第4話 残酷は純粋にして不純である。

 あなたを含め、私は今までに14名の方をお迎えに行きました。その中で初めて。そして唯一の『エツ』は9人目の小学5年生の少年でした。


 少年の母親は少年を無事出産して間もなく、亡くなってしまいました。


 以来、4つ年上の姉と父親と3人で暮らしていました。


 父親は子どもたちのことを気にかけて土日は絶対に仕事をせず、平日も必要な付き合い以外の飲み会にも行かず、家族と過ごすことを最優先にしていました。


 姉の方は、父の影の努力を幼き頃から感じ取り、弟のために家事全般をこなせるようになりました。


 母親はいなくとも残された家族がお互いを支え合う。理想の家族でした。


 しかし、理想というものは、少しの綻びで簡単に崩壊します。


 崩壊の主な原因は亡くなった母親のご両親でした。


 元々ご両親は結婚に猛反対しており、駆け落ち同然で父親と結婚していました。


 姉が産まれたことでご両親の憤怒も少しは収まりましたが、少年を出産して亡くなったことを報告すると、少年に対して何度も暴言と攻撃をしたそうです。


 それも少年だけが家にいる時間を狙って自宅に押しかけてまで。


 嫌なことは人のせいにしたくなるものです。その矛先が少年だった。


 日に日に体中に傷と痣が増えていきました。姉も父親も気づかないはずありません。


「学校で友達と遊んでいて転んだ。」

「体育で怪我をした」


『言ってはいけない嘘』でなんとか周りの目を誤魔化していましたが、流石に突き通すことはできません。父と姉は必死になって問いただしましたが、結局少年は口を割りませんでした。


 やがて少年は喋ることも拒むようになり手のつけられない状態に。


 父親と姉は何とかして救いたいと奔走しました。学校では専属で教員を付けてもらい、一人の時間を作らないために交代で学校と会社を休み、家にいるようにしました。


 ここまですればさすがのご両親も迂闊に手は出せません。


 これで元の穏便な生活に戻れる。と、そうは問屋が卸しません


 残念なことに、ご両親は執念深くまた少年が一人きりになるのを待ち続けました。


 その日は父親が会社を休む日でしたが、どうしても会社に行かなければ行けなくなり、1時間ほど外出していました。


 家に戻ってくるとそこに少年の姿はありません。


 丁度その頃、私は少年をお迎えに行きました。


 小さめの車の後部座席。ご両親の車に乗せられて少年はどこかへ連れて行かれていたようです。


 暫くすると人気の無い旧道に到着しました。


 そこで両親は座席を倒して少年を仰向けに寝かせると、馬乗りになりまた暴言と攻撃を加えました。


 少年の目に既に生気はありません。死神よりも死神でしたよ。あの目は。


 残念ですが死神にはやるべきことの消化のために必要なこと以外の援助、支援をすることはできません。顔が腫れ上がり、血膿が増えていくのを見ていることしかできません。


 ちょくちょくあるんですが、死神が来てもやるべきことを終わらせられずに死んでしまう人がいます。彼もそうなってしまうだろうなぁ。


 と、思っていたらびっくり仰天。後ろから警察を連れた父親と姉がやって来たではありませんか。


 急いで逃げようにも目の前は行き止まり。


 ご両親はあっけなく逮捕。少年はすぐさま病院に運ばれて入院。


 頭蓋骨と顎の骨を骨折。首の骨にヒビ。その他多数の痣に擦り傷に鼻血と怪我だらけのオンパレードでしたが命に別状は無かったそうです。


 そして私はそのまま姿を消しました。


 死神が消えるときは自ら消えるのではなくて、体が勝手に透けていって気づくと次の方のところに付いています。それと同時に次の方の情報も頭に入ってくると。死神便利術ってところですかね。




 ひとしきり話し終えた死神は後ろにのけぞらせて伸びをする。




 心の痛む話だ。聞いているだけで胸が締め付けられ、気持ち悪さと怒りが体中を蝕んでいく。


「胸糞悪い」


 汚い言葉は使わないに限るが、それが存在する限り、世の中には汚いものが残っているということなのだろう。


 死神が淡々と笑顔のまま話す内容は相当なダメージだった。最初に内容が分かっていたとしたら聞きたくなかった。


 けれど、今はこの少年の話だけが死なないための唯一の手掛かりだ。


 心の内で罪悪感を締め殺す。これ程までに自分のことを嫌いになったことはない。


 自分の命を優先して、死神に話の続けさせるよう促す自分が。


「ではここで問題です!!私が迎えに行ったにも関わらず、少年は生き延びることができました!。その理由は何でしょう!! 」


 調子を戻した声量は近所迷惑になるのではと心配するほどうるさかった。耳がぼやける。


 出来るだけ周りの音に邪魔されないよう、耳を塞ぎながら思考に潜る。


 少年の死ななかった理由。


 車で人のいないところに行ってまで暴力を加えた母親の両親。


 殺すほど憎かった。しかし捕まりたくないからわざわざそんなところまで移動したのだろう。


 そんな覚悟で、少年を殺そうとした。


 若干こみ上げてきた吐き気を我慢して思考を続ける。


 父親と姉が警察を連れてきても少年が死んでいた未来はあり得た。


 力の加減とか捕まるギリギリまで暴行していれば。細かい要因。予想のつかない運の中で命を掴んだ。そのくらいしか理由は思いつかない。


「運が良かった……。で合ってますか? 」


「いいえ。違います。死神も一応神様とかの端くれです。運なんかで左右されるような命に終わりに出向いたりしません。では正解は……? 」



 風が強く吹いている。乗せられて散った花びらたちが舞い踊る。




「誰かから命を奪ったからです」




 踏切の警笛が鳴って、右側から黄色い電車がやってくる。


 オーケストラにもバンドマンにも入れなかった高音はひとり寂しく泣いている。


 盛大な金切り音を吹かしながら、ゆっくりと電車が止まる。


 所々色の剥げたドアが開き、死神は私の手を持ったまま立ち上がり、乗車する。


「詳細はまた今度お話します。ではショッピングへ向かいましょう」


 笑顔は変わらない。思いもこもってない。



 それは同じくして、哀しみも憐れみもこもらないということだ。



 死神の声に血は通っていない。


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