第7話 第一印象

「ピアニー様はどうしてこちらに?」

「ピアニーだ。ここで敬称は駄目だよ」

「……ピアニー」


 呼び捨てという初めての体験に、ローズは自分の顔が赤くなるのを感じた。


「あの、お二人は……」


 ミュスカがローズとピアニーの関係性を尋ねる。

 それに答えたのは、イツキだった。


「あ、うちのお嬢様とピアニー様は婚約者同士なんです」

「君は?」


 ローズの私的なことを説明した相手に疑問を抱いたのだろう。

 今度はアイネが不審そうに聞いた。


「あ、申し遅れました俺はイツキ・マーチ・グリーンレイクです。お嬢様、グリーンガーデン家の家令見習いをしています」

「なるほど。しかし学園に通うからには君もお嬢様呼びはよろしくないのではないかな?」


 初対面でも遠慮のないアイネがイツキに忠告した。


「あ、そうですね。ご忠告ありがとうございます」

「いや、その言葉遣いがだね……」


 うっかりピアニーに意識を取られてしまっていたローズは、何やら楽しげに語らい始めたイツキと同室の二人を振り返った。


「あ、なんだかわたくし勝手にこちらだけで話をしてしまっていて、申し訳ありません」

「いえ、大丈夫ですよ」

「全然問題ない」


 ローズの謝罪に対してミュスカとアイネはとてもいい笑顔である。


「僕とイツキはさっそく探検としゃれこんだところだったんだ。よろしければお嬢様方もいかがですか?」

「探検、ですか?」


 ミュスカはびっくりしたように応じた。


「あ、あの、わたくし」


 そしてさっとアイネの後ろに隠れる。


「何か悪いことを言ったかな?」

「いや、殿方は知らないかもしれないけど、貴族の娘というものはむやみに知らない男性と話すと、はしたないと言われるのですよ」


 アイネがミュスカを庇いながら、ニヤリと笑って挑発するように言った。

 ピアニーはそれに気を悪くしたふうもなく、頭を下げる。

 

「ああ、それは失礼した。僕はピアニー・ジャニュアリー・オーバープレイン。ローズの婚約者だよ」

「まあ!」


 ピアニーの名乗りにミュスカはアイネの背後で驚いた。

 家名で王族と気づいたのだ。


「ええっと、私たちと同じ年頃の王族と言ったら、第三王子殿下か。はじめまして、おめもじつかまつり光栄です」

「やめてくれ、正式な社交の場でもないだろうに。同じ学生のピアニーだ」


 丁寧に改めて礼を取ったアイネに、ピアニーはうんざりしたように言った。


「まぁ確かにね」


 すぐに態度を崩して、アイネは快活に笑う。

 そんなアイネがローズは少しうらやましい。

 あんな風に自然にピアニーと話したいのだが、幼馴染だからこそ、出来上がった関係性を崩せないのだ。


「それで探検でしたっけ? わたくしたちはティールームを探していたのですけど」


 ローズが話を引き取ってピアニーに返事をした。

 それに答えを返したのはイツキのほうだ。


「それなら僕たちもゴールはそこでいいよ。ぐるっと一周りしようじゃないか」


 結局特に断る理由もないので、五人は連れ立って歩き出した。


「ピアニーさ……ピアニーのお部屋のほかの方は?」

「それが荷物はあれども姿は見えずで、仕方ないから一人でふらっと出て来たんだけど、途中で彼に会ってね。一緒に探検することにしたんだよ」


 ピアニーはイツキを示して言った。


「俺はお嬢様のお部屋を探そうと思って」

「女子寮に男性は立ち入り禁止ですわ。それと学園でお嬢様はやめて。ローズと呼んで頂戴」

「ふえっ!」


 ローズの言葉になぜかイツキは慌てた。


「いや、そんな。ほら、ピアニー様に申し訳ないですし」

「僕はそんな狭量ではないよ。それと敬称禁止だ」

「うぬぬぅ」

「面白い顔」


 葛藤に苛まれているイツキの顔を見てローズは笑った。


「そ、そういうことをおっしゃいますか? 主を呼び捨てにするというタブーと戦っている俺の気持ちがですね……」

「うふふ」


 そんな二人の様子にミュスカが笑いだした。


「ローズって、もっと怖い方かと思っていました」

「え?」

「あ、私も。だって顔が整い過ぎてるしさ、あんまり表情変わらないし。でも、安心したよ」


 ミュスカの言葉にアイネも同調する。

 ローズは怖いと言われて、少しショックを受けていた。


「そ、そんなにわたくし、怖いですか?」

「いえっ、そうじゃなくって、あの、畏れ多いというか、あの、美人すぎて」

「わかるよ。僕も最初にローズと会ったときには、この子は精霊なんじゃないかって思ったぐらいだ」


 ミュスカの言葉にピアニーが同意を示す。

 二人はローズが美人であるということを言いたかっただけなのだが、ローズとしては愛するピアニーの告白に大きく動揺することとなった。


(わたくし、そんなに怖いのかしら)


 そんな風におろおろするローズを、イツキが微笑まし気に見つめていた。

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