第2話
俺は今、頭の中が真っ白になりかけている。油断したら意識を持っていかれる。毎度毎度、ホントに勘弁してほしい。
それに、今日はいつもより強敵みたいだ。これはいよいよ駄目かも知れない。
自分の精神力を頼りに腹から来る激痛と戦っていた。
そして、ついには意識が飛んだ。
真っ白になった意識の中、まるで夢の中にいるようだった。ただただ白い場所。空も壁も床さえも見えない。そんな場所。天国かな?
「あっ、俺ついに死んだんだな。社会的に。」
夢の中で独り言なんて変な感じだけど、不思議と落ち着いていた。
というのも、さっきまでの腹痛が無いのだ。これはもう、致してしまったと思っていいだろう。諦めの境地である。
「はぁ、会社も遅刻だろうけど、そんな場合じゃないんだろうな。きっと。」
どうせ夢だし、考えても仕方ないし、悩むのを止めた時だった。
「貴方は死んでませんし、漏らしてもいないですよ?」
女性の声が聞こえた。
何より「漏らしていない」の言葉に反応してしまった。
「えっ、ごめんなさい。どなたでしょうか。って、これ夢だよねぇ?」
最初に謝ってしまうのは、社畜の悪い癖かもしれない。そして、夢の中に聞き覚えの無い声が聞こえた事に驚く。
段々と靄が消えていく様に、目の前に一人の女性が現れた。
身長は155cm位。透き通る様なって言葉がしっくりくる程綺麗な肌。輝くような金色の長い髪を腰まで伸ばし、白いローブの様な薄い何かを纏ったお姉さんだった。その何かが薄いもんだから、体のラインが際立っちゃってる。それになんで裸足??足ながっ!
一瞬でそんなことを思考して、改めて女性の顔を見る。
何かの雑誌かな。あ、ゲームか。で見たようなお顔だった。なんていうか、超可愛い。うん。好き。
「この外見は、貴方の願望が反映されています。その方が、受け入れられやすいからなんですけど…。顔と体形はともかく…。この薄いローブはなんですか。スケベなんですか?なんで丈がこんなに短いんですか?太もも半分見えてるじゃないですか。パンチラってやつですか?見えそうで見えないやつが良いみたいな?変態じゃないですか。」
その女性は俺の心を読んでいたかの様に、淡々と文句を放ってきた。いや、心の声は丸聞こえだった。
えー、なんで怒られてるの?俺が悪いの?でも確かに好みです。はい。
「良く分からないですけど、なんかすみません…。」
「別にいいんですけどね。裸でエプロンだの、逆バニースーツだの訳の分からない格好が好きな方もいらっしゃる様ですし。」
俺の場合は、自分が死んで(社会的に)所謂天国に来た。みたいな感じだったから、女性の声が聞こえた時に半分天使みたいな姿を先入観で想像したんだと思う。
というか、この状況(天国みたいな場所)でそこまでエロイ事を想像出来るのは、普段から飛んじゃってる方々でしょうよ。自分が死んだかもって時に、裸エプロンて…。まぁ、無くもないか。
「無しですね。気持ち悪い。」
筒抜けでした。本当に有難うございました。
「はい、すみません。」
何故俺が謝っているのかはさておき、状況を整理した方がいいかな。なんてちょっと真面目に考えてみた。
「もし貴方が、頭の飛んでいる趣味の方だったら、お漏らしした後の現実世界に即座にお帰り頂いているところでしたよ?」
何て恐ろしい事を笑顔で仰るもんだから、こちらは気が気ではないよね。まじで、そんな考えを持たなかった俺を褒めたい。
「あの、それでここは一体。」
「ここは所謂ターミナルだと思って頂いて結構です。中間地点ですね。貴方は、偶々違う世界からの召喚によって転移される寸前でした。あちらの世界からしたら、誰でも良いみたいですので、貴方でなければならない理由も無いですし、拒否する事も出来ます。」
異世界!って聞いてテンション上がって、お前じゃなくてもいい。っていわれてテンション下がる。なんですか、この「思ってたのと違う感」は。
「まずは、ご本人の意思を確認して、同意が得られればあちらの世界にお送りする。といった流れになります。」
え、急に事務的になったんですけど。おねぇさん。
「そういえば、貴方のお名前をお聞きしていませんでした。ちなみに私はエリスと呼ばれています。」
「あ、はい。高橋 光(ひかる)と申します。宜しくお願いいたします。」
条件反射で、名乗った後にペコリと頭下げてしまった。
「はい、高橋さんですね。どうなさいますか?行きますか?戻りますか?」
「そんな興味なさそうにしないで下さいよ!」
「失礼しました。興味はないです。」
笑顔だよ。この人笑顔で即答したよ。そりゃさ?薄いローブで体のライン見えてるとか想像した俺が悪いのかもしれないけど、あんまりだよ。
「エリスさん。質問よろしいでしょうか?」
「はい、答えられる範囲であれば。」
「えーっと、まず違う世界に行く場合ですが、使命とかあったりするんですか?魔王を倒して欲しいとか。あと、何か特典みたいなものは頂けますか?例えばチートとか。」
そう、異世界と言えばチートですよ。力が無ければまず生き残れないでしょう。異世界では異端とされるその力で、やりたい放題俺TUEEEEEをしてみたい!そもそも、現実であってもお金が無ければ生きていけない。それなのに知らない世界に行って裸一貫で始めるのは、少し無理があると思うんだよね。
「魔王ですか?なにそれ、美味しいの?チート?ふふ、有る訳ないじゃないですか。」
これ以上ない位の爽やかな笑顔ですよ、このお姉さん!まじですか。え、まじですか?絶対この人、俺の事嫌いだよね!それか、ホントに事務的に早く終わらせたいか!つーか、魔王居ないの?!何で召喚されてんの?!
