第13話 暗躍は光の裏 なら表には何がある。

 出発点の天候とは打って変わり、太陽が空の頂上で燦燦さんさんと息をする。その呼吸は紫外線と呼ばれ、人の肌を焼き、夏を熱くさせる。


 西の都に行く人々のメインの足となっているこの駅は、ホームからも名城を拝むことができる。

 また、近くに私立の高校も建っており、連日、多くの観光客と学生たちで犇めき合っている。

 気温は車内にいる間にどんどん上がり、ホームに降りた瞬間からジメジメした空気が体に纏わりついてくる。


 改札へ向かうエスカレーターの頭上に設置されている電光掲示板でも、30度を超えた気温と熱中症対策の呼びかけが流れてきている。

 階下の小さな待合スペースで家族連れが次の電車を待ちながら旅行カタログを眺めている。


 子供の時に夢と魔法の王国にも連れて行ってもらえなかった私からすれば恨めしいところだが、大好き家族と旅行する光景は微笑ましく思う。

 大して家族が好きではなかった私としては、憧れの姿を遠くからゆっくり眺めたいものなのだが。


 理想はとにかく私のことが嫌いらしい。


 新幹線の駅の改札を抜けて、階段を上り長い通路を抜けた先。

 今度は東の都にも通じている国鉄の改札がある。

 天井から吊るされた市の名前の書かれた巨大な提灯は、毎年行われる祭りのメインでありこの街のシンボルである。

 常に上を向かせたいのか。駅には頭上から天井まであんな物やこんな物まで吊るしてあったり掲げてあったり。

 市民はみな、さぞ明るくて前向きな人々なのだろう。街の活気が夏の暑さをさらに熱くさせる。


 よって、私はこの町に相応しくない。というか一刻も早く出たいのだ。が…


 駅を出て左に曲がってすぐ。大手コーヒーチェーン店の2階で、私は死神の口論に巻き込まれている。

 車内でのいざこざは結局到着しても終わらず、今後どちらが迎えるかを決めるためにも話し合う時間が欲しいと頼まれた。拒否権なしで。


 駅構内で手早く済ませてくれとお願いしたが、これが何十分経っても終わらない。

 最終的に汗と日光に耐えられなくなった私が続けるなら涼しい場所でと頼み込んで、今に至る。


 三人席で汗だくのアラサーがアイスコーヒーを三つも注文している絵面は何とも滑稽極まりない。

 他のお客様方。変な目で見るくらいなら笑ってくれ。笑う余裕もない私に代わって笑ってくれ。

 ほら、そこのカップル。絶好のネタだろこんなの。笑っておくれよ。


「いいから先生の担当をわたしに譲ってください! 先輩はのらりくらりしすぎです! 先に先生が死んでしまったらどうするんですか!」


 溌剌とした声が店内に響く。当然、私ともう一人の死神以外は何も聞こえない。


「仮に死んでしまったとしても問題はありませんよ。無事に成仏できます」


「でも、『やるべきこと』が終わらなきゃ本人の『やりたいこと』はできません。もしそれは未練として心に残ってたらしっかり死ねないんですよ! そしたらどうするんですか!」


「未練は残らないように調整してあるので問題ありません。それに、この人に未練とか心残りとかそんなロマンみたいなこと考えると思いますか?」


 伊達に死神を長くやってきた訳ではないらしい。後輩を宥めるのにも常に冷静で、声も穏やかな音になっている。飄々だけでやってきてはいないようだ。




 ちょっと待て。今こいつ私のこと指差して馬鹿にしたよな。




「確かに、友達も家族も先生にはいないですけど。初恋の人に会いたいとかぐらいはあるはずです! これでも人間なんですから!」



 おい。「これでも」とか言うな「これでも」とか。



「『これでも』は失礼ですよ。一端の人間です。こんな方でも。」



 だから「こんな」とかも言うな。

 悪かったな。こんなんでも人間なんだよ。こんなんでも!



