第21話 美学は万物に属する。例え生きていなくとも
【死神・飄々】
死神は、人の一番弱る死に際に現れて、一番強くなる死に様に消えます。
強も弱も清も濁も甲も乙も。何もかも知っています。
死神は矛盾に慣れているんです。それは同時に、矛盾を知り尽くしていることであります。
でも、皆さんはそうではありません。
矛盾に溢れた社会にいても、矛盾を抱えた存在として存在していても、矛盾を見れない。
それが、死神から見た人間の姿です。
自分たちの命にだって、皆さんは矛盾してます。
生きれば生きるほど、命そのものに疎くなって慢心します。
明日死ぬなんて考えないし、逆に明日も生きようなんて考えない。
でも、命が危険と具体的に、明らかに分かれば、平然と『死にたくない』と叫びます。
そして、終わればまた命に感けて、怠けます。
生死の狭間。そこに行かなければ知ることはできません。
そして残念なことに、ほとんどの人はそこに行けません。ぽっくり死ぬだけです。
よく、人間は美しいと言われます。
しかし、人間は本来醜いものです。汚く傲慢な生き物です。
だからこそ、美しくいられるんです。
汚いから美を肯定できる。人は愚かだから美しい。
死ぬまで聖人じみた綺麗な人間はいませんよ。必ずどこかで悪いことの百や二百やってます。
そうやってバランスをとっているんです。世の中っていうのは。
相反するものがある。
この世には、それしか残りません。
では、人間に相反するものは何でしょう。その他の動物? 意思を持たない機械?
どれも違います。
草食動物には肉食動物という対する生物がいますし、機械にはスクラップとスーパーコンピューターと両極のタイプがあります。
人間の真逆の存在は、いないんですよ。
唯一無二。生物。哲学。倫理の世界で孤独な存在。それが人間です。
そして、その独立性を暴走させないために、社会という鎖が結ばれ、価値観の違いを生み出しました。
そして、いつの日からか。その社会の中で、人間同士で。分かち合うものと、対立するものが生まれた。
人間は、唯一性を失わないために、自ら対極を作ったんです。
唯一の存在が唯一を失わないために、凡百に倣ったんですよ。
考えが至らなかったのか、それとも自分たちを全能者と勘違いしてパラドックスに陥ったか。
いずれにせよ、人間はどうにかして矛盾したかったんです。
さて、これだけ関係の無い話した所で、そろそろ結論といきますか。
私たち死神にとって、人間が死ぬのは、どうでもいいことです。
生きることと死ぬこと。対極にあるもので、重ねれば矛盾する概念。
死神は矛盾に慣れている、つまりは、どちらであろうと死神にはどうでもいいことなんです。
気にならない。関係ない。興味がない。手を伸ばさない。
死神ほど、死ぬことに関与しない存在はいませんよ。
先ほど言った通り、死神は死に際と死に様にしか現れない。
だから、弟さんは相当稀です。生きているのに私たちをずっと見れているんですから。
でも、理由はわかっています。
弟さんは、毎日「明日まで生きていよう」としているからです。
生きていようとするから、弟さんは私たちが見れるんです。
逆に言えば、毎日「死ぬかもしれないでいる」
この世で一番死ぬことに怯えて、生きることに執着している。
だから、弟さんは我々が見えて、今日も生きているんです。
海が、穏やかに吹き荒れる。
─────────
【死神・溌剌】
生きることを渇望する。
普通の人は、生きることをそもそも望まない。望む必要がない。
「自分は明日も生きている」
そんな不確かで、頼りない確信に依存している。
先は見えないはずなのに、見えているように振舞う。
見えているように思いこむ。そうやって、貴方達は生きている。
死ななきゃ分からないことは、分からないんじゃなくて、分かりたくない。
逃げた先に何があるかでも、逃げなかったらどうなっていたかでもない。
死にたくも生きたくもない。
そんな宙ぶらりんな未来と過去の間を歩いている。
その宙ぶらりんの中には、失う未来は確実にあって。繋がり続ける未来もあって。
でも、そんなこといちいち考えていれば、進めない。あなた達はそう思った。
だから、考えないことにした。
面倒事が目の前にあれば逃げたくなる。それが人間です。
人によって答えの違うものなんか特にそうです。
