閑話 1 エリスさんの場合

 音も無い。


 明るいのか暗いのか。


 意識があるのか無いのか。


 自我があるのか無いのか。


 何もない。


 私は生み出創造された。だから、私が私を認識する前の事は覚えていない。


 主神様より名前を与えられた。私の名前な「エリス」というらしい。


 主神様と分かっているのも、姿は見えないが此処に確かに存在する事も、何もかも当然の様に知っている。それは私の魂に刻み込まれているかのように。


 一般的な知識。この場合の知識は、私が担当するモノの世界の知識となる。

 私は地球という場所の、日本という地域の一般的な情報を知識として、当然の様に

得たのだ。どうやら、男性の様だ。日本人。

 この人間に関連する情報を、私は知っている。いえ、知っていた。そこに何の疑問もない。そういうものなのだ。


 私達・・は、それぞれユニークな存在らしく、同じモノ・・は存在しない。性格も私が私を認識した瞬間には決まっている。

 外見、容姿も私が担当するモノの思考の中から抜粋されて決定される。らしい。


 私の自分の外見に何の興味も無い。ただ、これが日本という地域の中では優れている。という認識はある。それは知っている。


 しかし


「何なんでしょう。この、布を巻き付けただけの格好は…。」


 私の知識の中には、裸体でエプロンのみを着用したり、本来服で隠す場所を敢えて露出し、逆に必要の無い部位を服にする『逆バニースーツ』なんてものもあった。


 理解するのは難しいが、そこに大した興味はない。ただ、そういった意味不明な恰好では無いだけ、まだマシだとは思っていた。服装に興味はないが、無意味に自分の体を見られて喜ぶ趣味は無い。むしろ不快だと感じた。


 薄い布ではあるが、自分の局部…所謂、大事な所はしっかりと覆えている。


「まぁ、ギリギリ及第点。でしょうか。」


 誰にともなく、独り言を呟いた。


「では、そろそろお呼びしましょう。」


 そう言って空中に現れたメニュー画面を操作する。



 暫くして、


 一人の人間が目の前に現れた。転移で呼び出したと表現の方が正しいですが。



「あっ、俺ついに死んだんだな。社会的に。」


「はぁ、会社も遅刻だろうけど、そんな場合じゃないんだろうな。きっと。」


 スーツを着ている人間が何やら独り言を言っている。

 この人間は、どうやら電車の中で致して・・・しまって、意識を失ったと考えているようだ。正直、その状態でこちらに来させて、辺りを汚物で汚されるのも嫌だったので、原因は取り除いてある。戻す事も出来ますが…。


「貴方は死んでませんし、漏らしてもいないですよ?」


「えっ、ごめんなさい。どなたでしょうか。って、これ夢だよねぇ?」


 何故か謝られましたが。そういう趣味の方なのでしょう。気にしても仕方ないですね。

 あ、そういえば私の姿が見えない様になってますね。


 メニューを操作します。これで私の姿を見る事が出来るでしょう。


 すると、人間の方は、ジロジロと私の顔や体をみています。何でしょう…何だか少し。かなり少し…。不快ですね。何故でしょう。


「この外見は、貴方の願望が反映されています。その方が、受け入れられやすいからなんですけど…。顔と体形はともかく…。この薄いローブはなんですか。スケベなんですか?なんで丈がこんなに短いんですか?太もも半分見えてるじゃないですか。パンチラってやつですか?見えそうで見えないやつが良いみたいな?変態じゃないですか。」


 自分でも良く分からないが、気付くと文句を言っていた。

 あらやだ。私ったら。


「良く分からないですけど、なんかすみません…。」


「別にいいんですけどね。裸でエプロンだの、逆バニースーツだの訳の分からない格好が好きな方もいらっしゃる様ですし。」


 この人間の考えている事というか、心の声が聞こえる気がします。あまり気持ちの良いものでは無いですね。他者の思考というものは。何せ、今聞こえてきたのは「自分が死んだかもって時に、裸エプロンて…。まぁ、無くもないか。」ですから。


 気持ち悪い。


「無しですね。気持ち悪い。」


 あら。私とした事が、どうやら声に出してしまっていました。


「はい、すみません。」


 また謝ってます。


「もし貴方が、頭の飛んでいる趣味の方だったら、お漏らしした後の現実世界に即座にお帰り頂いているところでしたよ?」


 私はここぞとばかりに追い込みをかけた。何故って?それは、自分のやるべき事。この人間を異世界に送る事が今の私の使命ですから。無駄な時間は省きましょう。

 仮にもし拒否されたとしても、それは大した問題ではない。私の役目が終わり…また別の私・・・生まれる創造されるだけ。そこに大した意味はない。そういう風に、この神の領域では決まっているのだから。



