第6話 毒を食らわば皿まで。だがその毒は執拗である。

 長く婉曲した階段を登り切ると近代的にデザインされた空間へと出てくる。


 左手には巨大な電子広告。右手には多数の販売店が鎮座している。


 若者からお年寄りまでが様々な目的でここを訪れる。


 学校帰りの寄り道だったり、恋人とのデートだったり、初めての一人旅に訪れた孫のお迎え。


 その殆どの人がこの金で造られた時計の下で待ち合わせをする。


 駅のシンボルでもあり小さな観光名所だったりするここで、死神は後ろを歩いていた私の方を振り返る。


「さぁて!ついに目的地に到着しましたぁ! これから本題のショッッッ……ピングですよぉ!」


 さっきの死神とは別の人格ではないのか疑いたくなるほど言うこと為すことがコロコロ変わる。


 感情を持ち合わせていないのが理由か。精神的負担もないのだろう。


 対して、そう淡々と生きることのできない人間という生き物の私は、沈み込んだまま、無理矢理返事を取り繕う。


「何を買うんですか?予算はどのくらいで?」


「予算?そんなの持ってきてないですよ。死神はお金なんて使いませんから」


「それじゃ何も買えないじゃないですか。なぜ一銭もないのに買い物なんてしようと」


「心配御無用ですよ。もともとあなたに払ってもらうつもりでしたから」




 へ?




 五大都市にも数えられている地名を駅名にするだけのことはあり、ここには大衆向けの土産屋から取引先に渡すつまらないものまで売っている。


 簡単に言えば、あらゆる分野の商品がピンからキリまであるということだ。


 キリと言っても、そこはやはり日本製。手頃な値段でなかなかのクオリティーのものを提供してくれる。


 私用で買い物に来ていたら、さすがの私でも半日は楽しめたと思う。


 が、今回は不安要素がいくつもある。


 その中で主な不安要素は2つ。

 1つは死神が何を買う気なのか検討もつかないこと。

 2つは手持ちがほとんどないこと。


 職業柄、出社しなくてもパソコンさえあれば仕事どこでもできる。


 というか、この仕事を選んだ理由も可能な限り外に出たくないというインドア精神からだ。


 就職した当時はそこそこに理由をつけて出かけるようにしていたが、ここのところは全く持ってネット通販に委託していた。


 どうやら、技術の進歩は人間の退化ではなく引きこもりを明確化させるものだったようだ。


「私全然持ち合わせがないんですけど」


「それはいけませんね。ではすぐに下ろしに行きましょう」


 ちなみに持ち合わせはここに来る前までは少しだがあった。


 なくなった理由は、大人2人の電車代を2回も私の財布から出す羽目になったから。


 ご存じの通り死神料金なんてものはどこの駅にも存在しないし、私以外に誰にも見えないはずなのに世間体が云々と執拗に迫ってきた。


 遠慮なんてしない。やはり死神はそういうものらしい。




 案内図を確認しながら人込みを掻き分けて進んでいく。並みの複合型商業施設の数倍は大きく作られたここではATMに行くだけでも何人もの人とぶつかり合う。


 身長はそこまで低い方ではないが、男性側からすればやはり小さい。


 まっすぐ歩くのも一苦労だ。


 人混みに弄ばれ、若干、波に酔いながら久方ぶりにATMさんとご対面。


 最後に来た日付は覚えていない。そのくらいお金には無頓着だった。


 だからどのくらい貯金がたまっているのかも知らない。


 通販から金銭不足のメールは、今のところもらったことは無い。


 少なからず入っているだろうとは思いつつも、最悪を想定して通帳に残高を記入する。


 小さいころ嫌いだった機械音がせわしなく動き始めたと思うとすぐに作業は終わった。


 一思いに引っ張り出して、いくつかある今日の日付を順に眺めて詳細を確認していく。


 引かれた税金、通販の銀行引き落とし、企業からの報酬の支払い。そして……



 預金残高、750万円。



 仕事を始めて6年。最近は数も増えたし単価も少しずつ高くなってはいた。

 しかし、私にとっては些細なことでしかない。


 例え1万円だろうが1,000円だろうが依頼されたらやるし、常に最高の結果だけを目指して努力をしてきた。


 それがプライドだったしポリシーだった。お金だけのためじゃない。


 純粋にいいものだけを記録として残したい。ライターとしての人生を全うしたかった。


 その一心で挑み続けた。


 その結果が、仕事に憑りつかれる毎日になったと。



「皮肉な生き物ですね。人間って」



 外で待っていた死神は合流すると第一声にそう言った。



「勝手に『覗か』ないでもらえませんか。プライバシーの侵害です」



「プライバシーは人同士が守らなければいけない概念です。あなたが人間でも、私は死神です。残念ながら範囲外なんですよ。私は」



 相変わらず口が減るどころか増えるばかりだ。


「ならせめて口に出すのをやめてください。分からなければ、私も文句言わなくて済むので」



「善処します。改善はしませんが」



 それ以上、尾ひれに一言を添加するな。体に悪い。


 死神の先導で再び金時計の広場まで戻ると、今度は時計の裏にあるエスカレーターで2階に上がる。


 外に出るための渡り廊下が広く作られているため、1階よりも店の数は少なく、人気もまばらだが、それでも目移りできるほどにはいろいろ並んでいる。


 横に伸びた渡り廊下と接した通りにある全国展開のコーヒーチェーンを横切り、すぐの角を左折すると、2,3軒ほど大手アパレルショップがある。


「ここが、お待ちかねの目的地です!ついに到着で~す!!」


 また死神だけの拍手が木霊する。だがどうやらこの拍手も木霊も私にしか聞こえていないらしい。既に店内で買い物を楽しんでいた年配のご夫婦と親子は何の反応も見せなかった。


「あの、1つ聞いていいですか?」


「え、さっきのプライバシーの下りの仕返しならお断りします」


「そんな微塵もやる気はありません。怒りが収まったわけではありませんが」


 仕返しはいつか必ずする。でも今はそれより気になることが……


「死神さん。あなたが服を買うんですよね?」


「えぇ、そうですよ」


「でもあなた、私以外の人には見えないですよね?」


「そうですね」


「じゃあ試着とかどうするんですか? それに、買ったとしても人間の服着れるんですか? 死神なのに」


 単なる素朴な疑問だ。


 自宅からここに来るまでこの死神は何度も、自分は人間と違う存在だと豪語していた。


 死神に人間の常識は通じない。なら逆もしかりなのでは……。


 そして、キョトンと首を曲げている死神は不思議そうに答える。


「そんなの、着れるわけないじゃないですか。あなたの言う通り私は死神なんですから」


「なら、なんでわざわざ使えない物を買うんですか」


「そんなの、これが『やるべきこと』だからですよ。理由なんてありません。さぁさぁ、レッツおかいもの~!!」


 背中を力ずくで押されて店に入っていく。


「安心してください。90年代ファッションは同僚の死神にばっちり教えてもらいましたから!」


 知るかよ……そんな情報……。


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