第3話 なんでおかーさんは、反対するの?~その1
さて、前ページで「差別はしていないつもりだが、やっぱり風俗の仕事は自分もしたくはないし、自分の娘にもさせたくはない」と書きました。
そこで、その「させたくない理由」について、(架空)娘との対話形式で書いていきたいと思います。
自分としては、(架空)娘には、職業差別をする人間にはなってほしくない、しかし風俗業で働いてほしくないというスタンスです。
しかし、ある日突然、
「おかーさん、あたし風俗で働くから」
と言われたら……真っ先に
「何か問題が起きたか、起こしたか? 怪しいツボとか〇ッセンの絵でも売りつけられてローンを組んでしまったか? それともふざけて友達の車を運転してぶつけたとか?」
と、まず「金が必要なのかどうか」と、「その理由」を聞くでしょう。
「ん。別に。なんとなく。楽して金稼げそうだから」
という娘の回答に安心すると同時に、はい、説得開始。
「いいか、(架空)娘よ、世の中には『楽な仕事』など存在しない。
風俗業が短期間で稼ぐことができるのは、それだけリスクがあるからだ。まずは、それをキモに銘じよ。
理由その1=「健康リスク」だ。
いわゆる本番行為はもちろんのこと、口などによる行為でも、粘膜を接触する行為には、感染症などのリスクがある。
プールみたいな消毒液に、客をたっぷり何時間も漬け込んでから行為に及ぶ店など聞いたことがない。
治療薬が開発されたことで、最近ではあまり話題に上らなくなったが、エイズの脅威は未だ続いている。
豊島区池袋保健所によると、平成30年の日本全国の新規HIVの報告数は940 件、新規AIDS 患者報告数は377 件。減少傾向にはあるが、現状でも、一日あたり新たに約4 人のHIV/AIDS 患者が報告されており、感染が発見された時にはすでにAIDSを発症している人が3 割もいる。
このほかにも、淋病、梅毒、クラミジア、その他もろもろ、性行為によりうつる可能性のある病気はいろいろある。いわゆる本番行為ではない、口でのサービスだけでも、
「かもしれない」を上げればキリがない。しかし、現実としてこれらのリスクを己一人で負わねばならないのだ。
例えば、ドイツなどでは客にコンドームの着用を義務として定めているが、日本にはそのような法律はない。法律は守ってくれない。
店側は、「病気になった」と言っても、「じゃ、治るまでお店には出られないね」で終わりだろう。何がしかの保障はあるのだろうか。
一般の仕事であれば、仕事を原因とする病気や事故には労災がおりる。
しかし、風俗の求人広告を見る限り「月に一度性病の検査をします」と謳う店はあるが、「病気になった場合、その治療費用と、治療期間中の生活保障をします」とは書いていない。つまり、何の保障もないと考えて間違いないだろう。
どうだ、(架空)娘よ、それでもその仕事をしたいと思うのか?」
「でも、仮になったとしても、全部治せる病気じゃん。永遠に治らないわけじゃないし。エイズだって、発症前に治療すれば、治るようになってきている。治療費が自分負担だとしても、検査費用を店が出してくれるなら、もとがとれてない?
そもそも風俗行かなくたって、彼氏とのセックスでもかかる可能性はあるよね?」
「一体、どんな男を彼氏にする気だ? 目を覚ませ、(架空)娘よ。
しかし、この理由で納得しないならば、次の反対理由に移ろう。
理由その2=キャリアデザインできない、だ。
日本では、風俗に限らず、正社員として働かなければ社会常識が身に付かないと言われることが多い。
これについて補足すると、日本の社会には「謎ルール」が多すぎるからだ。お名刺の交換に際しては相手よりも下の位置に差し出すのが礼儀であり、自分の方が速く出さねばならない、西部劇のガンマンがやる早撃ちによる決闘のような様相が呈される。
ほかにも、電話には3コール以内に出ろ、その他敬語についても尊敬語、謙譲語、丁寧語などの種類があり、その場に応じた使い方が求められる。
はっきり言って細かいルールが多すぎるのだが、しかし、この状況に慣れねば、この国でサラリーマンとして生活することが難しいのが現状だ。そして、若いうちにそれを身に着けないと就職試験という難関を突破するのは難しい。
おかーさんの経験に即しての話だが、24歳か25歳くらいまでは、社会人未経験の若者が、就職するチャンスもある。好条件は難しいかもしれないが、今までバイトしてきて経験から得たものや、なぜこの仕事を選んだのか、誠意をもって熱心に面接で伝えれば、若いうちは、どこかしらの会社でチャンスをもらえる。
30歳くらいになると、正社員としてある程度働いたことのある人が、同じ業界の中で転職するのがやっとだ。
30代後半くらいになると、かなりの「お土産」――つまり何らかの実績、ノウハウや企画案、何か会社側が「おおっ! この人材はっ!」と思うようなものが必要になる。
つまり、年齢が上がるほど、転職は難しくなる。わかるか? 20代前半の数年間は、非常に重要な時期なのだ! その時期に人に言いにくい仕事をして時間を無駄につぶすのは、将来の転職の可能性を殺すことにつながる。
はっきり言って、風俗で接客しても、パソコンのスキルも身に付かないし、プログラミングの基礎も身に着かないし、調理師免許を取得できるわけでもないし、危険物取扱責任者の試験にも役立たないし、電気技師の資格も取れない。
転職のときに武器になるスキルは、全く身に着かない。
そんな仕事を、人生のキャリアデザインで最も重要な10代後半~20代前半の時期にやるのは自殺行為だ。
なに、サラリーマンになることを考えていない? なら、残る道はフリーランスか起業家だな。
が、しかし。
お店に所属しないと稼いでいけない人間が、いきなりフリーランスか起業家、って道を選べるのか? もし、『最終的には風俗の店を経営するつもりで、その業界で真剣に働く』というなら、それも辞めた方がいい。
風俗店の顧客はほぼ100パーセント男だ。男のニーズを満たしてなんぼの業界で、異なる生理を持つ女性が顧客の満足度を計るのは難しく、ハードルが高い。店の経営者として成功するのはかなり難しいと言えるだろう。
ただ、既に何らかのキャリアを持っているなら、この部分の条件はクリアだ。
例えば、作家の中村うさぎさんは、風俗嬢として働いて、その勤務経験をネタに記事を書いていた。もともと作家として活動していて、筆力があって、作家として働く中で様々な経験を積んできて物事の対処能力もあって、過去のキャリアと結び付けて稼ぐことが可能なら、この部分はOKだ。
しかし、(架空)娘よ。君は社会人として働いた経験はないだろう? 故におかーさんは反対なのだ。
どうだ、(架空)娘よ、それでもその仕事をしたいと思うのか?」
「でも、正社員になってもブラック企業で使いツブされる可能性だってあるよね? メンタル病んじゃって、何年も働けなくなったら、同じだよね? 風俗は、少なくともお金は稼げるわけで。サラリーマンが普通に稼ぐよりも。若いうちにしっかり貯金して、あとはデイトレで悠々自適、ってコースもあるよね?」
「風俗で働いても稼げない子もいるらしい。どれだけ稼ぐかは、人によって差があるらしいぞ。しかし、そこまで言うなら……とうとう、この話をするときが来たようだな」
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