死神前半戦
第3話 時は流れるもの。時代は廃れるもの。
家を出てから二時間半ほど。ようやく街まで降りてきた。
免許は持っているが税金を恐れて車を買わなかったことを初めて後悔した。
ここに住んでから街へ下ることは何度もあった。
引っ越してきた当初は年々落ちていく筋力と肉付きを酷使しすぎて悲鳴を上げていたが、静かな屋外で本を読みながら帰れる事が嬉しく、嫌いではなかった。
ただ、今は隣に死神を名乗る細長い男がいる。
真っ黒いズボンに真っ黒いインナーに真っ黒いパーカー。
あてつけのように黒を出してくるのは死神としてのアイデンティティなのだろうが。
それならば、行動と所作の細部まで死神であってほしいのに。
坂を降りている間、いつ流行ったのか分からないポッブスともロックとも言い表せぬ歌を延々歌い続け、後ろ向きに歩いたりスキップしたりと落ち着きというものが欠片もない。
それに加えて、この死神はとてつもなく音痴だ。
その曲を聴いたことはないが、少なくとも音が合ってないことはハッキリ分かる。そのくらい音痴だ。
家に来たときからおかしなやつだとは思ったが、これではおかしなやつではなく幼稚なやつ。としか形容できない。
もはや幼稚でも形をなせていないと思うが。
悪寒を知っていること以外は普通に変な人。うん。こっちの方がしっくりくる。
今はただ本当に、この悪寒がただの風邪であることを祈るばかりだ。
「ここが市街地ですか? なんだか廃れてますね〜。人も疎らだし、所々古いし、遊園地の1つももないじゃないですか〜」
廃れていることは否定しないが、遊園地がそこかしこにあったら日本はもっと窮屈になってしまう。
ただでさえ過密と過疎が仲悪く共存する島国だというのに。
「それで、これからどこに行くんですか」
若干睨みつけながら死神に質問をする。
睨みつけられた張本人はよもや自分が睨みつけられてるなど知らずにんまりと笑う。
「よくぞ聞いてくれました! そこまでやる気になってくれるとは!死神としての鼻が高いです! 死ぬ間際の人間がよくわからんやつのために行動を起こしてくれるとはなんと嬉しいことでしょう! 」
「別にあなたのために動いてるわけではありません。あなたに付いて行けば死なずに済む方法が見つかるかもしれないから一緒に来ただけです」
「んも〜、冷たいですよ〜。旅は長いんだから仲良くやりましょ。ま、長くなるかどうかはいつ死ぬかによりますけどね」
体中を撫でられるような錯覚がするほど、こいつのセリフはいちいち気味が悪い。
蛇に品定めされているというか、露出魔の出没する地域の独特の空気感というか。
いや、この喩えでは共感できる人いない。もっと何か分かりやすい喩えにしたほうがいい。
「メンタリストの観察眼とかがいいんじゃないですか」
20秒前まで私を見ていた死神は、どこで出会ったのか。腹を出した三毛猫を撫でながらそう呟いた。
「なんの話ですか? 」
「え? いや、だって今私のこと気味悪いって思ってそんで、うまい例文考えてたじゃないですか。迷ってそうだったから少しばかり助言を」
「思考を『読んだ』んですか? 」
小説の読み過ぎだろう。1番先にフィクション設定が浮かんでくるのは。
「正しくは『覗いた』です。ご安心ください。1から10まで覗けるわけじゃありませんから」
死神は平然と答える。
「あんまりあなたが僕を疑うものなので。面倒臭いなって。手っ取り早く人間じゃできないことしてみました。これで少しは信じてもらえます?」
あくまでも平然と。死神はそう返した。
なるほど。こんなことをされては、否定を続けることはできない。
少なからず、肯定を視野に入れる必要がある。
頭の片隅に押し込んでいた考えが少しばかり中心に移動してくる。
心の溜息が心臓の酸素を吸い付くしそうだ。
「本当かどうかは今後の行動を次第で決めます」
「構いませんよ。どうせすぐ信じてもらえるとは思っていませんから」
猫と別れた死神のあとに続いてまた歩を進める。
結局、目的地は聞きそびれたが、足取りに迷いがないところをみると、行き先は既に決まっているのだろう。
およそ15分。今度は特に会話も音痴な歌もなく、強いて言うなら野生のたぬきを見たくらいのイベントで、最寄りの駅に到着する。
人口が減り、沿線に名所も無いせいで、車社会化が進んだこの地域の駅の外観は50数年変わっておらず、未だに電子マネー利用不可であり、きっぷも手売りされている。
きっぷを切るホチキスのような道具物珍しさに物好きな若者が度々やってくるが、大した稼ぎはない。
いずれは無くなってしまうのだろうが、出来ることならこのままの形を後世に残しておいてほしいと願うばかりだ。
「ここが最初の目的地ですか? 」
「いや、違いますよ。違うんとすけどぉ〜……」
