第5話

 いやぁ、ほんとにやっちまいましたよ。完全に寝てました。

 警戒心?そんな言葉は俺の頭の中には無かったのですよ。


「…これは…、…まいったな…。ははっ…。」


 どうしてこうなったと言えば、完全に自分のせいなのだけれども。


 今、俺から10m位の距離に『大きい狼』みたいな灰色の生き物がこっちをみて牙をむき出しにしているんです。しかも7匹も。

 流石にこれは死亡フラグですよ。前向きに考えて……うん、死亡だね!


 咄嗟にキツネさんを抱きかかえて、イチかバチか木に登ろうかとも考えたけど、怖くて体が動かない。


「キツネさんだけでも逃げな。」


 そう言って、胡坐の上から地面にそっと下ろそうとした。


「ンキューッ!」


 キツネさんは俺の手をするりと抜けて地面に降りた。前後に体を伸ばし、首をフルフル回し、大きい狼の方に向いた。


 すると今にも飛び掛かって来そうだった『大きい狼』達は、後ろ足を曲げてその場でお座りした。


「フンスッ」


 キツネさんが息を吐く?音が聞こえた。キツネさんがフワフワな尻尾を揺らしている。

 何?この光景。


「おい、人間。お前はどこからきた。」


 お座りを止めて前に出てきた狼さんが…はい、喋りました。低いお声です。怖いです。異世界です。


「えっと、ここでは無い事は確かですね。」


「そんな分かっているのだ。その首、噛み千切ってやろうか?」


 あー、ヤの付く職業の方だよ。脅されてますよ。


「はい、すみません。日本ってわかりますか?」


 これで日本を知ってたら、逆に凄いとは思う。


「フン!知らんな!」


 ですよねー。そらそーですよねー。


「東の方にあるんですよ。でも、ここへどうやって来たか覚えていなくて。」


 酷く曖昧だけど、まぁ嘘ではないしね。


「で、貴様はどこへ行くのか。」


 どこへ行くのか。むしろ俺の方が知りたいんですけども…。そもそも此処は何処なんでしょうか。


「えっと、とりあえず近くの町まで行こうかと思ってます。この辺りに町や村はありますか?」


 咄嗟にそう言った。


「まちやむら?それは一体なんだ。」


 喋る狼さんには伝わらなかった様だ。


「人が沢山住んでいる場所ですね。」


「ああ、それならここから西に進んで。そうだな、人間の足なら歩き続けて2日もすればたどり着く場所にあるな。」


「2日ですか…。」


 軽く絶望した。何の装備も無い状態で、しかも野宿で2日歩き続ける?いや、無理だって。レンジャーでもなきゃ無理だって。サバイバルの知識もないのに。

 これは、やっぱり絶対に罰ゲームか、俺への嫌がらせなんじゃないかと思う。


「まぁ、他のに襲われなければ。の話だがな。」


 そうなんだよ。それそれ。絶対他の獣に襲われるって。んで、この狼が鼻で笑った様な気がして、少し腹立つな。言わないけど。


「ですよね。まぁ。とりあえず歩いてみますよ。西ってどっちですか?」


 狼さんは、首を西の方向に向けて、鼻でクイって示した。あっちだ。みたいな。

 何こいつ、ホントむかつくな。


 言わないけど。


「有難うございます。それじゃ、行きますんで。」


 もうその場から逃げたかったってのもあるし、狼がすげえ嫌な感じがしたので、立ち上がって歩いて行こうとした。もう怖いと言うよりも、嫌味な取引先の担当の事を思い出してしまった。


「クー?」


 キツネさんが此方に振り向いて、小首をかしげてる。あざと可愛い。

 そうそう、キツネさんを忘れてた。この狼達はキツネさんと仲間?みたいだし、多分放っておいても大丈夫なんだろう。そんな気がした。


「よしよし、元気でな。」


 しゃがんでキツネさんの頭をナデナデした。


 いや、撫でてる間ずっと牙をむき出しにして威嚇してるんですけど。狼さん達。


「なんか怒ってるから、そろそろ行くよ。じゃあな。」


 立ち上がり、西に向かって進む事にした。

 何となく見上げた空が青かった。雲が一つも無いから、ヤケに空が高く感じる。暑くもなく寒くもなく。季節も分からないけど、この草原を見てると春っぽいとか、何の確信もなく思ったり。スマホをエリスさんに渡しちゃったから、時間も分からないし。まぁ、そもそも1日が24時間なのか?


