Askew

誓ってキャッチコピーに釣られたわけではない 『夢見るチェリーはフレッシュな本番の夢を見るか?』

【作品情報】

『夢見るチェリーはフレッシュな本番の夢を見るか?』 作者 Askew

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054889310041


【紹介文】

「やっぱり、生のほうが気持ちいいんだよ」

 腐れ大学生の高田はにやりと笑う。

 大学のカフェテリアで生産性の無い会話を今日も繰り返す。

 溌溂としてモテる高田は羨ましく、大切な友人の一人だ。でも、ひとつだけ理解できないことがあった。高田はこの仮想旅行が発達したご時世に、生にこだわるのだ。どうしてわざわざ飛行機に乗るかと聞くと、最初の答えが返ってくる。

 俺はそんな友人をどこかバカだと感じているのも事実。

『十分に発達した仮想現実は生と見分けがつかない』

 その言葉を胸に、俺は今日も旅へ出かけるのだった。


 初めて読了したとき脳裏に浮かんだのはいつぞや『クローズアップ現代+』でやってたVR特集でして(今さらですが、この語尾は特別依田芳乃よりたよしのを意識したものではないのでしてー)、番組の中でゲーム研究会の東大生と歌舞伎町のホストが『サマーレッスン』っていうVRゲームをプレイするんですよ。

『サマーレッスン』はプレイヤーが家庭教師になって教え子のJKとコミュニケーションを図れるっていうね、"コミュニケーション"という言葉が押さえているところの幅広さを改めて痛感できるゲームなんですけど、体験したうちの一方が「(JKの)吐息が聞こえた」「息遣いが聞こえた」とコメント(ここだけ抜き出すとコメントというより些か供述チック)しておりまして。


 コレどっちの感想かと云うとホストの方なんですよ。


 東大生とホストじゃ、当然後者の方が女性との面識は多いじゃないですか。で、人間は基本情報収集の大部分を視覚に頼ってる。だから、「こんなガチ恋距離──至近距離に女の子がいるのに息遣いの一つも聞こえないのはおかしくね?」って(ここ重要)判断した脳が聴覚やら触覚やらを補完した結果、ありもしない息遣いを感じたのではないか──とのこと。

 こういう錯覚をクロスモーダル現象って云うそうなんですが、ここで強調したいのは東大生──女性との面識が少ないであろう彼にはそれを感じ取ることができなかったという事実でして。つまり、現状のVR技術では女性経験豊富なヤツの方がよりその手の仮想体験に没入できるという残酷な現実が突き付けられたわけです。

 何だよ非モテはこんなところでさえ経験値の差を見せつけられなくちゃいけないのかよイヤ哀しいもう寝る──と今まさに不貞寝しようとしているそこなあなたに朗報中の朗報。


 なんとこの作品世界では、触覚どころか味覚をも含む五感の再現技術がすでに確立しているのです。


 ──はい。一見、悪徳に見えて、ただ仮想体験を勧めているというか小説を勧めているだけの男がいよいよ板につきつつあるわたくしですが。

 本作、端的に云えば主人公・添島学そえじままなぶ(二十二歳童貞)が"仮想旅行"をするお話なのです。先に触れた話題と二十二歳童貞という添付情報のせいで"仮想旅行"という響きが些か卑猥に聞こえるやもしれませんが、断じてそういうトリップではございません。

 で、こういうもはや現実と区別がつかない──ハイクオリティな仮想体験が当たり前となっている世の中には「それでもやっぱり"生"がいい」と主張するリアル志向者もいるわけでして。

 十分に発達した仮想現実は生と見分けがつかない──だったら私たちが現実だと思って生きているこの今さえも実はシミュレーションなんじゃね? 人間どころか宇宙全体がそもそもシミュレーションなんじゃね? などと何やらデケデケデン♪ デケデケデン♪ という世にも奇妙なBGM(と手拍子)がお似合いの思考に耽る度、私は物理学者ゾホレ・ダブディのあの発言を思い出すのです。

 シミュレーションであれば必ず伴う性質に起因する、ある物理的制限を計測──発見できてしまえば、私たちの今いる世界は現実ではないということになる。えっ、それって怖くね? という質問に対してダブディはこう答えています。


 「ちっとも。むしろ楽しくなるアイデアじゃない」


 確かに楽しいか楽しくないかで云われれば、結構楽しくなりそうな話ではある。

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