第7話 要塞竜ホロウタイラント(後)

 湾曲した二本の牙がはみ出す口元、露出した部位を保護する鱗の一枚一枚が大盾の如き巨大さを誇る…まさに弩級の怪物。


 幾本もの棘が生えた立派な甲羅を背負い、ソイツは此方を睨みつけていた。


 要塞竜ホロウタイラント。


 魔力に富む森林部を好み、普段はその特徴的な牙を用いて地中深くに潜り甲羅だけを地表に出している。


 甲羅に共生している魔族系統に属する植物、集胞魔草マナチャプラントから供給される魔力を体内に蓄えて行き、数百年に一度貯蓄する魔力が限界値に近付くとホロウタイラントは地表へと姿を現し、全身の巨大化もとい急激な成長を始める。


 その際、体から分離されている甲羅を一度自ら破壊し再構成するのだが…甲羅がなくなる事で本能的に危機を感じるのか、この時期のホロウタイラントは非常に凶暴化し近付く者のみならず、なりふり構わず近隣の生き物を攻撃する習性がある。


 現在地表に出ているコイツは未だに甲羅を背負い続けているが恐らくは、急成長の時期が近付いてきた為こうして暴れているのだろう。


 ホロウタイラントはその巨体故、一度暴れ出すと周囲に及ぶ被害も半端ではない。


 その為、普段は人も動物も襲わず大人しい竜であっても一度暴走状態に入ってしまえば討伐の対象となるのだ。


 俺は炎竜のナイフを素早く乱舞し、無数の飛刀を竜へと放つ。


 迫りし斬撃を竜力にて創り出した岩の柱で防いだホロウタイラントの目に、闘志の火が灯った。


 生命の危機を感じた事で、俺を最優先に排除すべき敵として認識したらしい。


「ブォォォォォォッ! 」


 雄叫びと共に、ホロウタイラントは溜めに溜めた魔力の一部を放出し天高く舞い上がった。


 跳躍の衝撃で大地は沈み込み、見上げた空が遠のいていった。


(なるほど……こいつはマズいな)


 自らの武器、その小山ほどもある巨体を最大限に生かした文字通りの必殺技。


 奴はボディプレスにてこの勝負の決着を早々につけようとしていた。


 俺の防御を持ってすれば、あの巨体からくる一撃も耐え切れるろうが。


 アイツの体の下に埋まり身動きが取れなくなれば、此方からの攻撃が非常に困難になる。


(滞空時間が仇となったな…)


 胸あてに手をあて、全身に闘気を巡らせる。


 太陽の光がホロウタイラントの巨体に遮られ…それから間もなく。


 要塞竜は轟音を響かせながら着地した。


 その威力たるや凄まじく、着地点はまるでパラマジャラの森からくり抜かれたように地下深くまで陥没してしまっている。


 そんな状況を、俺は”竜の甲羅に乗りながら”分析する。


 奴のボディプレスを切り抜け、さらに反撃に有利なホロウタイラントよりも高所を位置どるという難題。


 それを可能にしたのが防御の極意、離脱の心域リミットオブ・テリトリー


 世界から自分を切り離すこの戦技。


 使いどころを間違えなければ今のように攻撃を完全に無効化出来るが…勿論、問題点もあり。


 この戦技の使用中はその場から一切動けない為、ホロウタイラントに接近する時のように絶え間なく攻撃が行われていた場合に使えば逆に手詰まりな状況に陥ってしまう危険性がある。


 この一戦、攻撃の前後に大きな隙が生じるボディプレスを選択した事がホロウタイラントと俺の明暗を分けた。


「集え」


 ボディプレスの衝撃で打ち上げられた、土砂に告げる。


 滞空する無数の砂粒…石のつぶてが俺の言葉に応じ引き寄せ合い、空中に次々と巨大な塊をつくりあげていく。


 数百個にも及ぶ巨大な土砂の塊を片腕で制御し、魔力で瞬間的に硬質化させれば。


 ホロウタイラントの甲羅…その一点に目掛けて一気に振り落とす。


 さながら、即席のメテオといった風か。


(…いや、これをメテオと言ってしまえば本職の者達に怒られそうだな)


