第8話 七色の芽吹き

 要塞竜の討伐者であるグレイの進言により、彼の欲する一部の素材を剥ぎ取り終わったホロウタイラントの死体はギルド管轄の元。


 ヴァルサフランに属する調査団、及び叡智の学び舎である魔法学院、装備の補強に充てたい騎士団などが共同で引き取る事に決まった。


 当初は素材を金銭に換算し、莫大な報奨金がグレイに支払われる予定だったが。


 世を生きるのに銭が不可欠なのはもっともだが、身分にそぐわぬ大金を一夜にして得てしまっては身を滅ぼしかねない…というグレイの考えを尊重し。


 支払われる筈の金銭からホロウタイラントの後処理に関する諸々の費用として約八割の減額を行い、残りの二割だけが彼に支払われる事に決まった。


 そんなグレイの等級は、A+2等級から此度の活躍が認められ二段階の昇格を果たしS-2等級となり…その名は地元であるヴァルサフランのギルドのみならず、大陸に点在するギルドへもちらほらと流れ始めるのだった。


 知らず知らずのうちに、すっかり有名になってしまったグレイだが。


 相変わらず彼は、被害妄想からくる心の壁…もとい無意味な自己防衛が凄まじく。


 一人で歩く時は基本的に周囲の音を遮断し、無心を心掛けていた。


 等級が上がった事でますます周囲の人々が話し掛けずらくなったグレイ。


 果たして、彼の勘違い…そのネガティブな思考を止める事が出来る人物はこの先現れるのだろうか…?


 さて、話は移り。


 元々は魔鉱集めのついでとして竜を狩っていたこの男。


 魔鉱を詰め込んでいた袋も、今ではぱつんぱつんに膨れ上がっていた。


 そんな弾けんばかりの布袋を背負い。


 ここ最近では唯一彼がまともに会話できる親子…ガルガン氏らが営む工房を、グレイは訪れていた。




 ◇◆◇




「おうおう、グレイか! 久しぶりじゃな! ここんとこ顔を見なかったが…噂によりゃあ、何でもすげぇ事をしでかしたらしいじゃねぇか。 ええ? 」


 魔鉱を詰め込んだ布袋を工房の資材置き場に下ろすと、早速ボコル殿が俺の肩をバシバシと叩きながらアノ話題について口にしてきた。


(くっ…! やはり…。 あの話はここまで広まっていたのか……! )


 恐らく。


 ボコル殿がいっているのは俺がしでかした失態…パラマジャラの森壊滅事件についてだろう。


 思い出すのは数日前。


 パラマジャラの森、その奥地でホロウタイラントを討伐し。


 ちょうど素材回収を終えた頃。


 いつの間にやら、俺の周りには複数のパーティーが集まってきていた。


 周囲を取り囲む冒険者達は皆一様に、真剣なまなざし…というよりは険しい表情で沈黙しており。


 何故取り囲まれているのか皆目見当がつかなかった俺は、自分なりにその理由を分析してみる事にした。


 その結果、俺がホロウタイラントを仕留める為に用いた即席メテオ…あれがマズかったのだという結論に至る。


 思い返せば、あのメテオは一点集中で放ったので大半は要塞竜の甲羅に着弾したが。


 砕けたメテオの破片は周りへと零れ落ち、パラマジャラの森を荒らしてしまっていた。


 ホロウタイラントを仕留める為に多少の被害は仕方がなかったのだと言い訳したい気持ちはあったが、落ち着いた状態で戦略を練り直せばもっとスマートなやり方もあったのではと思えてきた。


 分析を終え。


 周囲の冒険者達から非難の視線ビシバシと感じ取った俺は、森を荒らしてしまった罪悪感に押しつぶされそうになりながらそそくさとその場を後にしたのだ。


 翌日。


 ギルド長から俺は呼び出しをくらい。


 最悪の場合、ギルドからの永久追放もあり得るかもしれんと腹を括って赴いたところ。


 なんと、ギルド長は大海原のように寛大な心で俺の失敗を見て見ぬふりをしてくれただけでなく…元々受注していた依頼、耐火の黒魔木の納品の報酬にホロウタイラントの討伐報酬を上乗せして支払ってくれるというではないか。


 一先ず、永久追放は回避出来そうなので一安心だが。


 森を荒らしておきながら、莫大な額の報酬を手にしてしまえば誰かの反感を買い…何時何処で闇討ちされるか分かったもんじゃない。


 ここは無闇に敵を増やさない為にも、適当な理由をつけてホロウタイラント討伐の報酬は断ろうと思ったのだが…。


 俺の残念なトークスキルでは、竜の後処理費用として八割程の減額で話を通すのが精一杯だった。


(今思い返してみても…。 報酬金を受け取ったあの日は、宿に帰るまで生きた心地がしなかったぜ……)


「ま、まあなんだ…。 その話は置いておいて、一先ずコイツを見てくれ。 取り合えず手近な場所で採掘できる魔鉱は集めてきたんだが…」


 そんなわけで、出来るだけパラマジャラの森での話題は避けたい俺は。


 素早く魔鉱の詰まった袋の口を開き、無理やり話題を切り替えに掛かる。


「カッカッカ! そう照れなくてもよいではないか…っと。 どれどれ…。 ぬぉい!? な、なんじゃあこの量は!? 財宝かなにかか、こりゃあ!? 」


「財宝とはまた…随分と大袈裟だな。 殆どはギルドの預かりどころになってしまうから、袋一杯の量を集めるまでには少し時間がかかってしまったが。 一先ず、これくらいの量があればルルさんの件も進展するかもしれんと思ってな」


