第2話 過去のカップルも見事にすれ違う

 僕こと逢坂大空あいさかそらにはかつて彼女というものが存在していた時期がある。中学2年生の夏休みぐらいからおよそ半年程度の付き合いだったけど、僕にとってはかけがえのない記憶だ。


 始まりは僕の彼女だった、鳳奏おおとりかなでが僕の通う中学に転校してきて、家が隣で趣味嗜好が同じだったことから話始めたのがきっかけだった。

 情けないことに告白は彼女からだったけど……。


 夏休みに入る前の学校で帰ろうと靴箱を開けると中に可愛らしいピンクの封筒が入っていて、呼び出し先である近所の公園に彼女は立っていた。


「わ、わた……私、逢坂くんが、す……好き!」


 言う前から真っ赤だった顔を言い終えたら更に真っ赤にしてスカートを両手でぎゅっと握りしめ、俯いてしまった彼女のことを僕はもう正直言って抱きしめたかったぐらいだけど、そこはグッと抑えて返事をした。


 今は分かる、このスカートを握りしめるような仕草は鳳が決意を固めている時の癖だってことが。


「僕も……その、鳳のこと……好きだ」


 これほどまでに嬉しかった記憶は僕の中には未だに存在していないけど、この時に実はもう1つ思い出になったことがある。

 

「その……このラブレター差出人が書いてなくて誰からなのか分からなかったんだよね……」

「えっ!?」


 それを伝えると、告白をしてきた時以上に顔を赤らめた鳳を拝むことが出来た。まあ、この公園を指定している時点で誰からなのかは予想が付いたんだけど、慌てふためく鳳が面白くて可愛かったから言わないでおいた。

 こうして僕たちは晴れてカップルになって付き合うことになったのだ。


 と言っても、僕と鳳はお互いに奥手で恋愛に関してのことなんて物語の中での知識しか知らなくて……手を繋ぐのだって苦労して、1ヶ月の時を要してしまったのは今でも反省点だと思うし、き……キスをするのも5ヶ月ぐらいかかったほど、僕たちはスローペースで付き合っていた。


 スローペースって言うか僕が情けないチキりヘタレ野郎なだけでした、はい。


 いやいや僕としては初めての彼女でどうしたらいいか分からなかったって言いますか、大切にしたかったと言いますか……。

 ごめんなさいデートの誘いすら噛みっ噛みでしたよ、ええ。


 彼女はどうか知らないけど、僕は一緒にいるだけで幸せだったって言うか、他には何もいらないとまで思っていたけど……やっぱり僕だけだったのかも。

 LINEのし過ぎでお互いに寝不足になって体調を崩したりすることなんてざらにあったし、成績にだって影響が出始めて、体育の最中こけて足をくじいてしまった鳳を見て罪悪感に押しつぶされそうだった。


「私がドジなだけだから……逢坂くんは何も悪くないから……」


 気を遣わせないようにする為の笑顔と、腫れた足首を隠そうと誤魔化す笑顔。僕が好きな鳳の温かい笑顔がその時ばかりはどうしても見ていられなかった。

 だから、思ってしまった。


 ――僕は鳳の足を引っ張っているだけで彼氏には相応しくないのかもしれない。


 釣り合いが取れていないだとか、もっといい人と付き合った方がいいだとか、今にして思えばただの押し付けでしかない思考で僕は鳳との未来を絶ってしまったんだ。

 でも、やっぱり鳳も僕と別れたいって思ってたんだと思う。


「なぁ、鳳……」

「ねぇ、逢坂くん……」

「「――別れよう」」


 なんせ、自分が言うはずだった言葉が鳳の口から寸分違わず出て来たんだから、これはもう確定的だろう。

 これで良かったんだ。半年も付き合っておいて名前すら呼べない男よりももっとリードしてあげられる人が彼女には合ってる。

 彼女の足を引っ張るのなんてまっぴらだから、どうか鳳には幸せになってほしい。


 僕たちが付き合い始めた公園で、僕たちの関係は元カップルになったんだ。


×××

 

