んだものよりも苦かった。


というかもしかしてああいったカフェは大体自分で店員を呼ばないといけないものなのか? だったらもう僕は2度とカフェには行かない。所詮、僕のような人間があんなお洒落な空間に足を踏み入れるなんておこがましいにもほどがあったんだ。


「じゃ、ドリバで飲み物ついで来るか」


 そう言って、三柴は立ち上がりサーバーの方へ。

 ん、あれ? 風花さんは行かないのか? ……ああ、なるほど。僕たちが帰って来てから行くつもりか。

 1人で疑問を持ち、解消した僕は三柴のあとを追ってサーバーに近づく。すると三柴はコップを両手に持って別々の飲み物を入れ始めた。


「2つ飲むのか?」

「そうじゃねえよ。片方は風花の分だ」

「へー、どれがいいか聞かなくても分かるのか?」

「……ああ、一応な」


 なんだよ、その苦虫を噛み潰した挙句奥歯に苦いものが挟まったままみたいな顔は。特に追及はせずに見送ったけど、同じ中学ってだけでどのドリンクを取ってくるか把握出来るものなのか?


 まあいいか。三柴が風花さんのを取って帰った以上、僕も鳳の分を持って帰るのが自然だよな。……鳳の好み、分かるには分かるに決まってるけど……好みの物を持って帰って好み覚えられてて気持ち悪いとか思われたりしないだろうな……?


 ……鳳に気持ち悪がられたら軽くどころか確実に死ねる。


「敢えて外すべきか? ええいなるようになれ!」


 悩んだ末に、当初思い浮かべた鳳の好みの物をチョイスして、席に戻る……あ、自分の注ぐの忘れた。クソっ。

 心の中で軽く自分に対して毒づいて、今度はしっかりと自分のも入れて席に戻る。


「ほら。何持ってきたらいいか分からなかったから適当に持ってきたけど良かったか?」

「へ? あ、ありがとう! うん、大丈夫だよ。これ好きだから」


 ……そんなの知ってるっての。鳳はオレンジジュース、好きだからな。何にせよ、気持ち悪がられてはないみたいだ。

 鳳の笑みを見て安堵の息を吐いたのを誤魔化すように持ってきたコーラを喉に流し込んだ。


×××


 持ってきた飲み物で喉を潤して、話しながら時間を潰していると頼んでいた料理が次々に届き始め、テーブルの上に並べられた。


「きたきた! ひとまず、コップを持ってくれ」

「えー? お腹空いたから早く食べたいんだけどー」

「そう言うな。親睦も兼ねてってんだから乾杯するぐらいいいだろ?」

「そこまでするか? ちょっと大袈裟過ぎないか?」


 はっきり言ってしまえば、僕も空腹だから、乾杯なんて大人の飲み会みたいなことしないで早く食べたい。


「はいはい。文句は受け付けねえぞ。乾杯!」


 三柴の音頭で1人1人にコップを軽く当て、音を鳴らしていく。


「か、乾杯!」

「あ、ああ……っ!?」


 鳳が差し出したコップに合わせて手を伸ばしたら僅かに指が触れ、急な体温にびっくりしてコップが手から滑り落ちてしまいそうになった。

 

「くっ! げっ!?」


 コップは辛うじてキャッチ出来たけど、その際にテーブルが腕に当たって、今度は箸が転がり落ちた。あぁ、もう面倒くさい!


「ご、ごめんね! 逢坂くん!」

「いや鳳は悪くないから……」


 とりあえず落ちた箸拾わないとな……んなっ!? がっ、痛え!?

 目の前に見えた光景に体が驚き、テーブルに強かに頭をぶつけてしまった。


「逢坂くん!? 大丈夫!?」

「おいおい大丈夫かよ?」

「逢坂クンってもしかして結構ドジな方だったり?」


 違う! ……って言いたいところだけど、今回は否定出来ないかも……。

 まさかしゃがんだ先でうっかり鳳の太ももに目がいってしまうなんて! 絶対に言えないけど! 大丈夫、その奥までは薄暗くてよく見えなかったし、セーフ! 


「だ、大丈夫。僕のことはいいから先に食べ始めてて……」


 頭の痛みが引くまで窓の外でも眺めていよう。ついでにさっきのことは忘れよう!

 あ、鳳が心配そうな表情でこっち見てるのがガラスに映って分かる。心配かけて本当ごめん。

 

 にしても、割といい太ももしてたな……はっ!? ダメだ! もう痛みも引いてきたし早く食べて家に帰ろう! 本でも読んで頭を冷やそう!

 だけど、頬張った生姜焼きの味は残念な事によく分からなかった。


×××


「俺たちこっちだから。また明日な」

「奏ちゃんも逢坂クンもばいばーいっ! あっ、そうだ!」


 帰り道が途中まで一緒だったみたいで、交差点の赤信号で僕と鳳は立ち止まった。

 すると、別れたはずの風花さんが駆け足で戻ってきて、僕の側で立ち止まり背伸びして顔を近づけてきた。


「――逢坂クンのむっつりスケベ」

「なっ!?」

「にしし! まっ、男の子だもんね! それじゃ、今度こそじゃーね!」


 さっきのあれ気付かれてたのか!? とんでもない誤解だ! あんなのただの事故だ事故! ってことは……まさか鳳も……!?

 

 恐る恐る鳳に向き直ると、顔を赤らめて目を逸らされた……。

 う、うわぁぁぁああああ! やってしまったぁ!

 

「――えっち」


 涙目で呟かれたその一言はどんな言葉よりも鋭く僕の胸を穿った。

 その後、どうやって帰ったのか、僕は覚えていない。

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