第3話 元カップルの高校生活

 僕には中学2年生の夏休みから半年間の間だけ彼女というものが存在した。

 決してケンカ別れではないものの、別れたあとはそれなりに気まずかったと思う。

 家が隣なもんだからうっかり顔を合わせてしまった時なんてそれはもう沈黙が場を支配したと言ってもいいぐらいの状態。


 ついでに言ってしまえば、僕と彼女の両親が仲が良く、僕たちが付き合っていたことなんて知らない両親の手によって定期的に家族ぐるみでイベントが発生したのも地獄のようだった。


 ともあれ、別れたあとも僕は彼女のことが好きで、そんな未練を断ち切る為にうちの中学から進学者がいないであろう進学校を選び受験して受かった。


 家が隣でも高校が違えばそれなりに顔を合わせる頻度が下がると思って、嬉しさ半分……いや、正直虚しさが8割で嬉しさが2割ぐらいの感情だったね。


 ――まぁ、まさか彼女も自分と同じ高校を受験して受かっているだなんて露にも思わなかったけれども……。


×××


 入学式から1日経った。今日は半日授業で昼までで終わるし、早く帰って読書したい。


「ねえねえ鳳さんってどこの中学だったの?」

「え、っと……」

「趣味とかってあるかな?」

「ど、読書が」

「入試からトップ10入りの成績ってすごいね! 頭いいんだね!」

「そ、そんなことは……!」


 まぁ、昨日はクラスメイトたちもゆっくり話せなかったみたいで、僕の元カノこと鳳奏おおとりかなでが僕の後ろの席でクラスメイトたちに囲まれててんてこまいになっていた。

 出席番号で決められた席だから逢坂の後ろは鳳というわけ。

 人見知りは多少改善されてたようだけど、さすがに大人数を相手にするのはまだ無理みたいだ。

 

 僕? 僕のところにはそもそも誰も来てないけど? 周りが着々と人間関係を構築しつつあるのを読書しながら見てますけど? 何か?

 それにしても、鳳は大人気だな。やっぱりメガネからコンタクトにして前髪も短めに切ったのが良かったんだろう。

 元々素材は良かったと思うし、更に可愛くなったって感じ……いやいやダメだ、こんな風に思っていたままじゃマズイ。未練は絶て! 鳳が友達作れそうなことを喜ぶんだ! 心を鬼にしろ僕!


「なぁ、鳳さんって可愛くね?」

「彼氏とかいんのかな?」

「あとで話しかけにいかね?」


 おっと、心どころか僕自身が鬼となりそうだ。あぁ、ダメだって! 僕にはもう関係無いんだから……! 嫉妬、ダメ、絶対。ただ名も知らぬ君たちの女性を見る目は保証されたぞ。


「よっす、逢坂大空くんだっけ? ちょっと話さない?」


 醜い嫉妬心を抑えつけていると、誰かが話しかけてきたので顔を上げる。

 毛先を遊ばせている感じに付けられた整髪剤にどこか胡散臭い笑顔を顔に張り付けた軽薄そうというか全体的にチャラい雰囲気の男がそこにいた。

 ふむ、割と高身長でスポーツマン染みててさぞモテそうだ。間違いなく敵だな。

 

 というか誰だこの人、クラスメイトの名前まだ覚えてないから誰だか全く分からん。


「見ての通り、僕は今読書で忙しいんだ。悪いけど他を当たってくれ」

「そう言って実は周りの話聞いてたんだろ? さっきから1ページも進んでなかったぜ?」


 ……この男一体いつから僕のことを見てたんだ? 


