下を見て強くなれるのも また人だからさ 『雨き声残響』

【楽曲紹介】

『雨き声残響』 作詞・作曲・編曲:Orangestar

 https://www.youtube.com/watch?v=OcGhtS13eLs


 自分より下を見て安堵するのは悪か──というお話。個人的には、全くもって問題ないと思うのですよ。私はこの人よりはまだマシだなって思った上で、その人を傷付けようだとか、不当に貶めてやろうだとか、そういうふうな動機で何かしらアクションを起こさない限りは。

 むしろ、一時的な(ここ重要)下方比較によって精神の安寧が得られるのなら、自分の気持ちがちょっとでも軽くなるのであれば、これってメンタルケアのテクニックの一つとして推奨されて然るべきじゃね──とさえ私は思っているわけでして。

 事実オハイオ州立大学の実験で、凹んでいる参加者に自分より「いやコイツヤベーだろ」と思わざるを得ない情報ばかり発信している架空のSNSアカウントを見せたら落ち込み度が改善した──なんてお話がある。

 実験の内容としては、まず参加者全員にテストを受けてもらって、そのテストの出来不出来を問わず、あなたたちは成績良かったよと告げるチーム、成績悪かったよと告げるチームに分けるのね。それから、SNSを見てもらう。

 すると、前者は自分より社会的ポジションの高い、含蓄ある系の情報を発信するアカウントに目が向きがちだったのに対して、後者は自分より社会的ポジションが低い、あるいは個人的な悩みだとか不安だとか、そういう情報ばかりを発信しているアカウントに目を向ける傾向が高かった。


 つまり、人間って気分が落ち込むと無意識のうちに自分の現状より苦しいポジションにいるであろう人達を見て、「アレに比べたらまだマシだわー自分」って再起を図ろうとする生き物なのよ。


 もちろん、ここでしているのはあくまで傾向の話なのだけれど、誰だって少なからずそういう側面はあるでしょう──というお話。ちなみに気分がノッてるときほど上を見ろというのも結構大切。褒めに褒めまくられて「気分いいわー。もう負ける気しねぇわー」となってるときに、自分より社会的に優位なポジションにいる人や明らかに自分より頭の良い人のプロフィールなんかを見ると冷静になれるからね。「あー上には上がおるんやなー」って、調子に乗らなくて済むから。

 それにね、これは自作『僕と千影と時々オバケ』最終話『あの日僕は千影と何を約束したのか/あの日私は陽さまの願いをどう解釈したか』でも触れたのだけれど──(露骨な宣伝乙。とはいえこのエピソード、この作品の実質"最終決戦"なのでここだけ読んでも意味不明ぞ)人間のパーソナリティに表と裏なんて存在しないんだよ。

 たとえばあなたが誰かを見下して、心の中で嘲笑っていたとしてよ。それ、百パーセントそう思ってる? あなたが自分の内面を客観的に観察したとき、そこにはその誰かさんを嘲笑しているあなたしかいない? 


 私──(自称科学をこよなく愛する者としてこの言葉のチョイスはどうかと思うが)それはあり得ないと思うんだよね。


 誰かを見下すあなたと一緒に、その誰かをただ可哀想だなって見ているあなただとか、自分はこうならないように気をつけようって反面教師にしようとしているあなただとか、なんなら手を差し伸べてやりたいと思っているあなただとか、隅っこの方で今日晩飯何食べよっかなーって思っているあなただとか、で何人ものあなたがそこに存在しているはずなんだよ。

 表も裏もないってのは、つまりそういうこと。人間の脳には一つの性格しかないのではなく、いくつかモジュールがあって。そのときどのモジュールが機能しているかによって、ある程度性格って変わってしまうものだから。

 狡いことや酷いことを考えてしまったとしてもそれがあなたの内面全てではないから、あなたの構造はきっとあなたが把握しているよりずっと複雑だから。

 ──さて、今回二度目の楽曲紹介回なのだけれど、私はOrangestarさんの『雨き声残響』がどちゃくそ好きでして(ちなみにリンク先が原曲でなく歌ってみたなのは彼女が私の推しであるからに他ならない)。強いてどこが好きかピックアップしろと云われたらタイトルにも書いた「下を見て強くなれるのも また人だからさ」ってところだよね。

 これ初めて聴いたとき、ホントヤバいと思った(語彙力デバフ)。私らって何となく自分より下を見て優越感に浸るのはただただ悪い行いとして刷り込まれてきたところあるじゃないですか? あの「いや云ってることはまあ"正しい"んだろうけど何だかなー」ってモヤモヤを払拭してくれたというか、決して全肯定ではないのだけれど、それもまたいいんじゃない──ってさらりと流してくれる感じが実に心地いいなって。

「それわかるー」と共感できる歌詞よりも、自分の固定観念を取っ払ってくれる歌詞の方が好きなんだよな──とこれを書きながら改めて思ったのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る