「あの、それでここは一体。」


 この人間の言葉で、一瞬の間だけ考え事をしていた事を知る。いけない。さっさと自分の使命を果たさなくては。


 そう、ここから先は効率良く進めましょう。


「ここは所謂ターミナルだと思って頂いて結構です。中間地点ですね。貴方は、偶々違う世界からの召喚によって転移される寸前でした。あちらの世界からしたら、誰でも良いみたいですので、貴方でなければならない理由も無いですし、拒否する事も出来ます。」


 心の声で「思ってたのと違う感」と言っていましたが、私は何か間違えましたか?まぁ、気にしても仕方ないですが。


「まずは、ご本人の意思を確認して、同意が得られればあちらの世界にお送りする。といった流れになります。」

「そういえば、貴方のお名前をお聞きしていませんでした。ちなみに私はエリスと呼ばれています。」


 自己紹介しても、直ぐに関係なくなるのに。とは思いましたが、ここは一応作法として名前をお聞きしましょう。そもそも、この人間の名前は知っていますが。しかしそれでは不審がられても面倒ですしね。


「あ、はい。高橋 光(ひかる)と申します。宜しくお願いいたします。」


 最早条件反射でしょうか。名乗った後に頭下げてましたね。こういうのは、礼儀正しいというのでしょうか。


「はい、高橋さんですね。どうなさいますか?行きますか?戻りますか?」


「そんな興味なさそうにしないで下さいよ!」


「失礼しました。興味はないです。」


 あら、また私ったら。ついつい本音が。


「エリスさん。質問よろしいでしょうか?」


 高橋さん・・・・は手を挙げてそう言った。


「はい、答えられる範囲であれば。」


 質問があるそうです。お答えするのも、私の使命でしょうか。


「えーっと、まず違う世界に行く場合ですが、使命とかあったりするんですか?魔王を倒して欲しいとか。あと、何か特典みたいなものは頂けますか?例えばチートとか。」


 はい?この人は何を言っていらっしゃるんでしょう。魔王?チート?創作物の見過ぎなのでは?


「魔王ですか?なにそれ、美味しいの?チート?ふふ、有る訳ないじゃないですか。」


 ここはやはり、現実をお教えしなくてはと思い、出来る限る笑顔を装ってお答えしました。私って、意外と優しいのですよ。


「あはは・・・、まじっすか・・・。」


 どうやらご理解頂けた様で何よりです。


「ちなみにですが、断った場合どうなります?」


「はい、現実に戻られた場合ですが、電車内で漏らした瞬間に意識をお戻しいたします。ここでの記憶は一切残りませんのでご安心ください。」


 これも不安を与えない様に出来る限りの笑顔でお答えしました。


「これ、軽く脅迫の類ですよね・・・?」


 脅迫?言っている意味が分かりませんね。ここは、真実をお話ししましょう。


「高橋さん。そう感じられるのは無理もありませんが、先程までいた現実?の状況は極めて危険だったと推測いたします。社会的な死をとるか、あちらの世界に行って物理的に死ぬかですよ。」


「どっちも死ぬんですね!?本音出ましたよね?!」


 本音というよりか、真実なんですが。


「質問なんですが、こちらの現実の世界に何か思い入れとか御座います?待っている方がいらっしゃるとか。何かを成し遂げる使命があるとか。」

「それに、あちらの世界では、運よく生き延びれるかも知れませんし。もっとも、行ったきりでは無いみたいですが。」

「それとですね、チートは授けることは出来ませんが、あちらの世界をお選び頂けるなら、現実世界の腹痛を消しますよ?これは、高橋様だけの特典ですから、他言無用でお願いしますね。」


 腹痛は既に消しているので、また元に戻すのは面倒だな。なんて思っていませんよ?まぁ、特別に腹痛の原因を消したのは事実ですけど。人間の汚物で汚れるのは嫌ですからね。



「分かりました。行かせていただきます。異世界。」


 どうやら行ってくれるみたいです。


「分かりました。では、早速手続きを致しますね。」


 それでは早速手続きしてしまいましょう。

 メニュー画面で必要事項を入力し、決定。


「手続きは完了いたしました。」


「はい、有難うございます。」


 高橋さんは、また頭をさげた。変な人。


「では、何か言い残す事はありますか?」


「いや!言い方!死刑じゃないんだから!」


 死刑?何で私が直々に手を下さなくてはならないのですか。可笑しな事を言う人ですね。しかし、これで私の使命が終わると思うと、知らず知らずの内に笑顔になっていたみたい。


「では、何もない様ですので送りますね。」


「うわー、完全にスルーだよ。この人。」


 何か言ってますが、気にしません。やっと終わりです。


 しかしこの時気付いてしまったのです。高橋さんとのリンクをしていない事に!

 リンクは直接体の何処かに接続しなくては…。どうしようかしら…。これは…誤魔化すしかありませんね。

 一瞬で決断すると、あとは実行するのみ。


「行ってらっしゃい。気を付けてね。」


 そう言って私は高橋さんをそっと抱きしめた……様に見せかけて、高橋さんから見えない首の後ろにリンクを繋いだのだった。

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