第2話 リリアのわがまま

 ローズは出来上がった学園の制服を着て鏡を見た。

 今年入学の初年度生の制服なので、ベースカラーは黄色となっている。

 ローズの鮮やかな赤い髪からすると、少々おとなしすぎる色合いだ。

 ある程度のアレンジは許されているのだが、赤と青は別学年のカラーなので使えない。

 オレンジ色の糸を使って刺繍を入れたら、だいぶマシになるのではないか? とローズは思った。


「お嬢様、本当にこのお召し物で外に出るのですか?」


 着替えを手伝った侍女が不安そうに言う。

 なにしろ学園の制服はウエストコートとペチコートという簡素な組み合わせで、コルセットもなければパニエもない。

 その上、ペチコートの裾は足首までという短さだ。


「こ、これではまるで裸で外を歩くようなものではありませんか」


 育ちのいい侍女は真っ赤になっている。

 

「仕方のないことよ。学園では自分のことは自分で全て行うのが習い。一人で着替えることが出来る服装でないと生活が出来ないわ。それにマントもあるのよ」


 コルセットやストマッカーといった、ドレスを着る際に必要なものは、着付け係の侍女の助けがなければ着るのは無理だ。そう考えれば学園の制服は、妥当な選択と言えるだろう。

 それに、みんなが同じであれば一人だけ恥ずかしがる必要もない。


 育ちのいい女子のなかには、制服を見て恥ずかしさのあまり泣き出す子もいると言う。

 これを嫌がって学園に入学させない家もあるぐらいだ。

 そもそも学園入学の年齢である十五は、貴族の女性は婚約者も決まって、早い者ならすでに結婚をしている場合もある。

 無理に学園に通う必要はない。


 ただし、高位貴族は別だ。

 高位貴族ともなれば当主であろうと妻であろうと、社交を怠ることは出来ない。

 学園の、三年間という期間は、人脈作りには決して侮れないチャンスなのだ。


「お姉様!」


 いきなり両開きの扉が開き、一人の少女が飛び込んで来た。

 侍女が目を丸くする。


「リリーお行儀が悪いですよ」


 ローズの妹であるリリアだ。

 ローズは彼女のことを、いつも愛情を込めてリリーと呼んでいた。

 もう十三にもなるのにいっこうに落ち着きがないが、その無邪気さと、天真爛漫な笑顔で、屋敷の者たちに愛されている。


「ごめんなさいお姉様」


 叱られると、一応殊勝に謝ってみせるが、その謝罪もどこか上の空だ。


「それが学園の制服なのね。かわいい!」


 ローズの周囲をぐるぐる回り出し、いろいろな角度からチェックを行っているようだった。


「でも、お姉様にはちょっと地味じゃないかな?」

「ええ、わたくしもそう思ったから、オレンジの色を使った刺繍を入れようと思うの、どうかしら?」

「それがいいわ!うっすらと緑を入れてもいいんでしょう? どうせなら大輪のバラを描いてもらいましょう」

「ふふ、リリーはバラが好きね」

「違うわよ、私が好きなのはお姉様で、バラはお姉様に似合うから好きなの」

「リリア! お前また!」


 そんな姉妹の微笑ましいひとときを打ち破るように姿を表したのは、家令見習いのイツキだ。

 勢いよく扉を開いて飛び込んで来た。


「キャー!」


 侍女が、絹を裂いたような悲鳴を上げる。


「女性の衣装合わせに男が入室するなど、有り得ません! なんと恥知らずな!」


 家柄も育ちもいい侍女は、目を三角にして怒り狂った。


「あ、わりぃ、お嬢様着替え中だった?」

「いえ、今は着た状態で全身のチェックをしているところです。あなたのほうの制服も届いているのではなくって?」

「ああ、来てたけどまだ開けてないや」

「イツキ殿!」


 とうとうキレた侍女がイツキの耳を掴んでどこかへ引っ張って行った。


「イテェ! 違うんだ、リリアが勉強から逃げ出して! イテェって、許してくれ!」


 ローズはふうとため息をつく。


「リリーあなたお勉強をサボったの?」

「ごめんなさい」


 眉をひそめて尋ねると、リリアはしゅんとしたようにうなだれて謝った。


「リリー、十五になったらあなたも学園に行くのでしょう? あそこは社交の場としての役割が大きいとは言え、我がグリーンガーデン公爵家として、あまり悪い成績だと立場的な問題もあるわ。あなたが周囲から孤立してしまわないか姉は心配です。勉強が嫌ならあなたは学園に入らなくてもいいのよ?」

「わ、私、勉強も頑張る! お姉様と一緒にあの学園で生活するのが夢だったの! でも今日はお姉様の制服が届いたって聞いて……」


 言葉を交わしているうちに感情が高まったのか、リリアの目に涙が溜まっている。

 ローズはその涙を指でそっと拭った。


「ありがとう。そんなふうに慕ってもらえるのはとても嬉しいわ。わたくし、あなたにとって優しい姉では決してないでしょうに」

「そんな、お姉様は当主になるのだもの、厳しいのは当然よ! むしろ怒っているときのお姉様が最高に美しいまであるわ!」


 落ち込んでいた状態からすぐさま復活して、ぴょんぴょん飛び跳ねながらリリアは興奮したように姉を称賛する。


「そんな風に言ってはだめよ。まだ当主が誰になるのかは決まってないのだから」

「お姉様しかいないわよ。そりゃあピアニー殿下は王子様だけど、当主ならお姉様だわ」


 妹の無邪気で大きな期待を受けて、ローズは苦笑いをしながらリリアの頭を撫でた。


「さあ、気が済んだでしょう。お勉強に戻りなさい」

「はーい!」


 もしかすると自分も含めて誰も彼もが妹を甘やかし過ぎたのかもしれない。

 ローズは少し困ったようにその後姿を見送ったのだった。

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