「あはは・・・、まじっすか・・・。」
何とか声に出せたのはこれだけだった。
「ちなみにですが、断った場合どうなります?」
そう、異世界に希望が持てなそうだから聞いてみたんだ。
「はい、現実に戻られた場合ですが、電車内で漏らした瞬間に意識をお戻しいたします。ここでの記憶は一切残りませんのでご安心ください。」
最後にっこり微笑むなって!全然安心できない!
ん?これ、必然的に断れなくないか?そんな瞬間に戻れないぞ?!
「これ、軽く脅迫の類ですよね・・・?」
恐る恐る口にした。
「高橋さん。そう感じられるのは無理もありませんが、先程までいた現実?の状況は極めて危険だったと推測いたします。社会的な死をとるか、あちらの世界に行って物理的に死ぬかですよ。」
「どっちも死ぬんですね!?本音出ましたよね?!」
「質問なんですが、こちらの現実の世界に何か思い入れとか御座います?待っている方がいらっしゃるとか。何かを成し遂げる使命があるとか。」
そんなもん、無いですよ!確かに、現実世界なんてクソゲー。とか思って日々生きてますよ?やりたい事なんか無いし。仕事だって、どうしてもやりたい仕事ではないし。なんでこんなに毎日ストレス抱えて生きてかなきゃならないんだ!とか思ってますよ。
「それに、あちらの世界では、運よく生き延びれるかも知れませんし。もっとも、行ったきりでは無いみたいですが。」
しかも最後何て言った?行ったきりではない?
「それとですね、チートは授けることは出来ませんが、あちらの世界をお選び頂けるなら、現実世界の腹痛を消しますよ?これは、高橋様だけの特典ですから、他言無用でお願いしますね。」
畳掛けてきたよ。しかも、ウインクしながら。可愛いじゃないか!くそう!
この「貴方だけの特典」はずるい。他の人と比べようも無いし、何より嫌な気はしないし、やり手の営業だよ、まったく!
「分かりました。行かせていただきます。異世界。」
そう、俺の答えはこれ以外に出てこなかった。
「分かりました。では、早速手続きを致しますね。」
エリスさんや。まじで事務的なの止めて頂けないでしょうか。情緒も何もあったもんじゃないっす…。
エリスさんは、空中にタッチパネルでもあるかの様に、指をスライドさせていた。
「手続きは完了いたしました。」
作業していた?手を下ろし、俺の方に視線を向けた。
「はい、有難うございます。」
何となく頭を下げた。それと同時位だった。
「では、何か言い残す事はありますか?」
「いや!言い方!死刑じゃないんだから!」
何、その最後の言葉みたいなの。しかも、笑顔なんだよ。サイコパスかよ…まじこの人怖い。可愛いけど。
「では、何もない様ですので送りますね。」
「うわー、完全にスルーだよ。この人。」
何を言っても無駄だと悟った俺は、ほんのり苦笑いをした。
「行ってらっしゃい。気を付けてね。」
予想外過ぎて思考が飛んだ気がした。だって、優しい言葉喋ったよ?それだけじゃない。気が付くとエリスさんは目の前にいて、俺を抱きしめていたんだ。
そして、徐々に意識が白い世界に溶けていった。
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