聖剣学院の魔剣使い 志瑞祐

お風呂の魔王様



 フレースヴェルグ女子寮の共同浴場は、ファーヴニル女子寮のように、サウナやジェットバスが備え付けられているわけではないが、湯船は広く、なかなかに快適だ。

 その浴場の洗い場に、シャワーの水音が響く。

 シャンプーが目に入らないよう、レオニスはぎゅっと目をつむった。


「……セリアさん、一人で大丈夫ですよ」

「だーめ。レオ君、また石鹸で頭洗ってたでしょ」


 繊細な指先で、レオニスの黒髪をわしゃわしゃ泡立てながら、リーセリアはめっ、と叱るように言った。


「石鹸で十分ですよ」


 目を閉じたまま答えるレオニス。

 シャンプーのフローラルな香りは、魔王には相応しくないと思うのだ。


「だめよ、髪が傷むわ。せっかく綺麗な髪なのに」


 言って、彼女は親指の腹で、ぐりぐりと頭をマッサージする。


「……く、う……」


 レオニスは思わずうめいた。

 シャンプーは嫌いだが、彼女に頭を洗われるのは、正直とても気持ちいい。


(それは、認めざるを得ないな……)


 と、胸中で呟きつつ、ほんの少しだけ目を開けて鏡を見ると、

 湯気で曇った鏡面に、逆立った髪型の少年の姿がぼんやり映っていた。


「セリアさん、人の髪で遊ばないでください」 

「ふふ、ごめんね」


 リーセリアは悪戯っぽく笑う。


(……まったく)


 眷属にからかわれるなど、魔王の威厳もなにもあったものではない。


「はい、流すわね」


 リーセリアが立ち上がり、シャワーの湯を浴びせてくる。

 その時、ふよんっ、とレオニスの背中になにかが触れた。


「……っ!?」


 前屈みになった彼女の胸があたったのだろう。

 レオニスは思わず、顔を赤くして振り向く。


「セ、セリアさん!?」

「レオ君、どうしたの?」     


 シャワーのノズルを持ったまま、きょとん、とした表情のリーセリア。

 レオニスが十歳の少年の姿をしているせいか、まったく気にしていないようだ。


「……な、なんでもありません」   


 レオニスは、彼女の裸を見ないよう、ふいっと顔を戻す。

 その時、ウィン、と背後で扉の開く音がした。


「あ、お嬢様、少年の身体を洗っているんですか」


 聞こえてきた声は、レギーナのものだ。

 ぺたぺたと足音をたてて近寄ってくると、


「少年、鏡ごしにセリアお嬢様の裸を見てはいけませんよ」


 そう耳元で囁く。


「み、見てません!」


 レオニスはあわてて首を横に振った。


「えー、ほんとにー?」


 つんつん、とレオニスの頬をつつくレギーナ。  


(……っ、魔王に対して不敬だぞ!)

「レギーナ、レオ君がそんなことするはずないでしょう」

「そうですか? 少年は意外とえっちだと思いますよ」

「レオ君はえっちじゃないわよね?」

「僕に聞かないでください」


 レオニスの頭上で言い合う二人の裸の少女に、レオニスは半眼で言葉を返す。

 と――


「先輩たち、風呂では静かにするものだぞ」

「そうよ、ここは寮の公共浴場なんだから」   


 湯船に浸かっていた咲耶とエルフィーネが、ザバァーッ、と立ち上がる。

 全身からぽたぽたと水を滴らせる裸の少女たちの姿に――


「……っ!」


 レオニスは思わず、息を呑む。

 そんな彼の耳元で、


「……少年、やっぱりえっちですね」    


 レギーナがこっそりと呟いた。



初出:『聖剣学院の魔剣使い』メロンブックス様・第4回メロンブックス ノベル祭り2019~summer~特典

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る