第9話 アイスフィールドの後継者

「ロック!」


 アイネがその少年を見て声を上げる。

 どうやら知り合いのようだった。


「やあ、我がイトコどの。久しぶりだね」

「いきなり失礼ではないですか?」


 アイネは少し怒っているようだ。

 イトコと言っても、そう仲がいい訳ではないのかもしれない。


「確かに、名乗りもせずに意見をするのは失礼だったかな? 私はロック・ノーベンバー・アイスフィールド。お見知りおきを」


 たとえ身分の隔てはないという建前の学園であっても、社交の場であることは間違いない。

 挨拶をされたら礼を返す必要があった。

 この場合代表となるのは、このなかで一番身分が高いピアニーの役割だ。


「初めまして。僕はピアニー・ジャニュアリー・オーバープレインだ。彼女はローズ・メイ・グリーンガーデン、僕の婚約者です。そちらのお二人は、ローズの同室で、エイルダークとケイアールの姫君、もっとも、ケイアールの姫君はお身内のようだが。そしてこちらが……」

「ああ、そいつはいい」


 言うと、ロックという少年は、手にしたハンカチーフを軽く振った。


「下賤な者には興味がないのでね」


 言われた当人のイツキではなく、友人であるピアニー王子の目つきが鋭くなる。


「彼はれっきとした貴族だ」

「とてもそうは見えないな。しみついた下僕臭がするよ」

「当然ですわ、うちの家令ですもの」


 挑発するようなロックに対して、その挑発に乗ったのはピアニーでもイツキでもなくローズだった。

 ローズはツンと顎を上げて薄笑いを浮かべて応じる。


「ですが、我が下僕を軽く見られては、我が家をおとしめられたも同じこと。謝罪を求めます。謝罪をなさらないとおっしゃるなら、わたくしと決闘でもいたしますか?」

「ローズ!」


 これにはさすがのピアニーも、驚いて制止する。

 ローズは手にした扇でピアニーに口出し無用と示した。

 当のイツキは蚊帳の外で、対応に困っている状態だ。


「ふ、ご冗談を。誇り高きアイスフィールド家の男が、女と決闘など有り得ませんよ」

「ならばお謝りください。わたくしに」

「なるほど美しき姫君にこうべを垂れるのは、騎士のほまれと言いますからね。喜んで」


 ロックは片膝を床についてローズの手を取ると、謝罪の言葉を述べた。


「貴女の下僕を侮辱した私をお許しください」


 そして優雅に手の甲に口づけを落とす。


「そこまでやらなくてもいいです」

「おやおや、姫君はお厳しいですな」


 そのやり取りの後ろで、ピアニーが珍しくイライラした顔をしているのを、イツキは目撃していた。


(俺が原因で申し訳ない)


 申し訳なく思いはしても、ここにイツキがしゃしゃり出るのは逆効果だ。

 主が謝罪を受け入れたのだから、イツキはそれに従う必要があるのだ。

 しかし、胸のもやもやは収まらない。


(しかもアイスフィールドって言ったら、ゲームに出て来る攻略対象じゃねえか!)


 ロックは乙女ゲームのなかで、リリアの寵愛を巡ってピアニーと対立するライバル的な存在だ。

 身分は侯爵家の嫡男だが、王位継承権の低いピアニーよりも、侯爵家の跡継ぎであるロックのほうが現在は立場が強い。

 ピアニーがローズと結婚して、グリーンガーデン家の当主となったなら、ピアニーのほうが立場が上だが、なんとも難しい関係性となっているのだ。


 リリアの登場はまだ二年も先なのに、すでにローズを巡ってライバル関係となってしまいそうな二人に、イツキはルートが変わりそうなことを喜ぶべきか、友人でもあるピアニーの心情を思って憤るべきか、悩ましい気持ちになったのであった。

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