第21話 邪竜の封印

「うーん、これは」


 ある程度古い書物を解読したローズ達は、驚くべき記述に行き当たることとなった。

 それはローズの持ち寄った『邪竜の災厄』と、ピアニーの持ち出した『建国覚書』の解読によって浮かび上がった事実だ。


 ローズ達の本来の目的である、レポート作成という作業から考えれば、『十二家起源』と『十二の称号分与』を解読すれば、ほぼ事足りるとして、全員で、まずはこの二冊を、ミュスカの力と辞書の力を借りて解読した。

 その解読結果からわかったことは、十二家の始祖は、やはり邪竜を倒したときに残った十二人であり、そのうち、男女二組が建国と同時に結ばれたということだ。


 つまり、建国の時点で、既に十二家ではなく、十家になっていたのだ。

 しかし彼らの功績を称えるために、それぞれのモチーフにちなんだ十二称号を作って、血族に名乗らせることに決まったのである。


 後年この十二家の血統は、減ったり増えたりを繰り返すこととなるのだが、そこはまた別の話だ。

 とにかく、十二家の起源ということに絞れば、内容的にはとてもわかりやすかったので、スラスラと解読が進んだ。

 レポートの構成もだいたい決まった。


 ただし、最初に解読した二つの書物には、十二の秘宝のことは出て来なかった。

 やはり後付けの伝説だろうという予測の元、ローズ達は『建国覚書』の解読にかかる。


 そして、この『建国覚書』が、実に難物だった。

 この書は、初代の王である英雄の日記のようなものだったのである。

 とは言え、完全な日記ではなく、建国の忙しい日々に起こった出来事を、気の向くままに記したもの、といった感じだった。

 そのため文体が落ち着かず、走り書きだったり、よくわからない暗号のような書き方をしていたりと、読み取りにくいことこの上なかったのである。


 それでも、この日記から、初代国王のひととなりがなんとなくわかって、全員で微笑ましい気持ちになった。

 だが、それもつかの間、ある日の記述に、その・・言葉が出て来たのだ。


『邪竜の宝は秘されなければならない。我が友の講じた封印は、一見迂遠だが、我が国が続く限り、いや、我らの子孫が手を携える限りは、安泰であると信じることが出来る』


「封印……」


 この時点で、嫌な予感がひしひしと全員の胸中を冒したが、とりあえず一番真実から遠そうな、物語仕立ての『邪竜の災厄』を解読してみたのだ。


「『邪竜は倒された。しかし邪竜は死すること能わず』って……」


 ミュスカが青い顔で、その古書のなかの一文を読む。


「……物語を盛り上げるための、作者の創作ということはありませんか?」


 ローズが現実的な、あるいは逃避的な解釈を口にした。

 しかし、言った本人こそが納得していない口調だ。


「だが、万が一ということがある。王家に最も近いと言われるグリーンガーデン家の書庫にあった、しかも大切に箱にしまわれていた書物が、全く無意味だということは疑わしいと言っていいだろう」


 ピアニーが、首を横に振って見せた。

 全員が難しい顔を突き合わせているなかで、一人、イツキはまるで今まさに天啓を受けたように、衝撃的な何かを理解した者特有の、呆然とした顔になっていたのである。

 そう、彼は理解したのだ。

 ずっとこの世界が乙女ゲームの舞台だと思い、ローズを不幸にしないように行動して来たイツキだったが、実のところ、彼はついに生前、この世界を模したと思われる乙女ゲームをプレイすることはなかった。


 製作者の意気込みや、世界観、キャラクターの役割などを、事前情報として詳しく読み込んではいたが、実際に物語がどのように進行するかは知らなかったのだ。


(やばい。これ、確か戦闘ありのSRPG、つまりシミュレーションロールプレイングゲームだったはずだ。ということは、当然ラスボスが存在する。もしかして、主人公は邪竜と戦うのか?)


 一人真っ青になって震え始める。


「イツキ、どうしたのですか?」


 ローズが、そんなイツキを心配して顔を覗き込んだ。

 イツキは、ハッと、自分だけの物思いから覚めた。


「あ、いえ、その。……これ、危険なんじゃないかと」


 イツキの言葉に、ピアニーも同意するようにうなずいた。


「そうだな。イツキの考える通り、この記述が本当なら、邪竜は死んでいない。ただ封印されているだけということになる」

「うーん。騎士を目指す者としては腕が鳴る、と言いたいところだけど、さすがに邪竜を起こして戦うというのはないかな。国の存亡の問題だしね。闇族を退けるだけでも苦労しているっていうのに、この上邪竜は手に余るわ」


 本来戦いには積極的なアイネですら、邪竜と再び戦うということに対しては、否定的だった。

 闇族と長い戦いを続けているだけあって、戦いというものに現実的なのだ。


「本当ではないかもしれない。だが、ほんの僅かでも真実だったら、秘宝には触れないほうがいい」


 ピアニーは、ゆっくりと確かめるように、そう結論つけた。

 ローズもうなずく。


「そうですね。共同研究レポートは、十二家とその称号についてだけで十分でしょう。秘宝についてはこのまま、また書庫の闇の奥に眠っていてもらいましょう」


 そんな彼等の結論を聞きながらも、イツキは、震えの止まらない手を抑えた。

 彼だけは知っている。

 二年後、リリアによって封印は解かれるのだ。それが運命である。

 そして、よりにもよってその詳細を、イツキは知らないのだ。


「もし、……もし、邪竜が目覚めたとしたら……俺たちで、邪竜を、倒せるでしょうか?」


 だからイツキは、つい言ってしまった。

 言わなければならないと、思ったのだ。


「邪竜は結局死ななかった、と書かれていますわ。死なないものを倒せるはずはありません」


 ミュスカが困惑したように言った。

 彼女もまた半信半疑なのだろう。

 確かに理屈ではそうかもしれない。

 しかし、ここが乙女ゲームの世界なら、必ずハッピーエンドが用意されているはずだ。

 イツキは、そのことを確信していた。

 だが、同じようにわかっていることもある。


 乙女ゲームは、ルート分岐のあるゲームだ。

 ハッピーエンドだけでなく、バッドエンドもあるはずなのだ。

 自分が今、どのルートに向かっているのか、それを判断する材料がない。

 イツキは、それがたまらなく恐ろしかった。

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