 思考を『覗ける』死神も、後輩の勇猛果敢な主張をいなしながらではできないようで、こちらに一度も視線が向かない。

 お互い相手に集中しきって周りも気にせず口論しまくる。


 まぁ、声聞こえないしいいか。気が済むまでやってくれ。


 鞄から読みかけの本を取り出して、しおりを挟んだページを開く。

 文芸界で一番といっても過言ではない大きい賞を受賞したお笑い芸人の小説だ。仕事が立て込んで一章読み終えてところでずっと放置してしまっていた。

 時間の許す限り読み進めておきたい。もういつ死ぬか分からないし。




 ・・・・・・・・・・




 背後の窓からは沈み始めた太陽を見る。

 ここに来たのがに2時頃だったので、少なく見積もって凡そ3,4時間ほどか。


 右隣でいちゃついていたカップルの姿はない。代わりに大学生くらいの女子二人組がパソコンとにらめっこしている。


 長引かせの発端の死神達は、机に突っ伏して眠っている。

 相当白熱していたのだろう。ジャケットとパーカーが乱暴に椅子に掛けられていて、コーヒーも空になっている。


 独りでに宙に浮いて徐々に減っていく状況はさぞ奇妙だったろう。


 3人分のコーヒーを片付け、長時間同じ体制で座って固まってしまった体を伸ばす。

 筋肉の張る感覚がなんとも心地いい。


 席に戻って死神の脱いだ服を軽く整える。

 どうやら服も鞄も手元から離れても見えないままらしい。床に置いていた鞄にいくつか汚れがある。何度か踏まれたようだ。


 なら尚更、昨日あんなに服買う必要なかったじゃないか。今日私が着替えと上着に何枚か着てるだけだし。


 最後に聞こえた討論は、溌剌が私の後のの飄々の仕事を肩代わりするから私をお迎えする権利を譲ってくれと交渉していたが、結局は同じことの繰り返し。


 引かず押さずを繰り返していたため途中からシャットアウトした。

 結果は二人が起きてから聞くとしよう。

 予想では最後まで決まらず一時休戦をしたところで寝てしまったというオチだ。

 さて、起きるまでどうしたものか。


 持ってきた本は読み終えてしまったし、もう一回読んでもいいが展開を覚えている内に読んでは面白さが薄れてしまう。

 それに、せっかく新幹線に乗って遠いところまで来たのだ。インドアな私でも観光くらいはしたい。

 外も涼しくなってきた頃だろう。出掛けるには丁度いい時間だ。

 読み終えた本を鞄に入れて席を立つ。



 死神は、ほっといても平気だろう。そこまで長く出かける気もない。

 観光といっても散歩ついでに街を見るだけだ。そんなに長くはいらない。


 階段を下りて透明の扉を開ける。

 歩道には学校終わりの高校生と買い物中の主婦の姿がある。


 予想通り気温はかなり下がっていた。さらに、風もでてきたおかげでジメジメした感じも弱くなっている。


 急に来ることになったせいで名所も名産もかの城跡以外は何も知識がない。

 とりあえず、人の波に乗っていけば何かあるかもしれない。


 野球部らしき高校生3名を先頭に同じ制服の少年少女が無造作に間隔をあけて、駅と逆方向に進んでいく後ろにこっそり付いていく。


 悪寒はまだ消えないが、久方ぶりに足が軽い。

 遠出という縁のない行事に年甲斐もなくワクワクしている自分がいる。

 数時間前に降りた改札正面の階段を通り越して、奥にある踏切を渡る。


 渡った先。信号の向かい側の商店街通りが見えた。

 先ほど見た主婦もどうやらここで買い物をしていたようだ。同じビニール袋を抱えた人がそこかしこにいる。


 遠くから学校のチャイムが聞こえると同時に、信号が変わる。

 ぞろぞろと動き出す周りの人々に追い越されて自分も一歩を踏み出す。



 そういえば、煌々と輝く夕日に照らされる青春時代なんてなかったな。

 今を満喫する高校生たちは、まさか明日自分が死んでしまう。なんて仮定を考えることもないのだろう。

 若さというのも夕日に劣らず、力強くて、眩しい。


 猫は自分の死期を悟ると誰にも見つからないところで孤独に静かにその命を終えるという。

 人の場合を過去を振り返りたくなるものなのだろうか。

 忘れ事とか思い出しそうだからあんまり振り返りたくないものだ。


 でも、こんな私にも一応住んでる家と貯金という財産はある。学校の近くの商店街なのだから文房具屋も恐らくあるだろう。

 簡単な遺言でも残しておこうかな。死後、私の遺品整理する人たちが困らないように・・・



 私の思考は、死神と出会ってから驚くほどに前向きになっている。

 やればできると言うがやらされる。というか強い存在に振り回されると人は大きく変われるみたいだ。


 そのせいか何となく目の前の人たちみんながはしゃいでいるように見える。

 ゆらゆらして跳ねていて、若干赤みがかっているような。陽の光ではなくもっと赤くなって・・・





 刹那。 ブラックアウトした眼に次に次に映ったのは、綺麗に揃えて並べられた、地面の小さなタイル。

 頭がガンガンする。圧迫されて脳そのものがあらゆる角度から潰されている。

 体と視界がぐわんぐわん振り回されて、ピントは合わないしバランスもとれない。


 それでも倒れ込まないのは、四点で体を支えているからだと気づく。

 膝立ちになって、手を置いていないと体を支えていられない。


 直感だけど、多分倒れてしまったらもう立ち上がれなくなる。


 必死に助けを呼ぼうにも、喉から空気の流れが無くなっている。吸うことも吐くこともできずに声ならざる声がうめくこともできなくなっている。



 視界はどんどん真っ赤になっていく。



 そして、体の悪寒がどんどん強くなる。背中が凍え指は固まり足の感覚はほとんどない。

 体中を侵食して、内臓が徐々に凍って内側から凍ってしまいそうだ。



 大丈夫。大丈夫と自分に暗示をかけて精神までもっていかれないように耐えるしかない。

 動かない体に残った力をギリギリまで首を動かすために回す。

 正面を向くほど力はかけられない。横を見ようと力をかけたが足元を見るまでしか上げられない。


 だが希望は何よりも脆く、何よりも簡単に砕けて壊れる。




 大勢の人の足が止まらない。



 この瞬間。人が道で四つん這いになって苦しんでいるのだ。呼吸もまともにできずに震えあがる人に誰も足を止めない。

 変わらぬスピードで、変わらぬ歩幅で視線もズレぬまま人々は進み続ける。

 無理矢理堪えさせた精神が崩れていく。

 縛り上げていた言葉の紐が緩み、持ちこたえさせていた未来の命の予定が落ちていく。



 昨日は首切ろうとしても、ぎりぎりで死神が止めてくれた。

 でも、今ここにはいない。足を止める人もいない。

 死ぬことは受け入れたつもりだったけど、こんな死に方はしたくなかったな。

 再び視界が暗闇に覆われ、意識が頭から引っぺがされる。

 完全に剥がされる前に、無意識にセリフが浮かぶ。




 ごめんね。死神。




 私は死期を悟っても、最後まで謝ってしまうみたいだ。


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