第17話 転生者イツキ
「イツキは……お姉様を、その……あ、愛して、いるの、ですか?」
ローズからの命によってリリアに学園生活を話して聞かせていたイツキは、リリアからの突然の質問に戸惑った。
「へっ? 俺がお嬢様を?」
問い返すと、リリアはコクンとうなずいてみせる。
言われて、イツキは改めて自分のなかのローズへの想いについて考えてみた。
イツキがローズと出会ったのは、十歳の頃である。
ローズは九歳、リリアは七歳だった。
次代のグリーンガーデン公爵家の家令として、分家のなかから選ばれたのだ。
イツキの両親や兄達は、名誉なことだと大喜びだった。
だが、イツキのほうは、それどころではなかった。
ローズ・メイ・グリーンガーデンという名前に、聞き覚えがありすぎたのだ。
イツキが前世の記憶を取り戻したのは、だいたい五歳の頃だった。
庭で飼っている鶏を追いかけ回して頭に乗せたときに、天啓のごとく閃いたのだ。「あれ? 確かこんなゲーム遊んだことあるぞ」と。
件の乙女ゲームではないが、某RPGでは、鶏を見ると追いかけ回して頭に乗せていた記憶が、鮮やかに蘇った。
(……あんまり劇的な思い出し方じゃなかったな)
ともかくとして、そのせいでローズと出会った頃には、もう前世のことはほぼ完璧に思い出していた。
だから、ローズやリリアとの顔合わせのときも、その第一印象は、ゲームのスクショよりもリアルだな、まるで実写のようだ、などというおバカなものだった。
おまけに、声オタだったイツキは、ローズとリリアの声優さんにぞっこんで、「声似てる! ラッキー!」などと初対面で叫んだ。
(よくあの時点で首にならなかったな、俺)
ともかく、初対面時には現実味があまりなく、ほぼ憧れのアイドルに会ったような感じで、恋愛とかそういう感情はなかったと断言することが出来るだろう。
「そうですね。主としては敬愛しています」
「それ……だけですか? だって、イツキはお姉様のためにわざわざ一年学園に入るのを遅らせたのでしょう? それにいつも、お姉様が大変な目に遭うのを止めようとしている」
リリアが、スカートをいじりながら言いつのった。
スカートをいじるのは、リリアが少しいじけているときの癖である。
「うーん、そう言われると、純粋に主と下僕というのとは、違うかもしれませんね」
「やっぱり……」
リリアは、目に見えてしょんぼりとした。
イツキはそれに気づかないまま、自分の内面と向き合っている。
「ええっと、実は、ですね。ローズ様とリリア様は、俺の理想の声と姿の持ち主なんですよ」
「え?」
「どっちもずっと好きだった声優さんで、しかもイラストレーターが、もう、むちゃくちゃ好みの絵師さんで、え? この人乙女ゲームのキャラ描くの? ってびっくりしたのを、今でも覚えています。乙女ゲームと言うのは、前世から男であった俺の守備範囲外だったんですが、ゲーム発売と同時に、アニメ化企画も進行していて、『神かよ!』と思ったのを、はっきりと覚えていますね」
「え? え?」
リリアは混乱状態に陥っていたが、イツキはそのまま続けた。
「それで設定書とか、ストーリーとか、キャラ表とか、暗記するぐらい読み込んで、発売を楽しみに待っていたんですよ。……それが!」
イツキの声が、絶望の響きを帯びる。
「寄りかかった窓枠がいきなり外れて、三階の教室から真っ逆さま。『は?』とか思ったのが最期ですよ。信じられますか?」
「えーと、あの、イツキ?」
「だからこの世界に生まれたのは、きっと神の采配だったんだろうなって思って、この家に来てからというもの神への祈りを欠かしたことはありません」
「まぁ、それは素晴らしいことよ」
「ありがとうございます!」
イツキの顔には、やりきった者の笑顔が浮かんでいる。
リリアは困惑したように、「ええと……」と、呟いた。
「それでお姉様のことは?」
ここで更に最初の質問に戻れるのは、リリアの精神的なタフさゆえであっただろう。
イツキの奇行に慣れているとも言う。
「敬愛しています。憧れのお方です」
イツキはキリッとした顔で答えた。
「……そう」
リリアは寂しげな顔でうつむく。
そんなリリアに、お茶のお代わりを提供しながら、イツキはそっと囁いた。
「もちろんリリア様も、俺の憧れですよ」
リリアの頬にさっと朱が差した。
イツキ・マーチ・グリーンレイク十六歳、罪深い転生者である。
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