第5話 絶望は非なり。故に希望に寄生する。
電車に揺られ、都市部に繋がる沿線と合流する。
一度の乗り換えを経て、急行電車で東に進む。
移動中、死神はずっと静かだった。
てっきり大いびきで寝るかくだらない話を延々聞かされ続けるの2択に絞っていたが、頬杖をついてずっと外の景色を眺めていた。
西から離れるほど、景色は緑萌える山々と田んぼから高層ビルとアパート群に姿を変える。
少しずつ都市部へ近づくことが分かり、隣のボックス席では窓際に小学生と幼稚園生くらいの兄弟が座席に膝立ちで仲良く並んでいる。
目的地は急行電車の終着点であり新幹線もこの駅を利用するため、ここは連日終日様々な職業の人で埋め尽くされている。
実家に孫を連れて帰省する夫婦。出張に来たサラリーマン。グループで登山着とバックを背負い込む大学生。
そして、死神。
「ここからまた少し移動します。……まだ何か考え込んでるんですか?」
呆れ顔で死神に問われる。
「なぜ知らない子供のことをそんなに考え込むんですか〜。生きてるんだからそれでいいでしょ?」
たしかに言うとおりだ。幼い命が失われる事はこの世で1番あってはならない。
どんな時代になっても大人が止めなきゃいけないこと。
今回は未然に大人が止められた。少年はちゃんと助かった。大人がちゃんと守れた。
『偶然』で
多くの大人は1日どのくらいの子どもが死んでいるかも知らない。
どれだけの子どもが自殺しているかも知らない。
勝手に子どもの未来を明るいものとし、守るべきだと考えていても、実際に動く大人はごく僅か。
身近にならなければ動けない。
大人って……
「大人って無責任な生き物ですよ? 知らなかったんですか? 」
立ち尽くす私を、死神はあからさまに面倒臭がっている。ため息をついて頭を掻く。
「死神に、感情というものは備わってないのですね」
「はい。無駄なものですから」
あっけからんとする態度に雪崩のように怒りが襲い来る。
私は今、なにに対して怒っている
少年を殺そうとした両親? 分からず屋の死神? 知りもしなかった私自身?
「面倒臭いですね。ほんとに。見ててうざったいです」
優しい笑顔で死神は毒を刺しこむ。毒は怒りと混ざり合ってどす黒く変化する。
「人でないあなたに分からないでしょうね。『子ども』という希望を守れない『大人』悔しさなんかッ!! 」
突然の大声にすべての人の目線が1箇所に集まる。周りの人々には死神は見えない。
何もない空間に急に叫びだした女がいる。そりゃ気味悪く思うだろう。
私だけに見える死神は微塵も動かない。両の手をポケットに入れたまま目を逸らさない。
色のない視線で私を見続ける。
沈黙
私と死神以外の時間は動き続ける。あちらこちらで足音がが遠のき、近づき、話し声が近づき、遠ざかる。
「そこに」誰か「いても」誰も「いない」
思い込むことは人間にとって武器であり欠点でもある。
それは、死神に対しても同じだ。
体感で10分以上に感じられた1分にも満たない沈黙は、死神の声で破られた。
「じゃあ何かしたんですか?」
微笑みながら、死神は続ける。
「自殺するまで弱ってしまった少年少女を預かる機関があります。なぜ寄付しなかったのですか?」
「インターネットの普及で小さいの声も全世界に届くようになりました。なぜ発信しないんですか?」
「あなたには広すぎる家があります。なぜ子どもに逃げ場所として提供しなかったんですか?」
死神の言葉は的確に私のは心臓を抉る。
「普段は何もしない。でもコトが身近になったらすぐに心配する。すぐ心配してすぐ自分を悔やむ。でも先へ進もうとはしない。そこで止まって終わり。考えることが嫌になって好きなことに逃げ出す。」
「汚い。見るも無残な世界を見たくないがために、自分のユートピアの中に引きこもる。」
「そして。勝手に傷ついて。勝手に後悔して。」
もう言わないでくれ。これ以上は。
裏の「本能」が『光』を浴びることになる。
「あなたの想う子どもたちになにか1つでも、してあげたことがあるんですか?」
言い返せない。死神の言葉まで全くの正論であり、全くの事実であるから。
口だけ文句を言って、綺麗事を誰かに押し付けて。
わたしって、いつからこうなったんだっけ。
いつからこんなに、真っ直ぐでいられなくなったんだっけ。
……
「ここでは周りの方のご迷惑になります。移動しましょう」
促されるまま、絶望感を抱え込んだまま改札を抜ける。
急に世界が暗く見える。
白の蛍光灯が光を振りまいて、白の壁がそれを反射させることで、地下に作られた
駅内部を明るく見せていると、以前にここを利用したときに聞いた気がする。
しかし、今の私の視界は黒くフィルターがかけられてしまっている。
少し眩しいくらいに明るいはずの渡り廊下は灰色に汚されていて、東北の広大な自然を写した広告も、偽善を連想させ、いつか消えてなくなる未来まで想像してしまっている。
汚れた。いや違う。
今まで見ないふりをしてきたどす黒い汚れが目の前に現れた。
「絶望」は常に心の裏に存在していた。
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