死神はいつも喜ばない

はねかわ

死神開会式

第1話 死に際と出逢いをリハーサルする暇はない。

 今日の月はひどく白い。


 当然、星空の中を悠々と輝くかの衛生には痛める喉もなければ腹もない。

 しかして、今夜の月は真っ白なのだ。人でいうところの顔面蒼白。適した言い方するなら月面蒼白といったところだろう。


 蒼と白と聞けばいかにも綺麗という語が似合い、冬の夜にはイルミネーションと言う名で老若男女を楽しませてくれるだろうが、残念なことに現在は7月の中旬。セミと近所の小学生が全力で生を全うしている夏の夜だ。


 元来の夏は、昼間暑く夜は涼しくと役割分担の整った季節だったがこの頃はいつ何時でも暑い。というはずなのだが。


 背筋が凍る。幽霊も妖怪も見たことはないし信じてもいない。しかし、もしそれらに出会したとしたらこんな感覚がするのだろう。


 タンス奥から一回りほど大きめのカーディガンを引っ張りだし、厚手の靴下も履いているがそれでもまだ肌寒い。


 これが悪寒というものなのか。生まれついたときから真面目であり大人しい性格なゆえ母親に叱られたことなど寸分も記憶にないのだが。


 洒落にもジョークにもならない思考は口外せず、いそいそと一人暮らしにしては贅沢すぎる程長い廊下を抜け、居間へ向かう。


 祖父の代に建てられた木造平屋。祖父が亡くなり父が亡くなったあと、遺産としてこの家を相続した。


 家自体は古いが、かなりの土地の広さがあり、売りにだせばそこそこ額になるのではないかと躍起していたが、ど田舎の山奥という立地のせいで買い手がつかず、取り壊しするほどの費用もないので仕方なく住むことを選択した。


 唯一の救いは私の職業が所構わない在宅業だったことくらいだ。

 前回の冬から仕舞うのを面倒くさがり、結果として放置し続けていたストーブをつけ、お湯を沸かす。


 ストーブ自体も、まさか夏の夜では使われまいと思っていただろう。火の上がり方が弱い。


 順調に調子を取り戻すことを願いつつ、水銀をあしらった文明の利器を脇に指し、事の原因を考える。


 夏の夜 長に似合わぬ 寝苦しさの真相は。


「なかなかいい句じゃないですか? それ」


 聞き覚えにない声が突如として聞こえてくる。

 先程の通り、私はこの大きすぎる家に一人暮らしをしている。泥棒も空き巣も道中で疲れはてるため標的にもしないほど山奥の家に。


 聞き間違いかとまずは自分の耳を疑う。だが、真相というのは子供の嘘のように確実に浮き彫りになっていく。


「あー、ご心配なく。ちゃんといますんで」


 聞き間違いではない。


 確かにこの家にいる。こういった時はすぐさま包丁か何かを手に取り戦闘態勢にはいるべきだろうが、生憎なことに料理をしない私にとってそんなものは無用の長物でしかない。


 それ以前に、この家にはほとんど物がない。それは私がよく知っている。


 では、どうするべきか。そんなもの簡単だ。刑事ドラマでもお馴染みのあの手を使う。


「あのー、とりあえず、話し合いませんか? 」


 我ながらに愚策すぎる方法であるが、会話ができる可能性に賭けて話し合いをする。穏便に済ませられるならそれが一番いい。体温計もまだ計り終わっていないのだから。


 返事をしてから1分辺りを過ぎようとした時、ようやく返事が返ってきた。


「ふぉーふぉっとへいはいひぃふぁほーはひひんふぁふぁいへふは?」


 先程とは違い随分と腑抜けた声が帰ってきた。人の家に入り込んでおいて。肝の座ったやつなのか楽観的なのか。


「いや、何言ってるか全くわからないんですが」


 対面で話すような大きさで応答する。今度は素早く返事が来た


「あー、これはこれは失礼しました。お邪魔したところ美味しそう

な物がたくさんありまして。ついつい頂いてしまいました。」


「いや、あのこの家冷蔵庫ないんですが」


「おや?ではこのみかんは一体どこから? 」


 ふらっと私の正面に現れたもじゃもじゃ頭をした細身の男が。そう呟いて私を見下ろす。


 180センチほどあるだろうか。特別大きい訳ではないが、カラダのパーツ1つ1つがスラッとしているためかもっと大きく見える。


 どんな屈強な男かと想像していたが、これなら女の私でも勝てそうだ。そのくらいパーツは細いし覇気もない。


 せっかく考えた5つの悪漢撃退シミュレーションは不発に終わりそうだ。


「あの、一体どちら様で? 」


 普通というものを選択するなら、こういったシチュエーションではヒステリックに喚いてみたり、叫声で威嚇するべきなのだろうが、今回に限っては相手にもこちらを襲う気配を感じられない。


 話し合いで事が収まるなら何よりだと思い、相手の出方を探る。


「そうですね。では最初に軽く自己紹介をさせてください。私は死神。あなたをお迎えに上がりました」


 その名の通り身も心もキョトンとする。


 なんのことだかさっぱり分からない。死神? お迎え? 一体何のことだ。


「分かりますよ〜そのお気持ち。いきなり家に泥棒が来たと思ったらそいつが死神だ〜。なんて言われてもそりゃ信じられませんよね。ごもっともごもっとも」


 死神と名乗る男は手慣れたように話をすすめる。むしろ楽しんでいるように思えるほど声の音は高く、歯切れ良いリズムで言葉を紡いでる。


「信じる信じないはお任せしますが、私が死神であるということは事実ですし、お迎えに来たのも事実です。簡単に用件を言いますと、あなたは間もなく死にます。ハッキリした日にちはお伝えできませんが死にます。本日はそのことを伝えに参りました。あ、これも美味しそう。いただきますね〜」


 ローテーブルの真ん中に置かれたかりんとうをつまみながら死神はこちらを見やる。サラリーマンのする営業スマイルとは違い、不思議と惹きつけられる表情をしてはいるが、心から純粋に笑っていないということは明らかだ。


 こんなおかしなやつが死神。実感もないし、実証がないから信じる気にもなれない。けれど薄っぺらい不気味さが部屋の中に充満している。


 本当なのか。死んでしまうのか。私は。


 背後で古びた音を出すストーブの火は、まだ大きくならない。

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