「カーッ! お前さんってやつは…本当に…。 恩に着るわい。 おーい! ルル! まだ出てこれんのか~? グレイの奴が顔を見せとるぞ~! 」


「ちょっと、お父さんうるさいー! 今行くから~! 」


「ふん、まったく…。 一丁前に色気づきおってからに」


「……? 」


 どうも取り込み中だったらしいルルさんが暫くして顔を見せた所で、俺達は魔鉱を持って作業場へと場所を移す。


 久方ぶりに再開したルルさんは、なんとなく以前よりも華やかな印象を受けた。


「さてと。 どうじゃルル? 先ずはどいつから試してみるかのぅ? 」


 作業台へズラリと並べられた魔鉱プレートの数々。


 これらは全て、工房に備え付けられた精霊窯に住まう火の精霊が先程拵えたばかりの出来たてほやほやの品だ。


「…………」


 愛用のハンマーを握り。


 その表情を硬くするルルさんは、手近なプレートに狙いを定め勢いよくその槌を振り下ろした。


 ボフン!!


 ハンマーから発せられる気のエネルギーを感じ取ると同時に、爆発音が鳴り…魔鉱プレートは粉末へと姿を変える。


「っ…! お父さん…。 私、やっぱりダメみたい……」


 その後、立て続けにプレートは爆発していき。


 とうとうルルさんはハンマーを手放し、自身には才能が無いのだと悔しそうに唇を咬んだ。


「ま、まだ諦めるのは早いじゃろうて! ほら…まだまだプレートはあるぞい! 再挑戦、再挑戦じゃ! 」


 ボコル殿は努めて明るい声色でそう娘を励ますが、ルルさんの瞳は潤みはじめ…今にも涙が零れ落ちそうだった。


(……もしかすると)


 俺はそっとこの場を離れ、資材置き場へと向かう。


 資材置き場に置かれた、魔鉱を詰めていた袋とは別の…もう一つの大袋。


 ホロウタイラントの素材が詰まったそれを担ぎ、再び作業場へと戻る。


「おお、グレイ! お主からもなんとか言ってやってくれ! きっと、きっとルルでも扱える素材はある筈なんじゃ……! 」


「……その事なんだが」


 袋から取り出したソレをドンッと作業台の中心に乗せる。


「こ、これって……」


「竜玉、じゃと……? 」


 元来、竜玉はそのサイズにより用途は異なるものの。


 そのまま素材を加工せずに、杖や剣…あるいは防具などにはめ込む事が多い。


 しかし。


 竜の体内で長い年月をかけ…竜力と魔力が練り混ざり形成される竜玉は、その成分だけみれば魔鉱に近いともいえる。


 そこで俺は、今でもお世話になっている炎竜のナイフを作成する際…ボコル殿の作業を手伝っていたルルさんが、竜皮を平らに均す際にハンマーを振るっていたが爆発は起きていなかった事を思い出した。


 そこで俺は、彼女の気の力が竜力と特別相性が良いのだろうと予想をつけ。


 竜力が込められた竜玉を用いればルルさんのハンマーにも耐えうるプレートが造れるのでは? と考えたのだ。


「試しに、コイツを精霊窯にくべてみようと思う」


「お、おい……! 幾ら何でもソイツは悪い…! その竜玉、魔装連車の動力に使われてもおかしくねぇサイズじゃねぇか…! 」


「いや、俺は構わない。 問題は窯の精霊がコイツを扱えるかなんだが…」


 視線を向ければ、小さな人型の炎が「任せろ」と胸を叩いた気がした。


「まあ、一種の実験だと思って試してみようぜ…そい」


「あっ…グレイさん! 」


「本当に投げ入れちまったのか…!? 」




 独特の光沢を持った、竜玉を用いたプレートが作業台へと置かれた。


 あの窯の中で、一体どのようにしてプレートが造られているかは謎だが…精霊はしっかりと任された仕事を果たしたようだ。


「……いきます」


 すでに心が折れかけているルルさんは…ハンマーを握り、力なくそう呟いた。


 俺とボコル殿が固唾を飲んで見守る中、ついに彼女のハンマーが気を纏いながら振り下ろされる。


 キーン!


 明らかに先程までとは異なる音色が、作業場に響き渡る。


 打ち付けられたハンマーから、虹のように色鮮やかな気の波紋が広がり。


 作業台に置かれた竜玉のプレートは爆発する事無く、ルルさんがハンマーを通して打ち込んだ気の力をしっかりと吸収していった。


「え……う、うそ…。 や、やった…。 やったよ…! 私、やったよ…! お父さん…グレイさん…! 」


 涙を零しながら笑顔を見せるルルさんに、ボコル殿も思わず貰い泣く。


 鍛冶職人になるという夢を見失いかけていたルルさんがついに見つけた輝き。


 彼女が打つハンマーが見せた七色の光が、俺の目にはとても眩しく映った。

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