第10話 それぞれの在り方

「いわれなき侮辱については謝罪いたしましたが、子どもっぽい妄想については、主張を撤回するつもりはありませんよ」


 ロックはくすりと笑うとイツキを目の端で捉えた。

 正面から見ると目が汚れるとでも考えていそうだ。


「あら、謎があればそれを解き明かそうとすることこそ、人の知性の証なのではありませんか? 謎を謎のまま放置することは知に対する冒涜でしょう」


 ローズの反論に誰よりも大きくうなずいたのは意外なことにミュスカである。

 

「そ、そうです。歴史に隠された真実を見つけ出し、今に続く道筋を明らかにする。それは未来への道標を手に入れるのと同じことです」


 そして、アイネの後ろに隠れながらも、そう熱く語った。

 ちょっと涙目なのは、深窓の令嬢である身としては、仕方のないところだろう。


「ロック、貴方はそんなだからなかなか友達が出来ないんですよ。仲良くなりたいのなら素直にそう言ったらどうです?」

「な、何を言う!」


 しかし何よりもロックを動揺させたのは、彼のイトコであるアイネの言葉だった。

 さすがは親戚である。


「貴方は昔から親や召使いにチヤホヤされて育ったせいで、自分が譲るということをしません。いつも攻撃的に接するから、周囲から嫌われてしまうのですよ。結局周りにはべるのは、ご機嫌取りばかり。虚しくはないのですか?」

「く、口を慎め! いくら母親同士が姉妹だからと言って、何を言っても許されるという訳でもないのだぞ。貴族には、体面というものがある」

「あら、じゃあ私に決闘を申し込んでくれる? 昔泣かせて以来、貴方は私には近づかないようにしていたから、やっと再戦が叶って嬉しいわ」

「バカが! 名誉ある高位貴族が、女に決闘なぞ申し込むはずがないだろうが! じゃじゃ馬女め、未だに騎士の真似事をしているのか? 親を悲しませるだけだぞ!」

「お生憎様、うちの親は貴方のところのように我が子を大事にしすぎて何もさせないような親じゃないの。我が領は常に戦いの最前線なのだもの。女子どもでも戦えなければ死ぬだけよ」


 段々、元の話はそっちのけでヒートアップするアイネとロックを、それぞれローズと、ロックの取り巻きの少年が止める。


「アイネ、興奮しすぎですわよ。それに殿方に対して、人前でそのようにおっしゃってはいけませんわ。どれだけ親しくてもね」


 ローズがアイネに微笑みながら諭すと、アイネの頬にさっと赤味が差した。


「ローズの言う通りです」


 冷静になったら自分の行いが恥ずかしくなったのか、アイネは目を伏せてロックたちのテーブルへと歩み寄った。


「ロック・ノーベンバー・アイスフィールド、衆目の場で恥をかかせることになってしまい申し訳ありませんでした」


 そう言って深く膝を折る。

 一方のロックも仏頂面ながら、思うところがあったのだろう。


「謝罪を受け入れる」


 とだけ言って、取り巻きを連れてティールームを出て行ってしまった。

 さすがにこうなるとローズ達もティールームに残り辛い。

 五人はティールームを出ると、再会を約して男女で分かれて自室へと戻ることにした。


「ごめんなさい。私達のせいで雰囲気を悪くしてしまって」

「まさか。今のはアイネのせいではないわ。その……ご親族を悪く言うようで申し訳ないけれど、ロック様は少し高圧的なところがおありなのではないのかしら?」

「そうなの、ちょっと癇癪持ちで、俺様な性格なんだ。本当は悪い子じゃないんだけどね」

「せっかくの面白そうな話が、流れてしまって残念です……」


 ミュスカがしょんぼりと言った。


「ミュスカが言い返したときにはびっくりしたけれど、とても素敵でしたわ。ああいう謎解きのようものがお好きなの?」

「わ、わたくし、歴史がとても好きなんです。古文書を紐解いたり、伝説を調べたりすると、古い時代の叡智や、そのときどきの人の心情が伝わって来て!」


 やや興奮気味に語るミュスカの意外な姿に、ローズとアイネは顔を見合わせて微笑んだ。

 アクシデントで少し暗くなってしまっていた気分を、ミュスカの夢を語る姿が明るくしてくれたのだった

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