死神後半戦 「1」
第16話 愛はどこにでもある。それがひどく気味悪い。
青葉が力強く色づいている。立派な幹から伸びていく無数の枝の先で、光も通さぬ緑が風に
均等な距離に設置された同じ形の石とその周辺はきれいに清掃されており、光沢のある灰色が丁寧に鎮座している。
それら全ての石に、知らない名前が彫ってある。
日本人の名前の他にもカタカナや英語の名前もチラホラある。
この人たちがどんな人生を送っていたかは知らないけど、少なくとも、私よりも幸せだろう。
だって、私には墓を建ててくれる人もいない。すべて、忘れ去られるから。
『棺』の中で死神の話は、突拍子もなさ過ぎて、頭にうまく入ってこなかった。
自分がもうすぐ死ぬ。それだけが事実だと認識した。
未練とか、心残りについては何にも整理がついてない。
ずっと頭の中をゴロゴロ転がっている。
棺には時間の流れというものが存在しなかった。
どれだけ経とうと髪は伸びないし、お腹も空かないし喉も乾かない。
死神は答えが出るまで居てくれていいと私に言った。あなたが出るまでワタシも待つと。ワタシから追い出すことはないと。
ただ、ここにいて何か解決できるのか。それだけ、ずっと思っていた。
出来ることなら死にたくない。
友達がいなくても仕事を生きる理由に仕立て上げてても。
家族と元には戻らないほど離れてしまっていても。
死ぬこととか、忘れられることとか、怖いし寂しいことだと思った。
だからこそ、というのだろうか。私は止まり続けることが嫌になった。
時間が経ちすぎて時の流れが分からなくなってきた頃。私は、『棺』から出ることを決めた。
止まっているのが堪らなく悔しい。ただそれだけだった。
後先なんて考えてもない。考えてたらずっと動けなくなる。
当の死神は若干驚き戸惑っていたけど、すんなりと受け入れてくれた。
死神が一つ、小さなくしゃみをして真っ白な世界が一瞬だけ真っ暗になる。
驚いて反射で目を閉じてまた開く間に、倒れる前まで見ていたかの名城。その足元に出てきていた。
激しい日光に照らされている目の前の広場。そこに建つ背の高い時計は、8時を指している。
少し離れた散歩道を、お年を召した夫婦が手を繋ぎながらゆっくりと歩いている。
背中は曲がり、杖を突き、足を何度も止めながら、二人は進む。
皺だらけで、骨と皮と僅かな肉が、旦那さんの手を形成している。
真っ白に髪が染まり、いつその命が朽ちてもおかしくない。
私は、そんな彼らより、先に死んでしまう。
「行きましょう。時間は無いですから」
そうだ。消沈なんてしてる暇なんてない。
これは、使命でも運命でも、『べきこと』でもない。
私が、
『やると決めたこと』
私の、死ぬ覚悟の、代償だ。
とりあえず、どこに行くかだけ聞かないと。スムーズに動かないと終わらせられないな......
「いぃぃぃぃぃぃつまで待たせる気ですかぁぁぁぁぁぁ‼」
遠くから声が聞こえる。
旅行客だろうか。友人が待ち合わせに遅れているのかも。
ところで、さっきからどでかい足音が下の方から聞こえてくるのは気のせいだろうか。
しかも、心なしか近づいてきているような気がする。
「あー、そういえば忘れてました。ほっぽりぱなしでしたね」
あー、そうだ。あまりにも時間が経ちすぎてすっかり忘れていた。もう一人いた。私と仕事したがる死神。
「彼女がいると便利です。このままここで待ちましょう。といっても・・」
「待つほどの時間なんてあげませんッ‼」
後ろで一つにまとめた髪が、若々しさに拍車をかけている。
昨日とは違い、完全なスポーツウェア一式で身を包んでいる。
私もこんなスタイル良かったら今頃結婚でもしていたかもしれない。
太っているというわけではないが、特出して秀でたパーツも持ち合わせていない。
傍から見てもそこそこのナリをしているつもりなのだが。
主な原因は、膨らみの欠けた胸のせいかな。
「ほっんと! 先輩はどうして大事なことも事前に言わないんですか! いきなり『棺』の中に先生連れてっちゃうし! 」
声を荒げさせながら、容赦のない文句がストレートで投げつけられる。
対して、さすがの先輩。営業スマイルはお手の物だ。
「すみません。ワタシこう見えても行動派なもので」
ヘラヘラと頭を掻く動作は、余計な油を業火に注いだ。
「先輩は行動派じゃないです! 動く前に何も言わない理由を行動派にすればお茶を濁せるとでも⁉ んなわけないでしょうが! このもじゃもじゃ‼」
この子の言動から察する。程の事でもないが、この死神がどこでもこんな感じで面倒くさがられてるのは予想がつく。
つくづく、私の同僚じゃなくてよかったと思う。
「失礼ですね~。これでも運動は得意なんですよ?」
「いつもやってるリズム感の破滅したダンスのことを指してるのであればやめてください。ダンスに失礼です」
そんな概念そのものに謝罪求められる下手くそはなかなかにないぞ。
「それより、あなたが来てくれて助かりました。車を運転してもらえませんか」
「何日も‼ 何も聞かされず一人取り残された後輩に‼ はいはいとお願いを聞いてもらえるとでも!?」
「もちろんタダでとは言いません。お詫びも兼ねてアンパンチョコ買ってあげますよ」
「三箱買ってください」
「分かりました。」
「では、下に、車の準備しておくので、少ししたら降りてきてください」
凛と澄ました顔で、溌剌と。もう一人の死神は走ってきた来た道を戻っていく。
「これでスムーズに
こういった経緯を経て、私たちは堂々たる辻から、さらに山を登って行った先にある霊園に向かったのだ。
いや、それより交渉の見返りあれでいいのか。溌剌さんは。
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