第6話 学園の伝説

 片付けも一段落したローズたちは、校内の散策ついでにティールームを探そうということになり、三人揃って寮から本館のほうへと足を伸ばした。

 本館への通路は屋根のある渡り廊下となっていて、美しく整えられた庭を眺めながら移動出来る造りとなっている。

 庭にはところどころにテラス仕立てのベンチがあり、天気のいい日にはゆっくりと寛ぐのによさそうだ。


「ローズは何を中心に勉強をする予定なの?」


 のんびりと歩きながら、ミュスカが聞いた。

 初対面のときの緊張は、すでにすっかりとほぐれたほうだ。


「そう、ですね。言語学を本格的に習得するのもいいかと考えていますわ」


 貴族の子女は、必要な基礎知識は個々の家で専門の教師を雇って習得するので、学園に来て基礎を学ぼうという者はいない。それぞれなんらかの専門知識を学ぶのが普通である。

 とは言え、ほとんどはそれもまた建前にすぎない。

 学園に同じぐらいの年齢の貴族の子女が通う理由と言えば、社交のためというのが大半なのだ。

 特に、家を継がず、婚約者も家に用意してもらえなかった者は、結婚相手を見つける大切な機会となる。


 ローズの場合は、大貴族ならではの顔合わせと、派閥の確認というのが大きい。

 また、ここで有能な貴族と繋がりを持つことで、家の立場を有利にすることも出来る。

 ローズの父である現当主が言うには、学園で出来た繋がりは長く続くことが多いとのことだった。

 今回同室になった二人との間に、そんな深い友誼を結ぶことが出来るのか、まだまだローズには予想もつかない話だが。


「そう言うミュスカは何を勉強したいの?」

「わたくしは、あの、歴史を……」


 ミュスカは恥じらうように答えた。

 歴史研究というのは、かなりの専門分野で、その分野の専門家と呼ばれる者は、そのほとんどが男性だ。

 そのせいで、少し言うのをためらったのだろう。


「歴史もいいですわね。そう言えば、この学園に王国の古い謎が眠っているという話を聞いたことはありますか?」


 歴史と聞いて、ローズが思い出したのが、乙女ゲームだ悪役令嬢だといつも言っているイツキの話だった。

 乙女ゲームの舞台となるこの学園には、この国の建国以来の大きな謎が隠されているという、かなり誇大妄想気味の内容である。


「ああ、楽園の扉の伝説でしょう? ロマンティックですよね」


 意外にも、その話題は、歴史好きなミュスカの琴線に触れるものだったらしい。

 ローズはイツキの与太話と思っていた話が、実際にあるらしいことに内心驚愕していた。


「なにそれ?」


 武闘派で、あまり学問には興味がなさそうなアイネだが、学問という感じではない話が気になったのか、ミュスカに尋ねる。


「この学園のどこかに、楽園へと通じる扉が隠されているという伝説ですわ。この学園は元々昔の王城跡を改装して建てられたものでしょう? そのせいでそんな伝説が囁かれるようになったのだと思います」

「まぁそうだったの」

「へえ」


 ローズには、この学園が旧王城であったことも初耳だった。

 そのせいでなにやらイツキのおかしな話が真実味を帯びて来たように感じられて、少し不安になる。


(悪役令嬢だなんて、イツキの妄想だと思っていたのだけど……)


 ローズの顔が憂いを帯びたことに気づいた同行者二人は、突然のことにどうしたのかわからずにローズの顔を見る。

 長いまつげに縁取られた、透き通った宝石のような緑の瞳を覗き込むと、同性なのにドキリと胸が高鳴るのを感じてしまい、ミュスカとアイネは戸惑った。


 王国では、グリーンガーデン公爵家と言えば、麗しの一族としても名高い。

 間近で見ても整っている顔立ちというものは、ある意味視覚の暴力のようなものだ。

 美しさとは無意識に人を惹き付けてしまう魔性の力なのである。


「お嬢様!」

「やあ、ローズ」


 そんなふうに、三人が学園の本館を歩いていると、二人の男子学生が声をかけて来た。

 グリーンガーデン家の家令見習いであるイツキと、王国の第三王子であるピアニーだ。

 ローズは内心少し動揺しながらも、そのような様子は全く感じさせず二人に挨拶を返した。


「ごきげんよう、イツキ、ピアニー様。こちらはわたくしの同室のミュスカ・デリア・エイルダーク様とアイネ・ジャイスクット・ケイアール様ですわ」


 紹介された二人も同時に深く腰を沈めて挨拶をする。


「いや、そんな風にかしこまっては駄目だよ。僕たちは同級生になるんだからね」


 婚約者の変わらぬ優しい微笑みに、曇り日にふいに日が差した花のような、憂いを払った笑顔を見せるローズであった。

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