第7話 劇的は、喜怒哀楽と巣くう

今日の出来事。



深夜に悪寒がして眠れず、居間で暖を取ろうとしたら死神と出会って期限のわからない余命宣告をされた。

思考が止まり気味になった私は、生き残る術を見つけるため「やるべきこと」を終わらせに死神と家を出た。

街まで降り、電車に乗って都会へ出る最中にある生き残った少年の話を聞き、傷ついていたところ死神の俯瞰的な態度に怒りを覚えて怒鳴りつけた。

冷たく鎮火された。

そしてそのまま最初の『やるべきこと」であるショッピングを大手アパレルショップで。



後から聞いた話だが、死神の中でのショッピングとは服を買うことであって、それ以外のことは含まれないらしい。


靴も家具も本を買うのもショッピングではないそうだ。

およそ7万円分の服を買い、ご満悦な死神。


それでは次の「やるべきこと」をやりにいこう。



そう高らかに宣言したくせに・・・・・・・



なぜ私と死神はこんな狭い部屋に2人でいるのだろうか。


駅から少し離れたところにあるビジネスホテル。

多くのサラリーマンが出張で利用し、旅費を抑えたい学生も御用達のビジネスホテル。


の、1番安い部屋に私と死神はいる。


事の成り行き、なんて説明するまでもない。


死神がこのホテルに泊まりたいと言い出し、安くて狭い部屋がいいと言い出し、いやだと言ったら必要なことだと適当にはぐらかされて、料金を払わされた。それだけ。


「ほんとに狭いですねこの部屋。ベットも1つしか置いてないし」


死神は笑いながら白いシーツの敷かれたベットに腰を掛けて、そのまま体を倒す。


狭い部屋がいいって言ったのはどこのどいつだ。


外はまだ少し明るいが、時刻はすでに7時を回っている。思ってた以上に買い物と移動に時間がかかっていたようだ。


「どのくらいここにいるつもりなんですか」


あんなに貯金があって何をケチくさいことを思われるだろうが、お金の心配をしているわけではない。



いつ死ぬかわからないのに悠長にしてはいられない。

わたしは、命の心配をしているのだ



「大丈夫ですよ。泊まるのは今日だけです。明日の朝にはチェックアウトして、次の『こと」をやりに行きます」


「ならいいですけど・・・・・」




濃い時間を過ごしている。




ずっと仕事だけで出かけることもなくなっていた。


最も素敵と、誰もが思う青春時代も私には何もなかった。


何も起こしたくなかったから貫き通した。


体育祭も文化祭も合唱コンクールも、それ以外の何かも、私は無いものにした。


他人とか関わることもせず、殻に閉じこもって生きてきた。


だからこんなに誰かと一緒にいることのほうが長い日はなかった。


確かに相手は同じ人間じゃなくて、死神じゃなくてだけど、会話をして、呆れて、無視して、お願いをして、文句を言って。


友達という存在ができて、何ヵ月も何年もかけてやっていくはずのことが、たった1日で済んでしまった。


感じたことない感情が体の内に溢れかえっている。


生きていれば当然のように知っていく感情を私は、今になって知っている。

その感情が、私は、






どうしようもなく 気持ち悪い。





暖かさに胸焼けがする。愛おしさに眩暈がする。柔らかさに吐き気がする。

嬉しさに殺意が湧く。


死ぬことを怖がっているのからかもわからない。 ただただ不安が飲み込みに来る。


悪いもの以外を体も心も受け付けなくなっている。


夕食を買いにコンビニに寄ってもお腹が空かなかった。


おにぎりもサンドイッチも美味しそうじゃなかった。


眠気覚ましによく飲んでいたコーヒーも「興味」を覚えなかった。


絶望ではない。けど果てしなく絶望に近い。


少年の話で死神は言っていた。


馬乗りされ、さらなる暴力と暴言に少年の目は死神よりも死神になっていたと。




生きることを諦める。




自ら命を絶つ高校生がいる。重圧に耐えきれなくなり飛び降りる青年がいる。

家族の消えた寂しさに首を吊る大人がいる。

成すすべもなく、消されていく幼い命がある。




世間はそれを可哀そうだと思うらしい。助けられなかった。


誰かに相談してくれれば。




たった一言   「助けて」   と、 声を上げてくれたら。




「そんなの無理だよ」


意思を介さずに声が出る。


泣きそうな声だった。震えていて弱々しくて霞んで消えてしまいそうな小さな声が生まれていた。


でも、そんなこと言っても私は何も変わらない。

死神が目の前に来たのだから。なんであろうと死ぬのだろう。



誰かから寿命を奪うとしても、私にはもう家族はいない。祖父も父もすでに死んでいる。

友人なんて素晴らしい他人もいやしない。





いっそのこと、 このまま、 自分で終わらせるのもいいかもしれない。





備え付けの付けの引き出しを開ける。

部屋の使用上の注意の書かれた書類の隣に、ほんの小さな鋏がある。


子供が使っても平気なように刃の部分が丸く加工されている。


これでは一思いには


でも、ことはできる。


両手で柄を強く握る。


首を少し上げて喉仏の正面に刃を向ける。

目を閉じて、雑念を無理矢理シャットアウトする。



大丈夫。大丈夫。



すぐに済む。何の問題もない。



あるとすればホテルに風評被害になるのと掃除が大変ってことだけ。

これで、柵が終われると思うと心が軽い。

悪寒も少し和らいでいるような気がする。今なら。




それじゃあね。さようなら。私の命。

勢いよく、鋏が、私の首を喰いに来た






・・・・・・・・・・・・・・・・





血が流れている。目を開けると机に血の水溜りができいていた。



しかし痛みを感じない。首元に異物が刺さっている感覚もない。




ふと、首元に視線を落とす。




知らない大きな手に、深々と鋏が刺さり貫通している。



手は、 さっきまでベットにいた、死神の手だった。



歯を食いしばり、額に大粒の汗をかきながら荒い呼吸をしている死神。



目には、生気があった。




「まったく、変に思考がどんよりしていたから起きてみたら、いきなり何しでかしてんですか」




激痛が死神の手を喰い潰しているはず。それなのに死神は悠々とに笑う。




「なんで、止めたんですか」



意味のない質問だった。



「死神は援助も支援もやったらじゃないといけないんじゃなかったんですか」



強い口調でそう付け足す。鋏は刺さったまま動かない。



「えぇ、『やるべきこと』をやり遂げるため以外は、常に俯瞰してなきゃいけない。それが死神です。でもね、」





死のうとした私よりも小さい、でも私より力強い声で。





「死神は、何よりもわがままでなくちゃいけないんですよ」




柄を握る力が抜ける。



「例え、お迎えする相手が総理大臣だろうが聖人だろうが、見殺しにするときは見殺しますよ。けどあなたには生きてもらわなきゃ困る。近いうちに死ぬ運命は変えられません。ほぼ確実に死にます。それでも、あなたには生きてもらわなきゃ、いけないんです」



目の中が揺れる。空間が見えにくくなって大きな水滴が瞳から零れる。

熱い。目頭も涙も、背中越しに感じる死神の体温も。




「あなたには絶対に見てもらわなきゃいけないものがある。それを見るまでは」



涙を垂らしながら、顔を覆う。



手の離れた刺さりっぱなしの鋏を死神はゆっくりと遠ざける。




「この世が終わっても、死なせません」






大声を上げる。生まれた時と同じくらい。





人生で2回目だ。誰かに縋りながら泣いてしまうのは。

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