 昔から爺さんが口癖のように言っていた多才であれという言葉。


 自らのジョブに不要な鍛錬であれ、その手を抜く事無く。


 器用貧乏も、さらに磨けば万能と化す。


 自身の実力を顧みて、未だ万能とは程遠いと思うが常だが…馬鹿みたいにどん欲に、そして雑食に齧ってきた雑多な技法も、こうして役立つ場面はあるのだと改めて実感する。


 一点集中。


 絶え間なく降り注ぐ土砂の塊が、甲羅に生え立つ棘をへし折り…甲羅そのものにも徐々に罅を入れ始める。


「グォォォォォッ! 」


 異常を察知し、悲鳴を上げて体を揺らす竜であったが…もう遅い。


 俺は甲羅に生じた亀裂を見据え、背中から取り出した大剣を一思いに突き立てた。


 バキリ、と。


 食い込ませた大剣が、甲羅を軋ませ…鉄壁の要塞を無理矢理こじ開けていく。


 ホロウタイラントの抵抗も激しさを増し、なんとか俺を振り落とそうと体を激しく揺すり続けるが。


 甲羅の上を陣取られた事で、自傷のリスクから竜力を用いた反撃を行えない奴に…もう勝機は残されていなかった。


 そしてついに、最後の砦たる甲羅が砕け散る。


 甲羅の内部…鱗の生えぬ柔肌が露出すると、先程までの激しい抵抗が嘘のように竜はピタリと静まり返った。


(…終いにしよう)


 血飛沫を上げ、柔肌を貫いた大剣に魔力を巡らせる。


 大剣の刀身に刻まれた刻印が紅く発光し、放たれる閃光がホロウタイラントの体内を一直線に撃ち抜いた。


 くぐもった竜の鳴き声が、この戦いの終幕を意味し。


 心臓を撃ち抜かれた事で息絶えた竜の体から、ゆっくりと大剣を引き抜いた。


 狩りの後、ふいに訪れるこの静寂。


 その静けさが…どうも苦手な俺は、剣を背中に戻し。


「……さてと、コイツはどう捌いたもんか」


 そう一人、ごちるのだった。




 ◇◆◇




 白薔薇のリリア。


 彼女にとって、男とはその身を着飾る装飾の一種だった。


 長き時間をかけて集めた、顔、実力、共に一流な彼等を周囲に侍らせその輝きを全身に纏えば、要らないと投げ捨てられた小石に過ぎない自分でも輝けている気がした。


 別段、自らの騎士を勤める彼等に対し悪意はない。


 寧ろ、自分の足りない何かを塞いでくれている気がして感謝している程だった。


 人は彼女とその騎士達を見て良からぬ術の類を用いているなどと噂するが、それはあながち間違いでもない。


 リリア、彼女の瞳は人の心に働きかける。


 その者が持つ、足りない何かを刺激するのだ。


 一見、容姿端麗で腕が経ち男であるという事以外は繋がりがなさそうな彼女の騎士達。


 そんな彼等には一つだけ、共通している事があった。


 大切な存在との死別。


 彼等の瞳に、実のところリリアの姿は映っていない。


 二度と会う事が叶わない大切な者の姿…リリアが創る幻を愛しているのだ。


 そんな、何処か歪なリリアと彼等の関係に一人の男…グレイの存在が変化をもたらす。


 華々しい竜狩り、あれよあれよと積み立てていく功績、人々の評価は上がり…そして新たな二つ名がつけられていく。


 そんなグレイの活躍を耳にするうちに、何時からか熱を感じなくなった騎士達の心にじんわりと…暖かい何かが広がり始めた。


 自分は、自分達は何をしている?


 何に蓋をしているのだ?


 それは蓋をして、忘れてしまってもいい記憶なのか?


 騎士達の動き出した思考はゆっくりと、しかし着実に回り始めていた。


 そんな中、ギルド長から下された緊急任務。


 複数のパーティに混じり、リリアと彼女の騎士達もグレイの救出へと赴いた。


 そこで目にしたのは、様変わりしたパラマジャラの森と…そんな景色さえ霞むほどに眩しき夕陽を背に、巨大な竜玉を脇に抱え集まった冒険者達を不思議そうに見つめる竜滅こと…グレイの姿だった。

 

 要塞竜を単独で討伐した…そんな信じられない現実を前にし、リリアの騎士たちは長年忘れていた二つの記憶が呼び覚まされる。


 一つは悲しみの記憶、だが決して目を逸らし忘却してはならない喪失の記憶。


 もう一つ、それはかつて見た憧憬。


 最愛の者と約束した、最高の冒険者になるという想い。


 時を同じく。


 歪んだ愛に包まれて、長き時の間その身を護られていたリリアの心も震えていた。


 彼女は知らない。


 この胸の高鳴りも、この熱き吐息が意味する事も。


 ただ純粋に、されど生まれて初めて。


 彼女は本当の意味で”欲しい”と感じる者に出会った。


 その瞳に映るのは、彼女の魔性の力が届かぬ存在。


 救出に駆けつけた冒険者達に軽く会釈すると、そのまま無言で帰路につくグレイの姿に。


 リリアはほんの少しだけ残された、古の記憶が蘇る。


 幼き自分。


 愛があった両親。


 束の間の幸福。


 最後の贈り物は…そう、絵本だった。


 あらゆる困難を打ち破る英雄と、誰もが愛するお姫様が結ばれる…そんなありふれた物語。


 白薔薇と騎士、止まっていた彼らの時間はこうして動き出した。

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