第15話 刈られるものと消え去る者 より苦しむのはどちらか

 最初の駅で死神が話していた少年の件に、私は聞き覚えがあった。

 というか、身に覚えがあった。

 家族構成、境遇、事件の内容。そして事の顛末。


 全てが、私の過去と同じだった。


「分かってて話したんですか」


 死神を恨む気はない。ただ質問を、穏やかに投げかける。


「えぇ。知っていました。」


 淡々と、死神は答える。


「もし、こんな状態になる前に全部『やり終えて』いたら、どうするつもりだったんですか」


「どうもしません。知らないままで亡くなってもらうつもりでした」


「それは、何だか薄情ですね」


「死神は厚い情も薄い情も持ち合わせていませんよ。欠陥ばかりです」



 死神なりの自虐に、今はため息はこぼせない。

 空気が張り詰めて、どんどん冷たく、薄く引っ張られていく。



「弟のためとは、どういう意味ですか」


「そのままの意味です。弟さんのために、『やるべきこと』があります」


「それが2つ目ですか」


「3つ目も含まれています」


 弟か。そういえば、もう長い間会ってないし、声も聴いてなかったな。

 結婚報告の電話がかかってきたときも、忙しいからと言って、お嫁さんの声聞かず切ってしまった。

 我ながら、面倒で礼儀がなってないな、私はお姉ちゃんのはずなのに。



「時間は、あとどのくらい残っていますか」



 本題の、タブーにしてしまいたかった領域に、足を踏み入れる。



「はっきりとは分かりません。でも、経験で言わせてもらうなら、2日もないかも」



 2日か・・・・・・



 残り48時間。これだけあれば、いったい何ができるだろう。



 海外旅行に行ける。一度でいいから世界中の図書館を巡ってみたい。

 手間のかかる料理もできる。カレーを一日寝かせてから食べれる。

 遺書の用意もできる。予定を詰めれば銀行とかで手続きもできる。

 3件仕事を片付けられる。ライターとしての腕が鳴る。

 大掃除もできる。捨てるものだけ家にそのまま残っちゃうけど。

 限りはあるけど、私がやりたいと思うことは大体できてしまう。




 そう、今まで思いつかなかった、あんなことや、こんなこと。

 夢みたいだと思ってた夢が、たくさん。面倒だったけど、やりたかったこと。



 いっぱい、やりたくなってしまうじゃないか。




「これが、未練ですか、」




 俯きながら、汚れの無いシーツを握りしめて死神に問う。



 なんとまあ、下らないことであろう。

 常日頃から面倒くさがらずにやっておけばいいものを。

 どうして、こんな時になってからやっておけばと思うのだろう。

 叶えておけばよかった夢に、どうして自ら身を引いてしまったのだろう。

 一時の感情でしか動けない人間は。自分がそうだと分かっていたはずの自分は、

 なぜ、立ち止まることを選んだのだろう。



 死神は態勢を変えず、動かない。

 まるでそこだけ切り取られているように。合成で静止画がくっ付いているかのように、死神は変わらない。



 涙は出ない。感情も高ぶらない。

 ただ名前にならない感覚が、体の内で静かに佇んでいる。

 静かに、残酷に、追い詰める。





 今度こそ、終ってしまうのだろうか。






「未練の無い人。今まで誰一人としていませんでしたよ」



 死神が静かに呟く。



「ペットのワンちゃんの最期を看取りたい人がいました。その人は結局ワンちゃんを引き連れて『やるべきこと』遂行しました」


 振り返って、私の目を見て、死神は語る。


「もう潰れてしまったラーメン屋の味をもう一度食べるまで死にたくないと豪語する方もいました。キリストに会うまで死にたくない人もいました」



 欠陥だらけの死神が、呼吸を乱して、声を荒げている。



「理想の自分になってない。好きな人とのファーストキスの味をまだ知らない。みんな色んな未練を持って死んでいきました」



 懐かしさを惜しむ。思い出を思い出すことを、惜しむ死神が、目の前にいる。



「未練はないほうがいいです。あってしまえば、結末が遠のいてしまいますから」



 もう、その顔は笑顔ではいられなかった。



 際限ない体力を持つ死神にも、「限界」はあるようだ。



 死神も、もう笑っていられない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る