第5話 魔鉱を求めて

 投擲用のナイフは計三本作られる事で話はつき、ボコル殿は早速設計図の作成に取り掛かった。


 あれだけの量の素材を用いても、俺が要求する強度や威力を出す為には三本作り切るのが限界らしい。


 良質なモノを作ろうとすればどうしても素材に含まれる不要な部分が浮き彫りになり、それをそぎ落とす場面が出てくる。


 一見勿体ないようだが、ここで妥協すると後々後悔する事になるのだ。


 俺が持ち込んだ竜素材の山も選別に選別を重ねれば、最終的にナイフに使用できる水準を満たす素材は半分程度かそれ以下かもしれない。


 とはいえ、ナイフの用途が投擲だからといって使い捨てるつもりはなく。


 ターゲットへの投擲後魔力を用いれば離れた位置からでも即座に手元へ回収出来る為、三本だとしても十分運用可能な本数だった。


 そんな訳で、ナイフの完成を待つ間…俺は再び冒険者の拠点たるギルドへと足を運ぶ。


 ボコル殿に相談されたルルさんのハンマーに耐えうる素材…今のところこれといった目星がある訳ではないが依頼をこなす傍らで探してみようと思った次第だ。


 爺さんの知り合いとあれば無下には出来ないというのもそうだが。


 ルルさんが叩いても消し炭にならない素材になる得る魔鉱が見つかり、ゆくゆくは彼女が工房を継いだ時。


 今回手助けをしておけば何かと都合がいいだろうという打算もある。


 世界広しと言うが、これだけ広大で未知に溢れた世の中なのだ。


 素晴らしい魔鉱の一つや二つ、見つける事も不可能ではあるまい。


 となれば、ここからは受ける依頼はその内容を見極め…活動場所が魔鉱の採掘できる場所である依頼に絞るのがいいだろう。


 他の冒険者達がたむろしているあの場でジックリと依頼を選別するのは苦行だが、これも修行だと思えば途端に楽に思えてくる…筈だ。


 うむ、も、問題あるまい!


 いざ行かん!


 この扉を開け…今こそ、我が仕事場もといギルド拠点に乗り込もうではないかッ!


 せーいッ!


 ガチャ。


「…………」


 …………。


 ……。


 扉を開けた途端に、しん…と静まり返る室内。


 …沈黙が辛いぜ。




 ◇◆◇




 日が昇り、正午を少し回った頃。


 昨日ぶりにギルド拠点に顔を出した大男こと城砦のグレイ。


 相も変わらずの無表情、堂々とした足取りでクエストボードに向かう彼の行く道を阻む者は現れない。


 それもそのはず。


 あの風貌…マスタージョブに裏付けされた実力、噂によれば彼の鋭い眼光の前では精鋭揃いのリリアの騎士達も後ずさるときたものだ。


 そんな彼に下手に手を出す、もとい気軽に声を掛けられる雰囲気は昨晩より完全に消滅していた。


 沈黙広がるギルドの様子に「二日目なのに俺…周りから浮いてるのか…? 」と、へこむグレイ。


 本日も彼の脳内では、不人気ジョブに就く自分は敬遠されている説が満場一致で通り、ネガティブな妄想に拍車がかかる。


 本来であれば、仮にヘビーウォーリアが本当に不人気な職だったとしてもマスターの名を冠しているだけで誇るべき立場にあるのだが。


 グレイという男は修行に明け暮れその他の事をだいぶ疎かにしてきた為、自身のジョブの頭につくマスターの文字に込められた価値など理解できる筈もなかった。


 果たして彼等の認識の溝は埋まる日が来るのか? ……多分こない。


 さて、それから少しばかり時は流れ…数日後。


 初日から城砦という二つ名で呼ばれていた彼だったが、その二つ名は早くも変貌を遂げていた。


 その名も竜滅のグレイ。


 ある者いわく。


「竜滅のグレイ、彼は竜族に目がない。 ここ最近は竜の生息地を活動場所とする依頼ばかり引き受け、毎回、大量の竜の素材と魔鉱を持ち帰っているよ」


 またある者いわく。


「どうやら彼は竜との間に因縁があるらしい。 俺が思うに、家族やそれに近しい人間を竜に殺された口だろう。 あの男の竜への執念は凄まじいなんてもんじゃないぜ…」


 そんな根も葉もない噂話や憶測が飛び交う中…当の本人は。


 完成したばかりの炎竜のナイフを人力とは思えぬ速度で投擲し、丸鎧の獣竜マルガドロスの分厚く弾力のある外皮を意図もたやすく貫くとその体内をナイフに込められた竜力で焼き焦がす。


