第二章 西方守護伯付き魔女と役立たずの王女 第一話
毎日
周りを深い
ミルレオは人通りの少ない雑草の生えた
レオリカが術を使うイメージを思い浮かべる。洗練された
「あいたぁ……」
思いっきり打った
「何がいけないのかしら……」
イメージは掴めているのだ。まるで母自身のように、苦もなく放たれる美しく鮮やかな術式。しかし、同等の
直接地面に
ふと
「
「どうしました?」
逆さまに現れたミルレオに、メイドは悲鳴を上げて手綱を放してしまった。
「わ! ちょっと待ってください!」
慌てて手綱を掴み、馬の背へひらりと飛び乗る。
「僕が連れていきます。それよりどうしたのですか?
メイドの顔には見覚えがあった。来たばかりの
「知らないわよ、そんなこと! それよりあなた、レディの前に空中から現れるなんて非常識よ。失礼にも
「そうですね。失礼しました」
自分でもそう思い、
「では、僕はこの子達を廏番の方にお願いしてきます。
「ハーメルンみたいな事しないでくれるかしら!?」
「笛は
ぞろぞろと馬を連れて移動していたら、窓から気付いた人々にぎょっとした顔をされた。
馬を廏番に
「インプ!」
「右にシリウス、左に
昼だというのに空から白銀の矢が降り注ぎ、インプを囲ったまま地面に
「やっぱり使い魔……この周辺に魔女はいないって聞いていたのに」
だからミル・ヴァリテが就任したのだ。魔女のいない地に、魔女の使い魔がいる。これは、ガウェインに報告しないわけにはいかない。ミルレオは再び高く
「ミルか。どうした?」
窓
「ちょっと待て、この窓は開かないんだ」
別の部屋から回れとの指示に首を振ると、ミルレオはするりと部屋に入り込んだ。上半身だけ本棚から突き出した
我に返ったのは、
「ミル! ちゃんと文明の利器を使いなさい!」
生まれて初めて聞く類いの説教である。その説教に、固まっていたガウェインも気を取り直したらしい。ぱちりと瞬きをして、まじまじとミルレオを見下ろす。
「そうか、そういうことも、出来るらしいな。何だお前、ちっとも半人前じゃないじゃないか」
「いえ、全然お母様にはなれません」
「飼いたいのか? ちゃんと世話するなら構わないが……お前、
「捨てインプを拾ってきたわけではありませんよ!? 使い魔のようですけど、スケーリトン地方に魔女はいないのでは?」
二人は目を丸くした。
「お前以外いないはずだ。少なくとも俺は聞いてない。トーマスもだろうな」
「ガウェインが知らないなら、いない。むしろ、そうじゃないと
トーマスは深い
ガウェインは口角を
「本来なら、な。おい、ザルーク、いつまで固まってるつもりだ。帰ってきたばかりで悪いが、仕事だ仕事」
部屋にいた残り一人は、ミルレオと同世代の赤茶色の
「あの、その方が先ほど随分慌てていらっしゃ……いたようですけども、どうなさ……どうされ……どうしたんですか?」
何度もつっかえるミルレオの頭を
「なに、
「ぶっ……!」
「……どうした?」
品無く
「お、王族ですか」
「そうだ。
「わたくし!?」
「
そうかミルレオ
「いや、あの、え!? いや、そんな事もあるある……ないですよね!?」
「いや、知らないが」
「隊長、それは
「──
ガウェインはじっとミルレオを見た。何かを
母は知っているのだろうか。もし知らないならば知らせなければならない。公の場に出ないという事は
「僕はミルレオ姫と面識があります。姫は大事な用事をしている最中なので、旅行なんて
「
「王宮に問い合わせて頂ければ一番早いのですが……
ひょいと
「
間に合わない。ミルレオが自身の
「分かりました。では、僕が直接会います」
王家に属する者として、一人の人間として、ミルレオの名は
ミルレオは瞳を
私は、王女だ。ミルレオの名で悪事など働いてみろ。
「お母様がお
急に
「分かった。分かったからそこまで脅えるな」
「ガウェイン様!?」
「とりあえずお前を信じよう。しかし、ミル。もしもの時はお前を切り捨てるかも知れんぞ。それでもいいか?」
「あ、はい」
けろりと返事したミルレオに怒ったのも、ザルークだった。
「お前もあっさり返事すんな!」
「いきなり斬り殺さないで頂けたら、僕はそれで結構ですけど」
「何でだよ!?」
「死んだらお母様に殺されるからです」
この身はミルレオの物でも、ミルレオだけの物ではないのだ。名も
政略のため
けれど、責では死ねても、成り代わりの
ぐしゃりと
ミルレオは心の底からそう思っていたが、非難の
「……お前は全く……小動物かと思えば
これは
「
ミルレオはきょとんと首を傾げた。