「って、気にしても仕方ないか。」


 自嘲気味に呟く事しかできない。ただ、人が住んでいる(ハズ?)場所に向けて、歩いていく。


 暫く進んで、まぁ、周りを警戒していなかった訳だけども。背中に強い衝撃を受けて俺は地面に叩き付けられる様にして転がった。


 余りの衝撃に、一瞬呼吸が出来なかった。


「っ!痛てぇ…。」


 そして視界に入ったのは、さっきの狼さん達だった。


「え、ちょっとまっ」


 言い終わらない内に、もう一度ぶつかってきた。


「がはっ!」


 もうね、何が何だか。段々と薄れていく意識の最後に見たのは、狼が口を大きく開けて、俺に噛みつく所だった。













☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 顔を舐められている感触がする。そう。激しくデジャブ。さっきの一連の流れをやり直すのかと思ったよ。だって、目を開けると、キツネさんが俺の顔をペロリンしていらっしゃる。

 とりあえず、まだ死んではいない様だ。

 さっきと違うことと言えば、俺が仰向けに倒れている事と、キツネさん越しに狼達が居る事かな。


「起きた!起きたからストップ!」


 慌てて上半身を起こし、顔を拭う。


「痛って!」


 全身に激痛が走る。所謂、全身打撲。軽く車に撥ねられた位の衝撃だったんじゃないだろうか。そう、つまりさっきのは夢じゃない。


「ふん、感謝しろ。人間。」


 感じの悪い狼が前に出てきてそう言った。絶対ぶつかって来て、噛みついたのこいつだわ。確信した。


「言ってる意味が分からないんだけど…。」


 狼はあっちを見ろ。とばかりにまた鼻で示した。


 俺は振り返ると、息をのんだ。

 もう大きさは計り知れないけれど、城壁っていうのか、とにかく高い壁が遠くまで続いていた。町?いやいや、これは街ですよ。というか、城下町なんじゃないの?だってほら、真ん中の奥に城みたいなの見えるよ?!


「今回は特別だ。二度はない。」


「お、おぅ。」


 咄嗟に言葉が出てこなかった。つまり、この狼が俺を咥えて歩いて2日掛かるところを、俺の意識が戻る間に連れてきてくれたって事。理解が追い付かない。


「さらばだ、人間。」


 狼達は街とは反対方向に歩き出した。


 キツネさんは、俺によじ登り、鼻を擦りつけていた。


「良く分からないけど、キツネさんもありがとな?」


 気が済んだのか、俺から飛び降り狼達の元へ歩いて行った。一度振り返りながら尻尾を揺らすと、すぅっと姿が消えていった。


「消えた?」


 とりあえず立ち上がろうとした時だった。


「お前は何者だ!」

「どこから来た!」

「魔物の仲間か!」


 そうです。街に入る城門を警備していた兵士みたいな人たちに囲まれていました。


「はは、こんにちわ…。」



 というわけで、あれよあれよという間に、連れられ、現在檻の中にいます。

 そうです。所謂。地下牢です。とりあえずブチ込まれました。


「さっきの魔物たちは一体なんだ!お前とはどういう関係だ!」


 これですよ。こっちが聞きたい事なのに、答えようが無いっての。


「ですから、何度も言ってますが、俺にも分からないんですって!ただ、咥えられて連れてこられたんですって!」


 この繰り返し。


 で、現在怪しさMAXの為投獄されております。会話にもなりません。冤罪ってこうやって起きるんだろうな。なんて思います。決めつけた上で話して来るから、相手が思っている事以外は全て虚として扱われてしまう。

 

 昔、会社の先輩に「お前の言葉は全く響かない」とか言われた事あるけど、あれだって、先輩の思い込みの部分が前提で全て決めつけていたから、そりゃ俺の言葉なんか響く訳ないよね。

 自分が正しいと勘違いしてしまっている人には、それこそ何も響かないよ。


 何か、嫌な思い出が蘇ってきてしまったな。どこの世界にも居るんだな。こういう人。まぁ、ここの兵士さんに関して言えば、それがお仕事だし間違って無いんだけどね。


 

 ぼんやり壁に寄り掛かって牢屋を観察する。

 鉄格子って、ホントにあるんですね。壁もご丁寧に石造りですよ。ひんやりしていて、気持ちがいいですね。トイレは無いみたいです。何か、壁際に溝があって、酷い匂いがします。これ、多分トイレですわ。


 思えば、外敵の心配もなく落ち着いたのって、異世界こっちに来て初めてなんじゃないかな。地下牢が落ち着くって変な感じだけど。 


 「帰りたいなぁ。」


 そう呟いていた。

 異世界って、もっとこう自由に冒険したり、魔法使ったり、魔物と戦ったり。あ、でもさっきのキツネさんとは戦えないな。魔物って言われてたけど、狼達も一応ここに連れて来てくれた訳だし。


 何だかなぁ。




 そう思っていると、目の前にチラチラと画像みたいなモノが見えた。

 はっきりとは見えない。けど、『はい』『いいえ』とも読める。


「これ、タッチパネルっぽい。」

 

 そう、空中に浮かんで見える画像。スクリーンがそこに在るかの様に、文字が浮かび上がっている。VRの世界とか、ゲームの世界に登場するアレだ。


 しかも、何が『はい』と『いいえ』なのか、これは怖すぎる。


 本当に空中に浮かんでるのか確かめようと、タッチパネルに手を通して見た。 


 ピーン


 「あっ」


 指先が『はい』に触れてしまったらしく、『いいえ』の選択肢が消え『はい』の文字だけが光っていた。


 そして穴に落ちたのか、空を飛んでいるのか、よく分からない浮遊感に似た気持ちの悪い感じを一瞬味わうと視界がホワイトアウトした。


 視界に色が戻った時、そこは自分の家の玄関だった。



 


 

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