 私、鳳奏にはかつて半年ほど彼氏というものが存在していたことがある。元カレの名前は逢坂大空くん。大人しくて人付き合いが苦手なタイプで読書が好き。

 そんな彼と出会ったのは中学2年生の春のこと。転校した先の中学校に彼がいたのだ。


 転校してきたばかりの私を迎え入れる為に、クラスの人たちが歓迎会なるものを開いてくれたんだけど……正直私には荷が重かったと言うかなんと言うか……。


 今でこそ多少は改善されてるものの、私は基本人見知りで恥ずかしがり屋という自覚があるので、歓迎会自体はもちろん開いてくれてありがたいって気持ちはあったけど、人にたくさん話しかけられて疲れてしまったの事実。


 そんな中、クラスメイトの1人が用事があると言って抜け出したのが気になって、私も引っ越しの手伝いがあるからと抜け出すことに。


 私の顔を見て、驚いたような顔をした逢坂くんは当たり前なんだけど今よりも幼い表情をしていて、身長も今より低かった。

 

 ――いいの? 君の為の歓迎会だよ?

 ――実は……あぁいうの少し苦手で疲れちゃって、引っ越しのお手伝いがあるからって言って逃げて来ちゃったの……。


 そう言うと、彼は実は僕もとはにかんで見せてくれた。

 偶然家が隣になったこともあって、趣味嗜好が似ていた私たちが話すようになるまでにはそんな時間はかからなかったと思う。

 ……嘘です、私が人見知りなせいで慣れるまで結構かかりました、はい。

 それでも他の人よりも打ち解けるのは早かったんだけどね。


 私が彼に好意を抱くのはそんなに時間がかからなかったと思うけど。

 私たちが付き合い始めたのは夏休みに入る前だった。私から彼にラブレターを渡す形で告白をした。


「わ、わた……私、逢坂くんが、す……好き!」


 そう言うと、彼は目を逸らして頬を指で掻き始める。これは彼の照れている時の癖。この時は分からなかったけど、今なら分かる。


「僕も……その、鳳のこと……好きだ」


 これほど嬉しかった言葉は他に知らない。

 お互いの気持ちが通じ合って、私たちは晴れてカップルになることが出来た。


 のは良かったんだけど……恋愛のことなんて全く分からなくて、しかも私たちはお互いに恋愛に関しては奥手もいいところ。


 手を繋ぐのも1ヶ月かかったし……その、き、きすをするのは5ヶ月ぐらいかかってしまった。


 でも、幸せだったしそれでもいいかと思っていたんだけど……ふと思った。もしかして逢坂くんの彼女には私は相応しくないんじゃないかと。


 LINEも夜遅くまでしてしまって、お互いに寝不足になるなんてことはよくあったし、成績は落ちるし、極めつけは逢坂くんが授業中に椅子から崩れ落ちて、早退して2日ほど学校を休んでしまったことだ。


「だ、大丈夫だから……鳳は何も悪くないから……」


 熱で焦点の定まってない目で、喉がガラガラの声で、いつも通り……私の大好きな逢坂くんの大好きな優しさがその時ばかりは辛かった。

 だから、思ってしまったんだよね……。


 ――私は彼の足を引っ張ってるだけで彼女に相応しくないんじゃないかな。


 私じゃ釣り合わないだとか、もっと積極的な人と付き合った方がいいだとか、今にして思えばただの押し付けがましいだけの考えで私は逢坂くんとの未来を手放してしまったんだよね。

 だけど、逢坂くんも私のようなどんくさい子には愛想が尽きていたみたい。その証拠に……。


「なぁ、鳳……」

「ねぇ、逢坂くん……」

「「――別れよう」」


 自分が言おうとしていた言葉がそっくりそのまま彼の口から出てきたのだから。

 これでいいんだよね。半年も付き合っておいて、名前を呼ぶことすら出来ない消極的な私より、もっとぐいぐい引っ張ってあげられる人がきっと彼には合っているから。

 これで逢坂くんの重荷にならずに済んだ。彼にはどうか幸せになってほしい。


 私たちの始まり場所で、私たちの関係は元カップルになった。



『あー……でもやっぱり好きだから早く未練を絶たないとなぁ……』


 過去のカップルと未来の元カップルはこうして今日も絶妙にすれ違うのだった。

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