第6話 要塞竜ホロウタイラント(前)
落ち葉と泥に塗れたこんがりジューシーなお肉ちゃんを前に俺は一人、もしかしたらコレまだ食えるんじゃねぇか? と考え込んでいた。
しかし、そんな淡い期待を抱いたのも束の間。
耳をつんざく様な爆音と共に森全体が揺れると同時に、森の奥深くから巻き上げられた土や小石…落ち葉などが波のように押し寄せてきた。
(おいおい、嘘だろオイ! )
慌ててお肉ちゃんへと伸ばした手も空しく宙を切り、視界一杯に広がる土砂の嵐を腕で遮りやり過ごす事数分。
やっと晴れた視界に映るは…へし折れた木々の枝に、土に埋もれた草花たち。
パラマジャラの森第三区域は、見るも無残な姿に様変わりしていた。
急いで辺りを見渡すが、俺の昼食もといお肉ちゃんは何処にもいない。
「…………」
切り株から無言で立ち上がり、傍らに突き刺していた大剣を引き抜き背中へと戻す。
腰に差す炎竜のナイフを二本、両手で引き抜けばキッと森の奥を睨みつけた。
(……誰だか知らねぇが、食べ物の恨みは恐ろしいぞ…ッ! )
ダンッ。
と、蹴り上げるように一歩を踏み出す。
その一蹴りで地面は窪み、凄まじい初速をもって俺を押し出した。
両手に握る得物…この炎竜のナイフは俺の身体に合わせ特注した為、ショートソードより少し小さい程度の大きさだ。
そんなナイフの刃に魔力を流し込めば。
俺の両手から流される魔力によりナイフに込められた竜力が呼び起こされ、刀身を覆うようにして炎の薄刃が展開される。
炎の刃を纏い、さながら双剣といった風貌と化したナイフを構え。
人の昼食を台無しにした張本人が居るであろう森の奥へと駆けて行く。
一瞬、背負う大剣を使う事も考えたが。
高い密度で木々が生えるここ…第三区域の環境を考えれば、小回りが利く武器の方が良さそうだと判断した。
「グォォォォォォッ――……!! 」
目当ての敵との距離はまだ離れているが、相手もそう易々と俺の接近を許すつもりはなのか。
再び奴の咆哮が響く。
(……来るッ! )
竜の咆哮…呪文のように異なる意味を持つソレを瞬時に解読し、上空を見上げれば。
杭のように鋭き岩の柱が、幾本となく此方へ向かい凄まじい速度で降下してきているではないか。
(逸らせッ! )
ヘビーウォーリアが仲間を遠距離攻撃から護る際に発動する戦技が一つ、
(この周辺に他の冒険者が居なくて幸いだったぜ…)
通常であれば無駄な争いを未然に防ぐため、依頼の活動場所が被るような仕事をギルドは発行しないのだが、パラマジャラの森やドラグナード鉱山のように広大なフィールドではそういうわけにもいかず、複数のパーティーが混在して仕事を行う事も多い。
そういった事を考慮し、柱の軌道を逸らす直前に索敵の為に用いる魔力円の範囲を一気に拡大し周囲を探ったが。
どういうわけか、今日この第三区域で活動しているパーティーは俺以外に見当たらず…安心して攻撃を周囲に逸らす事が出来た。
(残りは打ち砕くのみッ! )
最後に逸らし切れなかった一本の柱を見据え、手にしたナイフを思い切り投げつける。
俺を追尾するような正確な軌道で迫っていた岩の柱は、投擲されたナイフによって空中で粉砕された。
こうして咆哮による先制攻撃は不発に終わらせたが、敵は冷静に…次の一手をと大地を揺らし始めた。
上からの攻撃で駄目なら、今度は下からだと。
俺が駆ける地面に、竜力が張り巡らされていくのを感じた。
(クソッ……! )
来る攻撃に予測を付け。
一呼吸の後、精神集中を極限まで高める。
その刹那、世界から音が消え失せた。
この現象は所謂、
盾職がヘイトを管理し、時に数十…軍であれば数百の味方に逐一気を配って守護する事が出来るのはこの精神世界が関係している。
その者の力量や鍛錬の仕方により精神世界のあり方は異なるが、往々にして時の流れが遅く自分にとって有利な状況を生み出せる事に違いはない。
ガーディアン・ワールドの発動により、緩やかな流れに変わった世界を俺は今まで以上のスピードで駆け抜けていく。
その途中、チラリと後方を振り返れば。
ひび割れた地面から、岩石の針山が無数に立ち昇る様がスローモーションで映った。
肉体的疲労はないものの、高い精神力を必要とするガーディアン・ワールドを連続して発動する事は出来ない。
時の流れが通常に戻ってしまえば恐らく、岩石の針山で瞬く間に足場を埋められてしまい敵への接近は困難を極めるだろう。
(集中が切れる前に、一気に距離を詰めちまうしかねぇ…! )
◇◆◇
ギルドはその日、いつになく慌ただしい空気で包まれていた。
その要因となったのが冒険者登録の手続き以来、何かとグレイと関わりがあった受付嬢…レイ・シンシアの失態だ。
第一区域は駆け出しの学び場として知られ、通常ならば年中賑わっているパラマジャラの森だが。
今この地域は要塞竜ことホロウタイラントの目覚めの兆しが確認された事で、調査団や許可された一部の冒険者以外、全区域に渡りその立ち入りは禁じられていたのだ。
そんな重大な情報を忘れ、何時ものように依頼を受けにきたグレイに。
これまでの実績を考えれば大抵の依頼は問題ないだろうと、依頼書をよく確認せずに受注を許可する印を押してしまった彼女は。
活動制限期間にも関わらずパラマジャラの森での依頼を貼りだしたままにしていた先輩受付嬢共々ギル ド長にお叱りを受けていた。
とはいえ、何時までも叱っていたからといって事態が進展する筈もなく。
早々に対策班…もとい冒険者達への緊急任務が発令された。
といっても、こういった緊急任務は全ての冒険者に対するものではなく一定のランク以上の等級を持つ冒険者に限定されるのだが…ここで少し、その等級についての解説を挟もう。
彼ら冒険者は基本的に、E-3~S+3の等級に区分され、例外を除き冒険者登録をした者はその実力と功績に応じてE-3から順にE-2 → E- → E+ といった風にランクアップしていく。
例外というのはグレイのようなマスタージョブの者で、彼等は皆等しくA+からスタートを切る特別待遇だ。
さて、話を戻して今回。
ギルドは直ぐにでも出立出来る冒険者の中からB+等級以上の者達に限定し、不測の事態によりパラマジャラの森へと立ち入ってしまった冒険者…竜滅のグレイことA+2等級冒険者の援護もとい救出の指令を出した。
ギルド長直々の依頼というのは即ち、言い変えれば絶対命令であり。
冒険者達に拒否権はないのだが、今回任務を課せられた冒険者達の顔は皆闘志に溢れていた。
というのも、華と英雄譚をこよなく愛する冒険野郎どもは竜狩りのような分かりやすい活躍を高く評価する傾向にあり、この短期間で竜滅と称されるようになったグレイを憧れの対象とする者は多かった。
そんな男と一時とはいえ肩を並べ共に戦えるのだから、やる気も漲るというものなのだろう。
しかし、彼らは知らない。
救出すべき当の本人は、森から脱出する気などさらさらない事を。
お肉ちゃんを失った怒りのパワーに後押しされ、勘違い野郎は怒涛の勢いで森の最深部へと向かっていた。
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