「…………」

「まぁまぁ、そんな顔をしなさんなって! 俺の嗅覚があんたを面白い人間だって言ってるんだよ」

「そうか。今日は半日だしこれから耳鼻科にでも行った方がいいんじゃないか?」

「――はははははっ! 初対面だって言うのにその遠慮の無さ! 益々気に入ったぜ! 仲良くしてくれよ、親友!」

「友達すっ飛ばして親友か。君、よく馴れ馴れしいとか図太いとか言われたりしないか?」


 うーん、ダメだ。なんかこの男に対して僕が何を言っても喜ぶ回答になってるだけな気がする。


「おっと、自己紹介がまだだったな。俺は三柴夕陽みしばゆうひ! ってことでこれからよろしくな! 逢坂!」

「……………はぁ」


 いきなり名前呼びじゃないだけまだマシってもんか。

 高校始まっていきなり変なのに懐かれてしまったけど、これが頭痛の種にならないことを祈りたい。


「というわけで親睦も兼ねてこの後飯でもどうよ?」

「面倒くさいし、帰って本を読みたい」

「よっし、決まりな!」

「君さては僕の話聞く気ないだろ」


 諦めて着いて行った方がいいのか……。


「なになに? 逢坂クンたちご飯食べに行くの? あたしも混ぜてー! あっ、奏ちゃんも一緒に行こうよー!」

「えっ!? あの……えっと……」


 三柴がスマホで多分この辺りの店を探していると、鳳の近くにいた小柄な子が鳳を引き連れて声を掛けてきた。

 どうにも僕と一緒で強引な人に捕まってしまったらしい。


「なんだ? 風花も来たいのか? だったらそれ相応の態度ってもんがあるだろ?」

「ははっ、ウザッ。別に三柴はいなくてもいいけど? あたしと奏ちゃんと逢坂クンだけで行くから」

「おいおい、逢坂は俺が誘ったんだぜ? 俺がいないと行くわけねえだろ。なっ?」

「いやどっちに誘われても行かないと思うけど……三柴、この人と知り合い?」


 小柄な体でちょろちょろと動き回る姿はまるで小動物のような……例によって名前が分からない。ポニーテールだし今はポニ子さんとでも呼ぼう。


「中学が同じってだけだ。にしてもこいつと学校被るとかな」

「そうそう。ただの腐れ縁だよ。あ、そうだ。あたしは風花梨央かざばなりお! よろしくねっ!」


 なんだ、僕たちと似たような人もいるんだな。

 

「あのっ……私まだ行くって言ってないんだけど」

「えーっ!? 行こうよぉ! せっかく同じ学校に受かって同じクラスになれたんだからさ!」


 ポニ子さん改め風花さんが鳳の周りを軽快にぐるぐる回りだしたのを三柴が首根っこを掴んで止めた。そんな猫を捕まえる感覚でいいのか?


「にゃっ! ちょっと離してよー! 女の子に対してセクハラだからね!」

「へいへい。女を語るならもっと清楚さを身に着けてから言えってんだ」

「なにをーっ!」


 2人でわいわいわちゃわちゃとし出したのを鳳と2人で眺める。もう席に座っていいかな?


「……なんか、2人とも仲が良いんだね」

「そうだな。それで鳳は飯、行くのか?」

「せっかく誘ってもらってるわけだから行こうかな。逢坂くんはどうするの?」

「どうせ帰っても本読むだけだからな。いつでも読めるし」


 別に鳳がいるから行くとか断じてそんなことはないけど、どうせ行くって言っていなくても連れて行かれてただろうしな。

 ……そう言えば、名前呼ぶのも呼ばれるのも随分と久しぶりな気がするな……。


「ふふっ、その言い方。逢坂くんは変わらないね」

「人なんてそう簡単に変わるもんじゃないからな。って思ったけど、そっちは結構変わったよな」

「そうかな?」

「人見知り、前より直ったじゃないか。それに見た目も……」


 あれ? なんか気まずさはあるけど思ったより普通に話せてる? って喜んでどうするんだ僕は!


「あ、ありがとう。逢坂くんもちょっぴり大人っぽくなったよね」

「さっき変わってないって話したばかりだろ」

「中身の話じゃなくて外見の話!」

「それこそ気のせいだろ。変わってないって」


 すると何故か鳳はムッとした表情になった。これは明らかに拗ねている。

 どうしよう、僕の元カノ可愛くね?


「絶対変わったもん!」

「わ、分かったから。落ち着け、な? 周りの目もあるし」

「おうおう、お2人さんこそ随分仲が良いんじゃねえか?」

「ひゃあ!?」


 ひゃあって可愛いなおい。

 しかし見られたくないところを見られてしまった……ってかそのにやけ顔腹立つからやめろ。


「逢坂クンだけずるい! あたしも奏ちゃんとお喋りしたい!」

「残念ながら、風花。時間切れだ」


 三柴がそう言った瞬間予鈴のチャイムが鳴り響いた。

 助かった……正直あのまま追及されてた余計なボロを出していたかもしれない。


 ――結局、自己紹介で僕と鳳が同じ中学ということはクラス中が知る周知の事実になってしまったけど。

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