第2話 思い立ったが吉日。但しそれが幸運とは限らない、
「んで、ここからが1番大事なことなんですけど、今から死ぬまでの間にあなたにはやって頂かなきゃいけないことがあるんですよ」
「それは、よくある死ぬまでにやりたい100のことみたいなものですか? 」
「いんや違いますよ。あれはただ人間が勝手に作り出した架空の認識ですよ〜。アダムとイブもそんなこと思いながら余生は過ごしてないですし。あ、架空の認識って言い回しなんかかっこよくないですか? 」
かりんとうを食べる手を止めずに話を続ける死神に、もう怒鳴る気合も湧いてこない。
子供が急ごしらえに用意した後付し放題の遊びに付き合わされている気分だ。少年漫画よりもタチが悪い。
最後の1本を食べ終えたところで、死神はようやくかりんとうからこちらに視線を向ける。
「えーと、とゆーわけでですね。3つほど。あなたには死ぬ前にやるお仕事が残ってるので、1つずつ片付けに行きましょう。手早くやらないと先に死んでしまうかもしれませんからね」
冷淡。
この言葉と死神の話す言葉はとてつもなく遠いところまで乖離している。言葉に温度を感じない。温も冷なく。ただそこで空気が揺れて音がやってくる。そんな感じ。
「ちょっと待ってください。私はまだ死ぬことも信じていませんし、どう見ても人にしか見えないあなたを死神だとも信じていません。本当に誰なんですか」
返事の声はとても感情的だった。
だが、死神は気にしない。
人の困惑と混乱を分かりきっているかのように。
「だから死神ですよ。信じるも信じないもあなた次第。さ、さ。準備して。早速行きますよ」
立ち上がり、そそくさとどこかへ出かけようとする死神を取り繕いで静止させる。
「仕事あるし行きませんよ。死ぬことだって信じてませんし」
「それは困ります。意外と時間はないんですから」
「納得しない限り付いていく義理も必要もありません。私はここにいます」
感情で熱くなっているのがわかる。
抑え込んで理性を整えようとしても、蓋の内からフツフツと沸騰している。隠すだけで精一杯。冷静さは無くなっていた。
しかし寒気は消えてくれない。
「それは困るなー。あなたもそろそろ体が冷たくなり始めてるはずでしょ?だったら尚の事急がなきゃいけないのに。困ったな〜」
不意に突かれた虚に一瞬、火照る体が膠着する。
もじゃもじゃを掻きながら死神は飄々としているが、マズイことをしたか苦虫を噛み潰したか。苦笑いして視線をそらす。
「なぜ、それを知ってるんですか? 」
大きなため息をついてから死神は言葉を紡ぐ。
「まぁ、部屋と格好を見れば一目瞭然といいますか」
火の大きくなったストーブを指差しながら死神はゆっくり微笑む。
「と、言いたいとこですが。実際、死神が見えてる人はみんな体が冷えているんですよ。死が近づいて命もやる気なくしてるんですかね。あはは」
乾いた笑い声が二人だけの家の中に木霊する。
本当に、死んでしまうのか……
どうする。ここに残って仕事をするか。それとも胡散臭いものにつられて出掛けてみるか。
現実と非現実的な現実が並ぶと人の思考は極端まで低くなるとこの時初めて知った。
「付いて行ったとして、何かあるんですか」
自身の選択を他者に委ねるほど愚かなことはないと思っていたが、聞いてみる以外に視界が開ける術が思いつかなかった。
「別に何も。強いて言うなら」
満面の笑みで。
「恐怖と悲しみは無くなります」
死神はそう答えた。
答えは出ていない。考えも纏まっていない。
しかし、このままでは死ぬとき必ず怖くなる。それだけは察していた。
誰もいないこの家でいつ発見されるかもわからないまま何年もここで腐敗していく可能性もある。
それはあまりにも……
『 私の死に様にふさわしくない 』
「10分だけください。すぐ準備します」
ストーブを消し、寒い廊下を駆け抜け、自室に行って数少ない服たちを引っ張りだす。
紺のストレッチジーンズに黒の長袖を着てパーカーを羽織る。
暖かさの持続する素晴らしき文明の下着のおかけで、ギリギリ寒気を我慢できるまでには暖かい。
壁によりかけてあるカバン。中には財布とケータイだけ。
そこにパソコンと充電器を放り投げて玄関まで走る。
玄関にはすでに靴を履いた死神が待ち構えていた。
「指定した時間より早かったですね。まだ7分17秒です」
にへら笑いを無視してスニーカーを履き、引き戸を開け玄関を出る。
続いて死神がでてきて、鍵を締める。
時間は朝の四時過ぎ。もう少ししたら朝日が登り始める。
そうすれば徐々に気温が上がっていく。暑くなる前に街に降りたいところだ。
空をぼーっと眺める死神の笑顔には相変わらず心も思いも、こもっているようには見えない。
どこまでも不明な死神と。私はこれから死へ向かう。
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