靴裏を合わせて

つとむュー

土手の草の上に寝転んで

 靴裏を合わせて、草の上に寝転んだ。

 私と菜月。広い土手にうつ伏せになって。

 触れ合っていても、顔は近づけない。

 これが私たちのソーシャルディスタンス。


 ここは大きな川の土手。

 シロツメクサが一面に生えている。

 そんな草の上に寝転ぶ日曜日。

 天気の良い日は風が気持ちいい。


「じゃあ、菜月。せーのでタブレットのスイッチを入れるよ」

「わかった、夏奈」

 声を合わせてスイッチをオンにする。

 うつ伏せ寝の顔の前に、立てて置いたタブレットのスイッチを。

 そしてメニューに表示される地図から、お互いのタブレットを選択する。


「こんなに近くにいるのに、タブレットで会話するってなんか不思議だね」

「しょうがないよ、ソーシャルディスタンスだもん」


 靴裏を合わせてタブレットでおしゃべりする。

 これが二人の週末の楽しみだった。



 二〇二〇年。

 世界的なウイルス災害で、春から学校が閉鎖されたままだ。

 授業は全部、オンラインに切り替わる。

 すべての子どもに、通信機能付きタブレットがレンタルされることになった。


「このタブレットってね、国と通信会社とネット会社が三分の一ずつお金を出し合って配ってるんだって」

「へぇ、そうなんだ……」

 私は菜月に説明してあげる。

「それでね、そのネット会社はいろんなデータを集めてるんだよ」

「そ、それって、ヤバいじゃん」

「ヤバいけどOKなんだって。ロボットが自動的にやってるから」

「でも、なんかヤダなぁ……」

「ウイルス感染対策もやってくれてるらしいよ」


 例えば『近よらない』と『集まらない』。

 タブレットに内臓しているGPSで分かっちゃうらしい。

 ビビーと鳴ったら近づきすぎ。

 ビビビビと鳴ったら集まりすぎ。


「じゃあ、『閉めきらない』はどうやって調べてるの?」

「マイクで、音の反響を測定してるんだって」

「へぇ~」


 やっぱり外が一番。

 青空のもとでも画面が見えるように、タブレットは設計されている。


「カメラにもいろんな機能が付いてるらしいよ」

「分かるよ、授業中に寝てたら先生にバレちゃったもん」

「それだけじゃないんだって。顔認証や体温測定。噂ではホクロの数とか貧乳率とかも測定されてるらしいよ」

 すると菜月は慌てて胸の前で腕を組む。

「ダメダメ、もう測定されちゃってるよ」

 そしてロボットみたいな声を出してみた。

「ミゴトナ、ペッタンコ、デスネ」

「もう、夏奈ったら……」


 菜月が靴裏を蹴ってきた。

 スキンシップならぬソールシップ。

 やっぱり触れ合いがないと、人間は生きてるって感じがしない。


「でも、それってプライバシー侵害じゃん」

「だからロボットが」

「あんたネット会社の回し者? もしそのロボットがエロかったらどうすんの?」

「エロボット?」

「夏奈に相談したのが間違いだった」

「エエロボット」

「もう……」


 私たちはまた靴裏を合わせる。

 中学校じゃできない、二人だけの合言葉。


「ねえ、夏奈はなんで、急にタブレットのことに詳しくなっちゃったの?」

「だってね、このタブレットに書いてあるんだもん」

「ええっ? 私のには書いてないよ」

「むふふふふ、だってこれ交換したばかりだから」

「交換って? 新品と?」

「違うよ、北関東に住む従妹のと。このタブレット、北海道から旅して来たんだよ」

「北海道から!?」


 先週、私は従妹とタブレットを交換した。

 従妹が「このタブレット面白いよ」って教えてくれたから。

 中身を見ると、メモ帳の中にいろんな人のコメントが残されていた。

 それは北海道から東北地方の子どもたち。


「始まりは札幌の悟さん。高校三年生なんだって」

「それってどういうこと?」

「だからね、悟さんが思いついたんだ。タブレットを旅させることを」

「そんなことして大丈夫なの?」

「大丈夫ってメモに書いてある。すべてロボットがやってるからなんだって」

「ロボットが?」

「そう、エエロボット」


 タブレットのデータ解析に人間は関与しない。

 使用者の判定は顔認証。

 体温や位置情報や授業の出席も、顔認証と結びつけられる。

 つまり、どのタブレットを使っても構わないってこと。

 