 こうして、道中の敵をナイフで次々と仕留めていくグレイは今日も今日とて竜狩り…もとい魔鉱集めに勤しんでいた。


 つまり事の真相は、魔鉱の産地と竜の生息地が往々にして重なっており。


 グレイは魔鉱の採掘中に出くわす竜をついでとばかりに狩っていただけなのだが。


 彼の目当てが魔鉱である事を知らない周囲の人々からすれば、竜を狩り続けるグレイは竜滅という二つ名が相応しい。


 まさか自身に、”竜滅”などと言った二つ名が付けられているとも知らずに…というより、知る程の人脈もないグレイは。


 色とりどりの魔鉱が詰まった袋を覗き込み、そろそろガルガン工房に顔を出す頃合いか…などと考えているのだった。


 そんな彼が本日訪れているこの場所は、マルガドロスのような獣竜も生息するパラマジャラという森林地帯だ。


 パラマジャラの森は、弓職には欠かせない毒液の原料となる菌類や軽い状態異常に効く薬草の類が生い茂っており、外周から深部までを三つの区域に分けられている。


 一番外部の区域は駆け出しの冒険者でも比較的活動しやすい危険度の低い森として知られ。


 それに加えて、駆け出し冒険者が愛用する木製の装備…その素材となる軽く加工しやすい木材が豊富に採取できることもあり、新米冒険者から人気のスポットだ。


 しかし、その次の区域からは危険度が数段跳ね上がり。


 第二区域、通称麻痺巨蜂パラマビーガの巣窟はその名の通り刺されれば身体が痺れ、耐性無き者は麻痺状態に陥ってしまう巨大蜂や。


 その親玉的存在である弩麻痺巨蜂グラン・パラマビーガが生息する為、駆け出しの冒険者は立ち入ってはいけない事が暗黙の了解となっている。


 さらに奥地へと進み第三区域。


 森の深部ともなれば、先程グレイが滅した獣竜マルガロドスのみならず。


 刺々しい甲羅が特徴的な歩く要塞…岸壁の廃城竜ホロウタイラントの姿も確認されている。


 上級に位置する冒険者ですら、入念な準備をして赴くような危険区域なのだ。


 そんな危険地帯の真っただ中で。


 今回引き受けた依頼の品である、魔系統の木材…耐火の黒魔木ブラック・デ・フレイウッドを手に、手近な切り株に布を敷いて腰を下ろしたグレイは。


 あろう事か、その場で昼飯を食おうと考えていた。


 この男…危機感がないのか馬鹿なのか。


 捌いたばかりのマルガドロスの肉に、ナイフで鋭く削った枝を突き刺し。


 右手に串を持ち、空いた左手に魔力を巡らせ肉へとかざす。


 それから数秒後。


 ジュウジュウと音をたて焼き目が付き始めたマルガドロスの肉を、ゆっくりと回転させながらグレイは鼻歌を奏で始めた。


 もう暫くすれば、彼のご機嫌な昼食が始まる事だろう。


 が、しかし。


 日常の小さな幸せ…グレイのご機嫌な昼食は思わぬ形で潰されることとなる。


 突如として空を覆う大量の鳥の群れ。


 それに続くかのように振動する大地は、かの竜の目覚めを周囲に告げていた。


 ホロウタイラント。


 要塞の名を冠する竜の目覚め。


 普通の感覚であれば避難を最優先すべき緊急時にも関わらず、グレイは先の振動で地面に落ちた肉を見つめたままピクリとも動く様子を見せない。


 恐怖で足がすくみ動けないのではない。


 この男…この期に及んで昼食を潰された事に憤慨していたのだ、激おこである。


 今ここに、勘違い男こと竜滅のグレイ。


 怒りの竜狩りが始まろうとしていた。

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