雪待ちの人

「お父さん、今年は、雪ふる?」


 右手をつないだ先を見上げて聞くと、「そうだなぁ。年末年始は寒くなるみたいだけど、この辺りは平地だから、降らずに終わるんじゃないかな」と返ってきた。

 「そっか」とつぶやくと、お父さんは、「1月とか2月になれば、降るかもしれないよ」と言った。私はだまってうなずいた。



 この前、校外学習で、科学館に行った。そこで知ったんだけど、雪が地面にとどく前にとけてしまったものが、雨らしい。近くにいた科学館の人(かっこいいお兄さんだった)が教えてくれたことを思い出す。

「降った雨が川になって、川が海へとそそいで、海の水が蒸発して雲になって、雲から雨が降る。水はね、循環しているんだよ。グルグルと、巡っているんだ」


 それを聞いた男子たちが、「えー!? じゃあトイレの水もいつか雨になってふってくんの!? きったねー!」と、大さわぎを始めて、先生に怒られていた。

 それを遠まきに見ながら、私は、昔読んだ絵本の中で、雲の上の天国にいる人が、ジョウロで地上に水をまいて、それが雨になっているっていう絵があったのを、思い出す。

 子どものころに読んだきり、べつに思い出すこともなかったその絵本のことを、お母さんが死んでしまってからは、よく思い出す。でも、絵本の名前を思い出せなくて、もう一回読むことはできてない。


 冬だけじゃなくて、夏でも、とけて雨にならないで、ぜんぶ雪のまま、ふれば良いのに。


 もしかしたら、それをまいたのは、お母さんかもしれない。

 雨だったら、すぐに流れていってしまうけど、雪だったら、雪だるまを作ったり、雪ウサギを作ったり、カマクラを作ったり、雪合戦をしたりして、たくさん、たくさん遊ぶことができる。


 その方が、お母さんと、一緒に遊んでいるみたいで、楽しい。すぐに流れていってしまうより、そっちの方が、ずっとずっといい。



 お父さんが、暗くなった空を見上げながら、「今日は晴れてて雲がないから、星がよく見えるな」と言った。てきとうに、「そうだね」と返す。


 晴れていて、雲がないときは、天国はどこにあるんだろう。


 ボンヤリと考える。

 空を見たくなくて、足元を見たまま、今年の冬は、たくさん雪がふりますようにと、心の中で小さく願った。


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