第10話 祭囃子は高らかに。祭音頭は唐突に

 車窓に、小さな苗が広がる田んぼと、その奥に緑に染まった山々が映し出される。


 お盆には早く、夏休み初日にしては遅い日付のせいか、車内は比較的に空いていた。


 自由席でも点々と乗客が座っているだけで、すんなり席がとれたのは幸運だった。

 2時間立ちっぱなしは単純にきつい。




 金時計の駅に着いたタイミングで死神から東に上ると、やはり唐突に告げられた。


 しかも新幹線で。


 世のほとんどの少年少女が夏休みを謳歌している頃合い。

 様々な目的をもって日本の中心に出かけるのだろう。

 原因はそれだけではないだろうが、奮発して乗ろうとしたグリーン車は既に一杯だった。



 座れないのは嫌だった。ので一本遅らせるように交渉したものの、我儘に貫かれて自由席が空いていることの願ってチケットを買い、結果叶った。


 ちょうど真ん中の車両の先頭。2人席の窓側。

 隣で鼾をかく死神をちらっと見て、考える。




 墓参りに行く。 

 それがの『やるべきこと』だそうだ。



 買い物は、勝手な推測だけど、死神の『やりたいこと』、をやったイメージだった。

 墓参りも、もしかしたら、死神本人の『やりたいこと』かもしれないが、誰の墓を参りたいのかが皆目見当つかない。



 今までにお迎えしてきた方の誰か。もしくはその全員か。それ以外か。



 うーん......



「あの、すいません」



 不意な呼び声に反応がワンテンポ遅れる。

 無意識から意識を引き上げ、頭上から来た声の主を把握する。


「わたしの事、覚えてますか?」


 黒のセットアップスーツを着た若い女性。

 新卒だろうか。雰囲気に大学生のフレッシュさがまだ残っている。



 特に背が高いわけではなさそうだが、顔が小さく、腰の位置も高いため見上げる形だとスラっとしてバランスがいい。実際の身長より幾分か高く感じる。

 きれいに伸ばした黒髪は相当気を使っているのだろう。艶が美しい。

同じくらいきれいに整った眉毛に大きな瞳。

飲み込まれそうなほど黒く、ほんのりかかる茶色がさらに瞳を輝かせる。



 街で見かけたら多くの男性が目で追い、夜になって思い出してニヤニヤするだろう。


 しかし、残念なことに私は女性である。

 そして人の顔と名前を覚えるのがすごぶる苦手な性分の持ち主でもある。



 こんな端正な顔立ちの女性を誰か思い出せないのは申し訳ないが、性分なので許してくれ。


「すみません。顔と名前を覚えるのがどうにも苦手で。どこかでお会いしましたでしょうか」


 特に親しかった友人などではないと祈るばかりだ。が、認識とは人によって変わる。



 私に認識では、友達という存在はいたことないはずだが。



「あ、えと。私、以前に先生に執筆の依頼をしたもので・・・。あれです! 深海魚の特集組んだ時です」



 深海魚。特集。執筆・・・・・



「あぁ、あの時の。再考が重なって出版が2週間先送りになったやつですね」


「そう! それです! あの時の先生の担当が私だったんです。あの時はお世話になりました」


 ハキハキした喋り方に朧気ながら記憶が目を覚ます。

 どこかで聞いた声だと思ったが、そうかあの時の。


「すぐ思い出せずに申し訳ない。こちらこそ色々とお世話になりました」


 社交辞令で場を取り繕いながら、戻り始めた過去の光景を整理する。



 時期は確か、半月くらい前のこと。

 とある出版社に記事を書くように頼まれて、その内容が深海生物たちについてだった。

 不思議な生態やら豆知識のコラムむやらを細々こまごまと試作試案し合った覚えがある。

 そうだ。確かにあの時ミーティングのメンバーにこの子と髭メガネのという。

まさに「編集者」の上司がいた。


 たしかにあの時にも新卒らしいとは思ったが、その面影は今も変わらない。

だが、この1年しっかりと社会を見てきたようだ。雰囲気がどことなく若い感じは残っているが、大人の柔らかさも出てきている。


「先生の書いた文章とても評判がよかったんですよ。読みやすくて分かりやすいって。私もすらすら読めて楽しかったです」

「そんな褒められるようなことではありません。仕事として報酬をいただいていますから。下手なものは書けません」


 真っすぐな瞳で見つめられて褒められると、どうしようもなく恥ずかしい。

 顔がどんどん熱くなる。


「隣座ってもいいですか?」


 キラキラした目でそんな遠慮深く頼まれては断るのは悪い気がする。

 が、私の隣では絶賛大いびきで爆睡中の死神がいる。


 傍から見たら1人で二席占領しているみたいだが、事実として死神はそこにいる。

 彼女は全く音に気づいていないのだろうか。1ミリも死神に視線が動かない。



 ただ、もしここで死神の上に座るとなるはまずい気がする。




 服を買ったときも。自分は見えないから服を持つと浮いてるように見えるからと、自分の荷物さえ持たないと言ったやつだ。

 いま彼女に座られれば、見えない謎の椅子が彼女を襲いに来ることになる。

 世にも奇妙な空気椅子席になってしまう。



 しかし、断れない目をするのが彼女だ。

 断って落ち込まれたらこっちがもっと落ち込んでしまう。

 子犬のような目で頼まれてはもう断れない。



「えぇ、どうぞ」

 ここはもう、何とかなるで、何とかするしかない。



 数ある空席に座らずにここまで来て、偶然見つけた一度仕事をしただけの知り合いの隣に座る。最近の若い子ってすごい近い。

 もうここはどうにかしてくれと神に祈るばかりだ。一応そこに座ってるのも死神っていう神様だし。

 もしかしたらご利益あるかもしれないし。


「すいません。失礼します」


 壁にカバンを立てかけて、ゆっくりと席に腰を下ろす。

 ドギマギを平穏で隠しながら行く末を見守る。

 まさに今、体が触れ合おうとする。




     すると、錯覚だろうか。

     死神の体が透過している。




 向こう側の座席に座るサラリーマンの腰から下のスーツ姿が視認できる。

 そしてそのまま、彼女は席に着いた。

 ただ、死神も透けてはいるが普通に目視で認識はできる。



 私だけ、見えてる世界が違う、



 スーツ姿に重なる黒のパーカー。綺麗な黒髪ストレートに水を差すもじゃもじゃ。

 芸人でもそうそういないぞ。そんな髪型する人。



「どうかされましたか?体調が悪いならパーサーさんに言ったほうが」

「あ、いえ。なんでもありません」



 じっと見すぎたか。要らぬ心配をさせてしまった。

 情報量の多さに戸惑って分かりやすくおどおどしている自分がいる。

 ここでこのまま黙ってしまったら、多分到着までずっとそのままだ。それだけは避けなければ。

 空白の時間は私のような人間にとっては拷問に等しい。


「これからお仕事ですか?それとも出張帰り?」


 社会的決まり文句でギリギリ話を繋げる。


「あ、いえ。その、仕事といえば仕事なんですか・・・・・」


 頬を軽く人差し指で掻いて言い淀む。一呼吸おいて続きが追って返ってくる。





「私、こう見えて死神をやらせて頂いておりまして。この度先生をお迎えに上がりました」



・・・・・・・・・・・



こんなイベント知らない。


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