第6話 差別の理由

 シュヴァルツァーさんの論理的な説得にぐうの音も出ないおかーさん……しばしの沈黙の後に。


「納得はできる……論理的には非常に納得はできる……がっ!

 現実問題として、やっぱり差別とかされるわけじゃないですか。下に見られるわけじゃないですか。

 やっぱり、人には言えない職業であり、理解してもらいにくい職業であり、特に恋愛関係とか、人間関係に破滅をきたすわけじゃないですか。

 理解力のない男に、『どうせ、なんでもアリなんだろう? 減るもんじゃなし、触らせろよ。ぐへへ』とかセクハラされたりとか。

 うーん、やっぱり娘には、その道を選んでほしくないなぁ」


 シュヴァルツァーさんの理屈に納得をしつつも、感情としては同意できないおかーさんに対し、


「では、どうして差別されるのか、理由を考えてみましょう」


 さすが、哲学の巨人たるヘーゲルやカントを生んだドイツ出身のシュヴァルツァーさん。あくまで論理的に進めます。


「まず、一つ目は『宗教的理由』ですネ。


 キリスト教、仏教、イスラム教、ヒンズー教……どんな宗教においても、やっぱり売春は推奨されていないし、卑しい仕事として扱われているんですね。

 しかし、売春を生み出したのもまた、宗教。世界最古の職業と言われる、いわゆる神殿娼婦ですね。神殿娼婦について詳しく説明すると文字数くっちゃうので、ご自分で検索してくださいネ」


「売春を推奨してみたり、禁止してみたり。なんか適当な感じがしますね。宗教って」


「ええ、しかも現代人の多くは、無宗教に傾いているので、それを理由に娼婦を下に見るのはナンセンスですね。


 次に、コンテンツです。現代社会においては、これが最も強敵ですネ。

 映画、ドラマ、小説に漫画などで描かれる娼婦のイメージは、やっぱりお金に困っちゃって、学歴とかコネのない、人生詰んじゃった系の女性が最後にやる仕事、あるいは売られた末に行きつく先、として描かれているんですね。

 あるいは、欧米のコンテンツだと、なーんも考えていません系とかもありますね。

 ちょっと、羅列・分類してみましょう。


人生詰んじゃないました系↓

『モンスター』

『罪と罰』

『そこのみにて光輝く』


売られました系↓

『赤目四十八瀧心中未遂』

『吉原炎上』


何も考えていません系↓

『ティファニーで朝食を』

『プリティ・ウーマン』


 ほかにもいろいろありますが、こういう描かれ方だと、やっぱり可哀そうな人、イタい人、として見られてしまうわけですね」


「確かに。特に『プリティ・ウーマン』なんか、強力ですよね。あの最後の手紙のシーンとか見た後には『売春っていけないことなんだ!』ってなりますね」


「そうでしょう? 困ったモノです。これらに対しては、作り手がある意図のもとにそう描いているものだ、ということを認識してもらうしかないですね。


 さらに、『気持ちいいことして、楽して稼ぎやがって』みたいなひがみとねたみとそねみが非難につながっているということもあると思います。


 言っておきますが、娼婦は『気持ちいいフリ』『楽しいフリ』をします。接客サービスですから。そこを勘違いすると、前述のイタい台詞になります。


 あと、『楽して稼ぎやがって』の部分ですが、確かに短時間で稼ぐことができるかもしれませんが、それは、株の売買をやっている人も同じでしょう? いまや、インターネットの株式売買で売却益キャピタル・ゲインを得るのも、FXのデイ・トレーダーも、普通のこと。ポチっとやって稼ぐのを非難する人は、単にうらやんでいるだけ。

 清教徒ピューリタン的昭和のオヤジマインドは、時代遅れの思想なのです」


「むぅ、そう言われると、確かに……今や昼間の仕事でも『効率』とか『時短』とかが重視されて、『楽して稼ぐ』ことをタブー視する風潮はなくなりつつある……」


「そして、最後に最もやっかいなのが、『感覚』です。


 前の方のページにも少し書かれていますが、多くの女性は、基本的に「セックスは=好きな人とだけする特別な行為」として捉えていますね。

 やっぱり、ほとんどの女性にとっては、よく知らない男性に体を触れらる、見られる、性的サービスをする、というのは生理的・感覚的に受け入れがたいものです。(婦人科系のお医者さんにかかるとき、どうしても、と女医さんを選ぶ人がいるのもこの理由です。お医者さんであっても、知らない男性の前で脚を開くのは心理的抵抗感があります)


 しかし、その心的抵抗感というのも個人差があるのです。人によっては『え? 別になんてことないよ?』という感覚なわけで。


 で、この違いというのは、もう、埋めようのないものだと思うんですよ。

 例えば、同じ温度のぬるま湯を用意して、指をつっこんだとして、人によって『温かい』『冷たい』と感じ方が違ってくるでしょう? 他人との性行為をどう捉えるかも、個人の感覚の違い、としか説明のつかないものだと思うのです。


『結婚を誓い合った人とだけ』

『いいなと思える人だったら』

『お金と引き換えだったら、まぁ、いっか』


 どの感覚も、個人の自由であり、精神の自由なのです。

 それをどう感じるのが正しいとか間違っている、ってやり始めたら、これは結論は出ないです。個人の感覚の差だし。

 私たちにはどうしようもできない、人体の神秘。できるのは、個人差を静かに認めるだけ、ということではないでしょうか。


 それを、自分の感覚と違うからと言って『キモチ悪い』と非難、排除し始めると、分かり合えないまま泥沼の戦いになってしまうと思うのです。


 もちろん、人身売買や女性からの搾取は反対ですが、きちんと管理された健全な状態での仕事であれば、認められるべきだと思います。日本でも、女性のための働きやすい業界になってほしいです。


 あ、では、私、そろそろあっちの世界に戻りますネ」


 こうして、言うだけ言って、シュヴァルツァーさんは帰って行った。




★引用した作品について一口メモ

『モンスター』→シャーリーズ・セロンがアカデミー主演女優賞、ゴールデングローブ賞主演女優賞を受賞した。実在した元娼婦の連続殺人犯の生涯を映画化した作品。

『罪と罰』→ドストエフスキーの代表作。ヒロインであるソーニャの健気さが泣けます。

『そこのみにて光輝く』→綾野剛さんの出世作。

『赤目四十八瀧心中未遂』→若き日の寺島しのぶさんがお綺麗(今もお綺麗ですが)。

『吉原炎上』→五社英雄監督の代表作。女優さんたちもみんなすごくて、吉原に売られた女郎たちが可哀そうなどと言う一言で片づけられない迫力。

『ティファニーで朝食を』→主人公ホリーをオードリー・ヘプバーンが、あまりにも可憐に演じているため、娼婦という設定をうっかり忘れがち。でもそういう設定です。

『プリティ・ウーマン』→ジュリア・ロバーツの出世作。90年代を代表するキュンキュン映画。

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