「就任して日の浅い者が
「ああ……なるほど……」
「見捨てられないよう努力はします。僕はここが好きですから追い出されたら悲しいです。それに、追い出されるのはあちらですから」
夜も
あまり使われていないらしく、
「ウパ!」
そっと
使い魔は通常の個体よりも大きい事が多く、例に
一通り再会を喜び楽しんだ後、羽の中から手紙を取り出す。女王である母に
通常、魔女同士の
母からの手紙には、偽者に関してはこっちも探るそっちも探れとしか書かれていない。後は
母のサイン付きの手紙を手元にはおけない。手紙はミルレオの手の中で
「ウパ、どうしたの?」
「何をしてるんだ、ミル」
驚いて思わず取り落とした手紙をガウェインが拾う。
「何だ、これは」
「あ、あの、それは僕のです!」
何が書いてあるか分からず、
「……何だ、これは」
思いっきり
「弟妹達のお絵かきです。妹はまだ三つで。おそらくはお父様とお母様、弟と本人と僕だと思います。弟は絵がとても上手で、これはわた……ミルレオ王女です。えっと……家族ともども面識を持たせて頂いていまして」
「お前、本当に結構な
東西南北の守護地は国の
お礼と
「魔女は役立って初めて魔女です。きっと王族も同じです。名だけの王女に何の価値があるのです。何をしても女王には遠く
あの女王の娘なのに。あの魔女の娘なのに。
誰が言ったのか思い出せないくらい
魔法は人の為にあれ。それは、魔法を使う魔女に人と共にあれと言っているのだ。かつて
七百年途切れぬそれはきっと、
それなのに、ミルレオは半端物だ。王族であれ、魔女であれ、何にもなれない不要品。王族として国民の
「おい、ミル!」
強く
「あ、あの、そう! 王女が! 王女が言ってたんです! ほら、僕、名前が似ているでしょう? だから結構仲が良くて、あ、えと、仲良くさせて頂いていまして」
「それは分かった。さっきも言ってただろ。だが、だから、お前はどうした」
「僕、ですか?」
「気づいてないのか」
使い込まれてささくれ立った長い指が不意に目元へ
「泣いてる」
反射的に顔に触れると、
「ちが、違います! 何でこんな、泣くなんて、そんな」
「分かった。分かったから落ち着け」
左手で口元を
「十六にもなって男が泣くのは恥ずかしいぞ」
「も、申し訳ありません。頭を冷やして参りま、っ!?」
「だから、早く泣きやめ」
言い方はそっけないのに髪を
人前で泣くなんていつ以来だろう。ミルレオは込み上げる
ミルを見てくれる瞳は、ミルレオを見るものではない。ミルがミルレオなら、きっと、こんな風には見てくれない。そしてミルレオは、母がいない世界など、望んではいないのだ。
優しい母が好きだ。尊敬している。だから
誇らしい母、あの人の娘で嬉しい。だから悲しい。
役に立ちたかった。さすがあの人の娘だと言ってもらえる自分で在りたかった。そうなれないなら、せめて、失望に
「こんな、情けないっ……泣くなんて、本当に、違うんです、ごめんなさい、きっとお役に立ちます、だから、ごめんなさい、お母様じゃなくてごめんなさい、お母様のようになれなくてごめんなさい、ごめんなさい」
ガウェインの腕の中で、必死なのにどこか
彼が謝る意味は何となく察しはついた。ガウェインにも覚えのある
「……あの方がいなければ、同じだったかもな」
頭上から降ってきた言葉に顔を上げようとしたミルレオは、酷い状態になっている
「もう
小さく
ザルークが招待状を持って帰ってきたのは早朝だった。
『ミルレオ王女』が
強行軍させたザルークを
「女性
「本当に
「相手がインプを使っていたなら、魔女がいる可能性が高い。魔法探知を使われたら
ミルレオの
「本当に大丈夫っすか? あいつ、あいつらが寄越した
あっちだのこっちだの慣れない人間が聞いたら混乱しそうな
「ミルはいい子だよ」
さらりと言い切ったトーマスに、ザルークは続けようとした
「任命の書状は本物だったし、ジョン達も、トーマスさえ気に入ってるんだ。半人前というわりに魔法も
ガウェインが統治する西方守護地も、
身を持ち崩す理由は
「でも」
机に重ねた書類から一枚引き
「それは?」
首を
「これは……まるで生きているようだね」
「あ、見合いっすか? 美人っすねー」
「
絵の技術と絵のモデル、それぞれに見入っていた二人が
「ザルーク、王女は見たか?」
「ちらっとなら。似てるけど……遠かったからなぁ」
「そうか」
白黒の王女は柔らかく
「大きく、なられた」
ぽつんと
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます