第22話 始まりの鐘が鳴る。遠く密やかに

 イツキは、邪竜の封印についてリリアにも話すようにローズに進言した。

 話さないまま放置しておけば、好奇心で勝手に調べて大変なことになるかもしれないからという建前で。


「リリーはあれで賢い子よ。そのようなことをするはずがないでしょう?」


 そう言いながらも、ローズはイツキの助言を受け入れて、リリアに邪竜の封印の話をした。

 学園での出来事として話すのにちょうどよかったし、何よりも自分たちの家や血筋に関係することなのだ。

 今後共通の話題として、イツキやピアニーとの会話で出て来たら、リリアだけがのけ者のような状態になってしまう。

 それを避けたかったのである。


「私、邪竜の封印を絶対に守りますわ!」


 案の定、リリアは誇り高いグリーンガーデンの娘らしくきっぱりと言い切った。

 実際の話、リリアが入学するまでの二年の間、この件に関して問題が発生することはなかった。

 

 それ以外のことで、二年の間で変わったことと言えば、ピアニーの兄の一人で第二王子であるセイラムが、学園卒業と同時にセイラム・オーガスト・セピアトを襲名したこと、アイスフィールド家のロックとは、アイネを挟んだ関係ではあるが、一応友好的と言える関係になったことぐらいだろう。


 驚く程平和に、リリアの学園入学のときは迫っていた。

 イツキの不安が嘘のような、穏やかで平和な時間が過ぎて行く。


「俺は、前世に囚われすぎていたのかもしれません。今は今だし、その、このままいけばゲームのような展開にはなりようもないですしね」


 冬には、学園は休みになり、全員が家に戻る。

 イツキは、リリアの就学の準備を手伝いながら、過去の自分を笑う余裕もあったぐらいだ。


 ……悪夢の足音が、彼らの思いもよらない場所から近づいて来ているとも気づかずに。


 この日ローズは、珍しく母からの呼び出しを受けて、夜に母の部屋へと向かっていた。

 同じ屋敷に住むとは言え、子ども達と全く顔を合わせようとしない母と会う機会は少ない。

 母からの、自分達への愛情を諦めきれないローズとしては、呼び出されるたびに、わずかな期待もあった。


「……寒い?」


 心を浮き立たせ、少し速足で向かうローズは、訝しんだ。

 母の居室へと続く廊下が、あまりにも冷え冷えとしていたのだ。

 しかも、使用人が毎夜点けてまわるはずの灯りも、一つもない。


 ローズには魔法があるので、暗いからと困ることはないが、おかしなことではあった。

 母の部屋の前に立つと、その扉からは光がこぼれていて、その向こう側は明るいことがわかる。

 なんとなくほっとして、ローズは部屋の扉を叩いた。


「お母様、お呼びでしょうか?」

「待っていたわ、お入りなさい」


 いつもの、情を感じられない母の声にため息を押し殺して返事を返し、ローズは部屋へと入る。


「お母様……?」


 母はいつものように若々しく美しかった。

 だが、どこかが少しいつもと違って感じる。


「あなたももう十七、来年にはこのグリーンガーデン公爵家の正式な跡継ぎとして認められる」

「はい。お母様のご指導のおかげです」


 母子の間でも、礼儀正しくローズは振舞い、丁寧に礼をした。


「ふふっ、そうね。あなたはわたくしの娘。わたくしの意に沿った働きをしてもらわなければなりません」

「はい。もちろんです」


 母は、当主としての心得を伝授するおつもりなのだろう。

 そうローズは思い、気持ちを引き締める。

 だが、続く母の言葉に、いぶかしい思いを抱いた。


「これは母からのお祝いです。あなたのために誂えたのですよ」


 これまで、母がローズ達姉妹に祝いの品を贈ったことなどなかったのだ。

 喜びよりも、何か、居心地の悪さのようなものを感じたローズだったが、それを態度に出したりはしない。


 母の傍らに控える従僕が、手にした箱を開いて中身をローズに向けた。

 それは美しくはあったが、どこか禍々しさも感じさせる冠だった。

 茨をかたどっているのか、トゲだらけで、そのトゲの一本一本が水晶のような透き通った石で出来ている。


 何か、不吉な予感を感じて、ローズはその冠から体を離したかったが、そのような礼儀知らずな真似をすることは出来ない。

 ただ、震える声を絞り出し、母に問いを発しようとした。


「……あの?」

「さあ、嵌めてみてちょうだい。さぞや似合うでしょうから」

「これは……」

「さあ」


 母は有無を言わさず、その茨の冠を自ら手にすると、ローズへと近づいた。

 ローズは激しい恐怖に襲われていた。

 

(逃げなければ!)


 しかし、身体はぴくりとも動かない。

 ちらりと見えた、この贈り物を母に手渡した従僕に、全く見覚えがないことにも、遅まきながら気づく。


「い、いやっ、嫌です、お母様!」

「いいえ、貴女に拒否することは出来ないの」


 最後に聞いた母の声はひどく優しげだった。

 薄れ行く意識のなかで、ローズはそのことが、哀しいくらいに嬉しかった。

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