第11話 学生の本業は

 入学直後には一悶着あったものの、授業が始まってしまえば、新しい環境や新しい知識、そして実家ではこれまでやったことのない体力作りなどの影響で、疲れ果てた生徒同士の間に、諍いが発生することはなかった。

 一年生であるローズたちは、とにかく学園での生活に慣れることで精一杯だったのだ。


「ヤバイって、時間がないから! 早く探さないと!」


 ローズの家の家令見習いであるイツキだけが、ゲームがどうとかで、一人で騒いでいた。


「そんなに言うのなら、イツキが一人で探せばいいのではなくって?」

「おおお、正に悪役令嬢、冷たい」


 ヨヨヨと泣き真似をしてみせるイツキに、ローズが呆れたような顔を向けた。


「イツキは、もしかして友達がいないのですか?」

「ぐはっ!」


 ローズの言葉に、イツキがよろめいて倒れ込む。

 地面はやわらかな芝生なので、特に問題はない。


「ち、違うんですぅ! 男爵家の三男坊のくせに、すでに公爵家に就職が決っているって、ハブられているんですよ。やつら俺がうらやましいんですよ!」

「まぁ、人がうらやむものを持っているのなら、もっと堂々としていればいいのです」

「でもほら、公爵家の威光を振りかざしたら、まんま虎の威を借る狐じゃないですか? 格好悪いでしょう?」

「虎とか狐とかがモンスターを意味しているのなら、どっちにしろ強そうですよ」

「ああ~っ、お嬢様の天然が爆発して辛い!」


 ふうと、勉強を邪魔されたローズはため息をついた。


「お嬢様はやめなさい。敬称を付けるのは受け入れましたが、それは駄目です」

「えー。じゃあローズ様」


 イツキは口を尖らせて言い直す。

 そう、実は入学当初は敬称を嫌がっていたローズやピアニーたち高位貴族だったのだが、学園で普段呼び捨てをしていて、社交の場でそれが出てしまったら、下級貴族にとっては命取りだと泣いて説得されて、仕方なく敬称を認めたのである。

 学園の平等の精神など、所詮は建前なのだ。


「話を戻しますが、あのですね、楽園の扉の謎解きは、なぜか男女ペアで探さないといけないんです。いや、なぜかという理由は、本当はわかってるんですけどね。なにしろ乙女ゲームですからね」


 イツキのしつこい主張に、ローズは困ったように眉根を寄せた。


「それなら付き合ってくれる女子生徒を探してはいかが? ああ、いえ、駄目ですわ。リリーに恨まれてしまいます」

「へっ? ローズ様、リリア様に恨まれるようなことをしちゃったんですか? 悪役令嬢ルートまっしぐらじゃないですか! 駄目ですよ!」

「違います。あなたの問題です。そう言えば、たまには屋敷に戻ってリリーに会ってあげているのでしょうね?」

「何言ってるんですか? おじょう……じゃなかった、ローズ様が屋敷に戻られないのに、俺が戻るはずないじゃないですか! 前回の休みの日は、ええっと、図書館で試験勉強をして、それから訓練所で魔法の練習をして終わっちゃったし」

「あのときは酷かったですわね。あなたときたら『静まれ左手!』とか言いながら、形式の崩れた魔法を使ったので、訓練所に穴を開けてしまって、あれを埋めるのに時間をかけてしまいましたわ」

「ええっ! なんで一部始終を見ているんです? ピアニー様とイチャイチャしてたんだからこっちのことは気にしないでくださいよ」


 イツキは半ば本気で地に伏して泣き出した。


「およしなさい。制服が汚れるでしょう。あなたが訳のわからないことを始めるのはいつものことですからわたくしも、ピアニーも気にしていませんわ」

「ゲフッ! 何気にピアニー様も見ていた。もう立ち直れない……」

「もう、あなたは一年さぼって入学したのですから、一番お兄さんなのですよ? わかっています? 年上の威厳というものを見せてはいかがですか?」

「やめて、俺のライフはもうゼロよ」


 ローズは仕方なくイツキを立たせると、土と草を払ってやった。


「こんな情けない感じなのに、それでいて勉強は出来るのですから、とても腹立たしいですわ」

「だって、前世よりも習うことは簡単なんで。いや、計算式とか謎科学とか違うところはあるんですけどね」


 言いながら、イツキはローズの勉強をちらりと見た。

 円を正しく描く方法を答えよなどと書かれている。

 イツキならコンパスで書けばよくない? とか思ってしまうが、この世界にはコンパスがないので、杭を打ってそこに紐を絡まらないように結んで周囲をぐるりと回転させる、という感じになるのだ。


 しかしローズの答えは「丁寧に描く」というものだった。


(そんなお嬢様は可愛いと思う)


 イツキは少しほのぼのとしながらも、なかなか思い通りにならない今後の方針をどうするか、考えるのであった。

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