面倒事は無視して先に進む。
そうやって育っていきましたから。
でも、忘れ事でも、無いものでもないんです。その面倒事は。
人間が死ぬこと。それは当然のことです。でも、自分でそれと対話出来なきゃいけない物です。
死ぬことは恐怖ではなく、日常である。
死ぬことは特別でも、感情が動く事でもありません。
当然で、当たり前で、ありきたりで、現実的で。
お風呂から出たら体を拭く。外に出るときには靴を履く。
洗濯物を洗って干して畳む。生きるために命をいただく。
そんなことと変わらない。そんなことでしかありません。
私たちにとって、人間が死ぬことなんて。
月が、あの時よりも、青くなる。
・ ・ ・ ・ ・
「おほぉー! 初めて来ましたが、下手に安いトコより全然よくないですかこれ⁉」
歩いて五分ほど。夕方、目の前を通過した水族館と歩道橋の丁度中間。
海の近くの観光地という印象の強かったが、辺りを見渡せば、あるのはファミレスと一軒家ばかり。
近くの有名な、灯台がシンボルの島内には宿がいくつかあるらしいのだが、海岸線沿いには全くと言っていい程に宿がなかった。
時刻は日付が変わってから小一時間。
この時間から入れるビジネスホテルはないだろうし、そもそも、ビジネスホテル自体がないこの海岸線で、宿泊のできる施設は、怪しげな漫画喫茶と古びたラブホテルだけだ。
車で寝泊まりするのも考えたけど、無料の駐車場は全て閉鎖されているし、コインパーキングもなかったため、悩みに悩んだ挙句、ラブホテルに泊まることにした。
私からしたら、死神二人との奇妙なお泊り会。傍から見たら女一人でラブホ泊まり。
どっちが怪しいかと言われれば、後者だろうな。
「にしても、何で子作りのためだけにこんな場所作ったんでしょうね。人間て」
「何を言いますか後輩さん。子作りも平和ボケした現代においてはコミュニケーションとかビジネスになるんですから。用途が増えたってことですよ」
流石は死神らしいと、言うべきなのだろうか。
淡白に繰り広げられる生々しいな会話。聞いていなかったことにしよう。
恋人はおろか、友人関係も希薄な私が死ぬまでにここに来るとは思わなかった。
最近はここに籠って仕事をしたり女子会をしたりもするらしいが、そのどちらも私には縁がない。
結婚欲も、子育てにも左程興味もがないのだから尚更だ。
最後の片思いだって……だって……
………………私、片思いもしたことないかもしれない。
恋愛小説も少女漫画も読んだことなかったな。そういえば。
人が死んだり死なされたりする小説しか読んだ記憶がない。
私の記憶では数えられない数の人間が死んでいる。それもみんな他殺。ひどいものだ。
その本の中に幾つかラブホテルでの殺人事件もあった。
婚約中の妻が浮気した夫を滅多刺しにしたり、毒殺した後自分も死のうとしたり、同性カップルになりたいと言い出した彼女に男がキレたり。
実体験ではないにしても、いい思い出ではない。
まぁ、部屋のどこにも血痕が付いていないのが現実のいい所だ。
「でも、せっかく海の近くの宿なのに暗闇しか見えませんね」
真夜中の海めがけて、死神は溌剌とした声で文句を言う。
新幹線で話しかけられたときはお淑やかな印象の死神だったけど、仁王立ちで窓の前に立つ姿は男気溢れるおじさんにしか見えない。それか敏腕女社長か。
机の下の冷蔵庫を漁るもじゃもじゃ頭の方がまだ女々しい気がする。
死神には体力の際限がない。そのため、こんな時間になっても元気いっぱいだ。
反対に、仕事を始めてから体力の落ち続けている人間の私は、睡魔に気づかないふりをしながら活動をしているわけで。
ギリギリで持ちこたえていた意識も、目の前の布団を見てしまえば、言葉もなくオトされていくわけで。
服も着替えず、シャワーも浴びないままベットに倒れ込む。
てっきり、湿っていてビニールっぽい安物だと想像していたが、意外にも柔らかく寝心地がいい。
もう、抗う必要はない、死神たちも勝手に休むはず。そうであることに期待する。
重たくなった瞼がゆっくり落ちてくる。意識溶けていって遠くの方へ消えていく。
もしかしたら、これが最後の眠りになるかもしれない。思う存分、寝ることにしよう。
私が死ぬまで、あと36時間。
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