嫌な予感がする。
「ここで待望の! 最初のやるべきことを発表ぅ!! 」
意気揚々ともじゃもじゃが叫ぶ。
いちいち盛り上げてハシャがないと気がすまないのだろうか。
悪寒だけでも辛いのに、頭の中がズキズキと痛み始める。どうやら私は死神の声の波長が潜在的に苦手なようだ。
「記念すべき第一項目はっ! ドルるるるるるるっ……ダンッ! 街でショッピングでーす!! 」
死神の盛大な拍手が誰もいない駅前で空虚に響く。これが虚しいということか。
原因は十中八九ひどい出来のドラムロールだろう。舌巻けてなかったし。
「はーい。テンション上げていってくださいね〜。これから楽しい楽しいショッッッピングなんですから! 」
溜めに溜めた促音が想像以上に鼻につく。
今後つかれるのは恋心だけにしてほしい。素敵な殿方と出会えればの話だが。
顔色は伺っても気持ちまでは汲みとらない。死神の生態がどうだかは知らないけど、女の死神がいたとしてコイツはモテないだろうな。デの字が足りない。
狭い空間にひっそりと造られた窓口で白髪の駅員さんからきっぷを買って改札を抜ける。
駅のホームには申し訳程度の屋根があるだけで、横風も速度を落とさず通り過ぎる。
小さく控えめに設置してある色落ちした黄色いベンチに腰を下ろす。
一般的にローカル線は都心と比べて極端に運行本数が少ないが、この線もその例に漏れない。
1番多い時間帯でも1時間に4本しか電車がこないため、一本一本の感覚は自ずと長くなる。
1本前は5分前に出たばかり。次が来るまでおよそ20分。
その間ずっと隣の全身真っ黒と会話をしてられるほど、私の語彙も感情も豊かではない。
寝たフリでもしてやり過ごすか。
「さて、少し時間がありますから、詳細を話しておきます」
急に真面目なトーンで死神が話し始める。笑顔は依然としてブレない。
「まず、最初に言ったとおり。我々死神は死が近づいている人々の前に現れます」
声音にこれまで付いていた抑揚を感じない。本当に真面目に話すつもりのようだ。
「しかし1つだけ注意点があります。死神が見えても死なない。という人はごく稀にいます。死を乗り越え、生を掴み取った方々です。」
突然告げられた事実に、私は目を丸めた。自分の目的のために知っておきたい情報が目の前に吊るされたのだから。
「それは、具体的にどれくらいです? 」
相手がその気ならそれに乗じておくのがいい。聞き出せる内に出来るだけ聞いておきたい。
あえて顔は向けなかった。なんとなくそうするべきだと思ったからだ。
線路の向こうのフェンスを超えた先。健気に咲き誇る菜の花に視線を預けておく。
「現在、死神は4人で動いています。1人1年で多くとも6人。30人弱の人間と行動しますが、最後に乗り越えたのは7年前に1人。その前は32年前に2人だけで、それ以外は皆さんちゃんと亡くなりました」
「それ、極端に少なくありませんか? 」
「いえ、寧ろ多いくらいです。過去400年間で生き延びた人はいませんから。ちなみに我々はこういった方々を『エツ』と呼んでいます」
400年って、日本はまだ江戸時代。電球も自転車もない時代から存在していたのか……
「ま、嘘なんですけどね」
アイドルがやるようなピースで目を挟むポーズとる死神なんぞを、やはり信じるべきではなった。
今からでも遅くない。家に帰ろう。
「まー、待ってください。全部が全部嘘ってわけじゃないですから」
改札まで出ていこうとしていた私の左腕を死神は掴んで引き止める。
驚くべきはその手の力がとてつもなく強いこと。
振りきろうと腕を振ろうとしても全く動かせない。
前傾姿勢で体重をかけても死神は直立で動かない。こんな細身の体から出せるパワーの許容量は確実に超えている。
さすが死神といったところか………。いや何このバトル漫画的な展開。
「とりあえず話を聞いてください。次からは嘘入れないので」
心のこもってない営業スマイルでベンチまで引きずり戻される。
もう立ち上がらせないためか、しっかりと上から抑えつけてくる。
一応補足しておくと、手をつないでるわけではない。左手は拳の状態だし、手の平も地面を向いている。
それに、残念なことに死神とロマンチックを演じる気はサラサラない。恋をするのはフィクションの中だけで十分だ。
「まず、死神が過去400年存在していたのは嘘です。そんな記憶は我々死神誰も持ってませんし、人間みたいに記録に残すなんて行動も取りません。なんせ死神はファンタジーの生き物なので。
あなたに話しておくのは先程軽く出てきた『エツ』のこと。生を掴み取った方々のことを話しておきます」
……少し長くなりそうだ………
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