第18話 酸いも甘いも飲み込むもの。でないと得れないことがある。
「甘いものが食べたいです」
「珍しく気が合いますね。わたしもです」
忠犬の銅像を睨みつけながら、ここにきて死神同士はやっと仲の良い素振りを見せる。
振り回す方に優しさはないし、振り回される方には遠慮がない。
だが、どちらも言いたいことは言う。案外似た者同士なのではないのだろうか。
隙間なくビルの建てられた街の中心には、定期的にこれでもかと人がごちゃ混ぜになる交差点がある。
巨大なスクリーン広告に看板。
この街には、あんなものからそんなものまである。
逆にないのは、緑あふれる自然と人々の落ち着き。
霊園を去ってから、一時間と少し。
テレビ取材の代名詞といっても過言ではない。連日終日、人でごった返し続ける都会にやってきた。
やってきた。そこまではいいのだが、
ここが『やるべきこと』はないらしい。
ただ楽しい場所と言われて連れてこられた。
私の余命ほとんど残ってないはずなのだが、そんなの死神は気にしない。
だって、死神だから。
「せっかくですから観光もしたいですね。ここには面白いものがたくさんありそうです」
忠犬に跨った死神は、なんだか生き生きしている。
モラルもルールも無視した失礼行為は、手元しか眺めない現代人よりも、生きてるって感覚がする。
「先輩。とりあえず甘いモノ食べに行きましょう。わたし結構イイとこ知ってますよ」
再びスーツ姿に戻った死神がそんなこと言ったら、もう生きてるOLと差異がない。
流行に敏感なモテるタイプのOLだ。私の一番苦手なタイプ。
よかった。こちらも私の同僚じゃなくて。
「おぉ、それは素晴らしい。ですがワタシも何件かリサーチ済みです。ここに来て食べておくべきものと言えば!」
「あれですね!」
うっすらイヤな予感がする。
「パンケーキです!」「タピオカですね!」
あ、これは......
「パンケーキとか、先輩バカなんですか? 今の流行はタピオカですよ? 知らないんですか? 時代遅れなんですか? 全然リサーチできてないじゃないですか」
「何だかモノの言い方が随分と手厳しくなりましたね。駄目ですよ? 時代の最先端だけがいいものと思い込んでは。王道とは長い歴史から作られる尊敬すべき過去です」
「この大都会での王道は常に最先端のモノです。過去に囚われてる人は大人しく引退してください」
「そういうわけにはいきませんね~。そこまで言われるとワタシも黙ってはいられません」
死神の笑顔は崩れない。それはお互いに。
満面の笑みで相手を睨みつけてる。
はー、昨日もやってたじゃんか。私の仕事取り合って。
場合によっては「私のために争わないで」の常套句と共にヒロイン補正されてもいいぞ。この、カクヨムに似合わぬヒロインもヒーローもいないこの小説でヒロイン生まれるぞ。
おい、台の上に乗って忠犬を挟んで言い合うな。
死んでるのに死神に挟まれる忠犬と、これから関係ない喧嘩に巻き込まれる私が可哀そうだろ。
私はホットのブラックコーヒーが飲みたい。甘いモノは苦手なんだ。
・ ・ ・ ・ ・
「このタピオカっていう粒々美味しいですね! こんな物作るなんて、人間の皆様も捨てたものじゃないですねー」
かわいい飲み物片手に意味深なことを言うんじゃない。ちょっと不安になるだろ......
駅近くで買ったタピオカドリンクを持って、私たちは地下街を散策している。
名前も知らぬこの地下道は、東京のはどこも混んでいるという私の勝手な想像を正面から否定した。
肩を当てて、当てられしないと前に進めないくらいのものを想像していた。
田舎民は都会に過剰な期待と妄想をしてしまうものなのだ。致し方ない。
「でしょ~?やっぱり最先端が一番いいんですよ。パンケーキなんて古い古い」
「その発言は寛容できませんね~、後輩さん?」
待て待て。また喧嘩するのはやめてくれ。
何のためにさっき大声でじゃんけんしたと思ってるんだ。
「それより、これからどこに向かうんですか?」
重要な話題を提示して、話をすり替える。
一日に二度も喧嘩に巻き込まれるのはこりごりだ。
「大丈夫ですよ。ご安心ください。もう向かってますから」
180度表情をひっくり返した死神は、先にある小さな店を指さす。
「あれが、最後の『やるべきこと』です」
店は、手作りのアクセサリーを販売する小さな店だった。
「行きましょうか」
死神の穏やかな声に続いて、店の中に入る。
入り口では手ごろな値段のアクセサリーが売っていたが、店の奥ではなかなかに高い商品と手作りセットが売られていた。
どこか懐かしい感じのするものばかりだ。
綺麗な色ではあるが、その中にある近づきにくさというか、圧迫感がない。
優しくてなんでも包んでくれそうな感じ。
「気に入ってもらえたかしら?」
私より頭一つ分小さい女性に声を掛けられる。
白髪が混じり始めているが、ピンと伸びた背筋と笑顔がを若々しく、深緑色のエプロンがよく似合う。
「あ、いえ、なんだかいい色だなって思って」
ライターとして働いているんだから、もっとマシな感想言うべきとは思っているのだが、対面での会話はいつまでたっても苦手だ。
「ふふ、やっぱりお母さんとそっくりね。話し方も性格も」
文の意味を理解するまでに、2秒。返事を思いつくまでに、さらに5秒。
「母を、知っているんですか」
「えぇ、あなたのお母様は私の恩人なのよ。またこうして大きくなった娘さんと会えて嬉しいわ」
両の手を握られる。その手はとても暖かい。
死神が、耳打ちをして店を出ていく。
『悔いの無いよう、話してきてください』
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