「悟さんのメモを見てみる?」

「うん。見たい、見たい」


 私は菜月のタブレットにメモを転送する。

 それにはこう書いてあった。



『ねえ、タブレットに旅をさせてみない? 僕たちの夏の分まで』



 緊急事態宣言は段階的に解除されていったものの、まだ規制は続いている。

 移動は隣の県まで。

 だから遠くに旅行になんて行けるわけがない。


「悟さんの次はね、函館の遥さん。悟さんの友だちの従妹の高校生で、いつも五稜郭を散歩してるんだって」

「その次は?」

「次はね、青森の凛ちゃん。遥さんの友だちの従妹の小学生。ねぶたが中止になって悲しいって」

「それで、それで?」

「次は八戸の壮太くん。凛ちゃんの友だちの従兄の中学生」

「友だちの従妹ばっかじゃん」

「そう、イトコネクション」

「はいはい」


 声に合わせて菜月が靴裏をトントンしてくる。

 右足そして左足。

 嫌いだったダジャレが多くなっちゃうのもウイルスの影響なのかな?


「でも、それって面白いね!」

「でしょ?」

「私もそのメモの続き、書いてみたい」

「いいよ。私が書いたらタブレット交換しよ」

「うん。私、書きたいことが一杯あるの。夏奈は何書くの?」

「特に考えてないなぁ。結局、つまんないこと書いちゃうんだよね」

「エロボットとか、イトコネクションとか?」

「それはやめとく」


 私はバッグの中から、あるものを取り出す。

 タブレットの中にメモを残すための秘密兵器。

 そしてタブレットの前で装着した。


「あははははは、何それ?」

「鬼のお面だよ。節分の時の」

「そんなの見りゃ分かるよ。私が聞きたいのは何でそんなの着けたのかってこと?」

「それはね……」


 タブレットから得られる情報は、すべて顔認証に結び付けられる。

 ロボットが自動的に解析してしまうから。

 素顔のままだと、書いたメモはクラウド上の個人フォルダに保存されてしまう。


「悟さんのメモに書いてあったの。『タブレットにメモを残すには、お面を被らなくちゃいけない』って」

「へぇ、いろいろと大変なんだね」

「エエロボットだからね」


 お面の目の穴から土手からの景色を眺めながら、タッチペンを取り出した。

 さて、何を書こう。

 まずは自己紹介からかな。


『私は埼玉県に住んでる夏奈といいます。中学……』


 ん?

 この先、何て書けばいい?


「ねえ、菜月。私たちって何年生?」

「三年生じゃないの?」

「でも新学期って、九月からになるんだよね?」

「それってまだもめてるらしいよ。だから私たち、夏になってもオンライン授業を受けてるんじゃない」

 

 じゃあ、やっぱり三年生なのかな?

 高校受験って、一体いつになるんだろう?

 三月? それとも七月?


「私は中学総体について書きたいなぁ」

「菜月は頑張ってたもんね、テニス」

「そうだよ、中止になってすごいショックだった。新学期が九月になったら、ぜひ春にやって欲しいよ!」


 菜月が私の靴裏をダダダダと蹴ってくる。

 お願いだから、私の足でストレス解消しないでくれる?

 足裏が刺激されて、ちょっと気持ちがいいけど。


 この国は一体、どうなっちゃうんだろう?

 そしてこのタブレットは、一体どこに行くのだろう?

 私たちの想いを乗せて。

 無念や迷いや希望を織り交ぜて。


『みんなが元気で、幸せに暮らせますように』


 ひとこと書くと、私はタッチペンをタブレットに収納した。

 鬼のお面を被って書くことじゃないなぁ、と思いながら。



 

 おわり

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