日本の通貨単位。
「アイドルにならないか」
隣を歩いている親友がスカウトされた。二つ返事で承諾し、彼女は聞いたことのない小さな事務所にてアイドル活動を始めた。
私は見向きもされなかった。当然だ。私はアイドルが嫌いだから。
私の将来性のなさを見通して声を掛けなかったスカウトマンは多分敏腕だろう。見境なく女の子に声を掛けているわけではないということが分かって、ほんの少し、それこそ放置されている水槽にこびりつくアオコの一粒くらいには尊敬した。
アイドル。
よく出来た人間から降ってきたものを適当なフィルターにかけて垂れ流す商売。
未熟を晒して媚びを売って同情を得る職業。
二酸化炭素。
他人の国境に我が物顔で踏み込んでくる、国際法知らず。
大嫌いだ。
親友は典型的な八方美人。言い換えれば、どんな人にも好かれる術を持っているということ。
学校では、人気を獲得してスクールカーストの上位に君臨するためにやるべきことをやっている。成績も優秀な方。部活には所属していないものの、学校でも生徒教師問わず人気がある。
正直私の身の丈に合わない親友だと思うが……私が親友の最低な面に惹かれたのと同じく、親友も私の最低な面に惹かれたんだろう。多分。
まあ、とにかく、親友の八方美人な面は多分アイドル向けなんだろう。アイドルには媚びを売る能力が必要だろうから。
それに、動機はさておいて努力をする能力もあるし、本人の生まれ持った才能自体もないわけじゃないと思う。
とはいえ、正直親友が成功するのかどうかは半信半疑だった。事務所は無名。アイドルという職業への悪いイメージ。
そもそも、成功するのは一握り。実力だけでなく運も絡む世界だろうことは想像がつく。たとえ親友が圧倒的な才能を持っていても、巨大な事務所で活動することになったとしても……私は半信半疑だったと思う。
でも、親友は成功した。
愛嬌の良さはそのままに、眠っていた歌の才能を見出されたらしい。
……まあ、それこそ大成功というわけじゃないが。ゴールデンタイムに頻繁に顔を見せるようなスターではないが。それでもそれなりに仕事をこなしていて、CDも出していて、それなりに売れているようで。その証拠に、私が一人で下校することも多くなってきた。
あの二酸化炭素ともアイドルとしての面識が出来たらしく、今度新人アイドルの祭典とかいうイベントで対決することになったとか、なってないとか……そんな話を聞いた。
浅く広くではなく、深く狭く。興味を持ってくれる観客に一点集中して、歌で訴えかける。流行次第なら他のユニットに絶望を与えられる。保険で雑誌も買っておかなければ……などと、意味不明な意気込みがLINEで届いていた。
ああ、親友も『染まっちゃったんだな』と。
寂しくなった。
「4000円お預かりします」
二酸化炭素を目いっぱい取り入れる羽目になってしまった、あの小さなCDショップに私はいた。
私は、私の人生中の二時間を金に換えて親友の所属するユニットのCDを買っていた。そんなのは私のキャラじゃないが、まあ、親友の挑戦だ。応援できるのなら少しくらい応援してやっても構わないだろう。少しは、心外だが。
そして、これは非常に、非常に心外だが。
追加で二時間金に換えて、二酸化炭素のユニットのCDも私の手の中に。
あの時私の瞳から飛び込んできて、肺の中にてこびりついた血液が未だに凝固している。
吐き出すべきものが、私の一部としてしぶとく残り続けている。
ああ。だから。アイドルは。
私の平穏な日常を変えてしまうアイドルという存在は。
近くを遠くにされてしまう、アイドルという存在は。
遠くを近くにされた、アイドルという存在は。
「……大嫌いだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます