第一章 西方守護伯付き魔女の就任 第二話

 ガウェインが連れていた護衛もふくめると、総勢二十名以上になった大集団はようようと近くの街バーレンにり出した。丁度用事があるからと同行したガウェインの横で、仕事で残るトーマスが涙ぐんだ目で繰り返していた言葉がある。『いいかい、四階の階段左をまっすぐ、き当たりだよ! 左の突き当たりだからね!』と。

 あれは一体なんだったのだろうかと首を傾げたけれど、だれも答えを教えてはくれなかった。

「わぁ!」

 ミルレオは、夕焼けが消えようとしていても活気あふれる街並みに感動の声を上げた。帰路を急ぐ人々に、仕事を終えて夜の街でさわぐ者、それらをターゲットに屋台の種類は昼間と変わる。

 国境地帯はふんそう地域でもある。軍人が多い。男の人数が多いということだ。城下町のように整然とはしておらず、どこかごったになった街並みだ。飲み屋が異常に多い。そうなるとあまり治安がよくないのは世の常だ。しかし、バーレンではがらの悪い者は多くても、犯罪の発生率は意外と高くない。流石さすがに女子どもは夜に一人で出歩けないほどには他の町と同じであるが。

 ちょっと小腹をふくらませていこうと誰かが提案した。肉まんやぼうくし肉やあぶり肉や肉や肉や肉の屋台に突っ込んでいく筋肉を見送る。集団がばらけた後には、ガウェインが守護はくだと気付く人もいた。反応は多々あるが、大まかに見て軽く頭を下げる者が多い。私用だと格好で分かるからか、話しかけにはこず軽いしやくだけだ。

 けれど、守護伯に対する確かなしんらいがそこにはあった。慣れた様子で片手を上げ、それらにこたえたガウェインは、自分の横に残ったミルレオを見下ろす。

「お前は行かないのか?」

「あ、隊長もですか? 僕はこれにしようと思いまして」

 ミルレオがそろえた指で上品に示したのは、誰でも一度は食べたことのある簡単にして手軽なだ。甘い生地を油でげて砂糖をふっただけの菓子は、家でも簡単に作れることもあり、子どものいる家庭では登場するひんも高い。値段も安いので、子どもがづかいを握り締めて買いに走る定番の品だった。

「またなつかしい物を」

 仕草と選んだ品に微笑ほほえましいものを感じて、への字が多いガウェインの口元がほころぶ。

「僕、甘いものが好きなのです。温かい内に頂けるのもうれしいです」

 ちょっとずかしそうに用意された手製のぬのざいは、男が持つには少々しゆうが可愛らしすぎたが、ちまっとしたミルレオにはかんがない。財布を握りしめてそわそわしている様は子どもそのものだ。ガウェインはつい丸い頭に手を乗せた。

「買ってやる」

「え? でも、それでは、た、たかり? になってしまうとジョンさんが。部下が上司にみつぐのが正しい在り方だとうかがいました」

「……お前がたかられてるとそろそろ気づけな?」

 ガウェインは部下の在り方に口を出す主義ではないが、ミルレオはどうしても心配になってしまう。世間知らずで箱入りに見えて仕方がない。純真な弟を持った気分だった。

「あの、一つお伺いしてもよろしいでしょうか」

「ん?」

「たかり、とは、たばかりの略語でしょうか」

「ん!?」

 箱入りむすはガウェインのおどろきには気づかず、本気で考え込んでいた。どこから突っ込めばいいのかなやむガウェインの横から、汗だくの手がぬっと現れる。

「ほいよ、おぼつちゃん! 熱いから気をつけな!」

 頭のぬぐいを巻き直した男は、あまりに待ち遠しそうなミルの為に砂糖を多めにまぶしてくれた。砂糖は揚げたての上であっという間にける。とうめいな照りを残し、甘やかに姿を消した。

「ありがとうございます!」

 店主と上司両方に礼を言って受け取り、ちょこちょこ小走りで道のすみに移動したミルレオを、ガウェインは不思議そうに見送った。その先でミルレオはポケットからハンカチを取り出し、ていねいえんせきく。その上にちょこんと座り、満面のみで取り出した菓子を、ちぎる。

かじれよ!」

「歩きながら食えよ!」

「つか、そのまま座れよ!」

 肉と肉と肉を食べて戻ってきた同士達の突っ込みは聞こえない。もぐもぐとしやくしてごくりと飲み込む。甘ったるくて油っこい。けれど簡単な大味が気がねなくて、とってもいい感じだ。せんさいに重ねられた美しい菓子には慣れているし、それらももちろん好きなのだが、街にこっそり下りないと食べられない揚げたての菓子もまた、ミルレオの好物だった。

「うまいか?」

 同じ菓子を二口で食べ終わったガウェインをどうけいの目で見上げて、ミルレオは破顔した。

「はい! ……あ、あの、家の者に知られるとおこられますので、その……どうぞ内密に」

「ふ……いいからだまって食え」

 結局最後までちぎって食べ、もう一枚のハンカチで口と手を丁寧に拭う。大変満足だ。にこにこと相好をくずしていたミルレオは、ふと首を傾げた。あれ、私は一体何しに来たんだろうと。

 こうしんに負けてちょこまか寄り道するミルレオは、最終的にはジョン達に捕獲されて目的地に辿りついた。ここまでくると流石に戦ではないと気づく。

 だとするとういじんとは何だろうと首を傾げるミルレオはいま、みようににやにやしている仲間に囲まれて一つの建物の前に立っている。窓が多い様子から宿だろうと目星はつけた。表はあまり大きくないが、奥に続く構造からもそう予想をつける。しきであれば、大きさも財力の見せ所。げんかんなどその際たるものだ。それらがつつましやかなのであれば、ていたくではないのだろうと思ったのだ。しかしめずらしい形の建物だ。

「こんなにたくさんとうがあるお宿って珍しいですね。奥行きも広そうですし、窓のそうしよくっていますね。貴族の方が利用されているのですか? でも、どうして初陣?」

 首をひねってまじまじと建物を見上げていたかたたたかれたミルレオの身体からだっ飛んだ。気のせいだろうか。彼らのてのひらはミルレオの頭くらいある気がする。

「ミル! おれらのおごりだ! しっかり大人になれ!」

「は、はい! …………はい?」

 反射で返事をして、盛大に首を傾げた。

 こういう造りの建物は、世間いつぱんてきに、まあ、そういう店であるという子どもでも大体知っている常識を、残念なことにミルレオは全くもつ欠片かけらも知らなかったのである。


 こわい怖いこうすい怖い! せ返るかおりには薬草の調合で慣れているつもりだったが、甘かった。自分をきわたせ、相手をみ込もうとするにおいはつける量もはくちがう。王宮で開かれる夜会や茶会ではいだことのない匂いも多い。

 それらすべてが混ざり合って頭がくらくらしてくる。甘くとろけそうな声が耳元でささやいてびくりとり向くと、同じとしごろの少女が真っ赤な口でにこりと笑った。夜会でむなもとは出し慣れているものの、ふとももまでスリットの入った服に顔が真っ赤になる。足は貴婦人の宝石。たとえ背や胸元を強調したドレスを着ようとも、足だけは出さないのがたしなみだ。ダンスの最中に足首をちらりと見せてやるのよと笑ったのは誰だったか。……お母様でした。

「あ、あの、僕は本当に、あの!」

 必死に押しのけた手が取られ、寄せられた胸に押しつけられる。

「うふふー、真っ赤になって、か・わ・い・い」

「いいのよぉ、なぁんにもしなくて。あたし達が、全部して、あ・げ・る」

「あたし達と、大人になりましょお?」

 男性のあしらい方を教えてくれたお母様は、女性からていそうを守るすべは教えてくれなかった。ミルレオは半べそをかきながら、ぎ取られる服を必死でき合わせる。これはどうすればいいのだろう。いくら本当は女とはいえ、いな、女だからこそ何か大事なものを失う!

『四階の突き当たりだよ! 左だからね!』

 せつまった顔で何度もさけんでいたトーマスの顔がかんだ。なごじゆんぼくな顔が神に見えた。

「申し訳ありません──!」

 目の前のやけにかみの量の多い少女を押しやり、転がるようにげ出した。つかまれていたボタンがはじけ飛んだ。怖い!

「ああん! 逃げたぁ!」

「追いかけましょぉ? あれ絶対」

かもがネギしょってなべに入ってやってきたんだものね!」

 怖い会話が後ろから追ってくる。怖い。ひたすら怖い。逃げ出したはいいが、おろおろと辺りを見回し、固まった。うすい紙張りのとびらから光とかげれ出ている。ゆらゆられる影は意外にはっきりと中の様子を照らし出す。流石さすがにそういう知識はある。あるだけに居たたまれない。

「階段!」

 転がるようにすりにしがみついてけ上がる。今は二階なので二回上がればいいはずだ。必死に二階分を駆け上がった。下と同じような部屋が続くと思いきや、四階の様子は階下とはがらりと違っていた。扉は板張りでかんかくも広い。一部屋の大きさが違うのだ。音も静かで階下のように声が漏れる事も、ろうで人とすれ違うこともない。

「ミルさまぁ?」

「どちらにおいでですのぉ?」

「たのしいこと、し・ま・しょ?」

 階下から影がびてひたひたと足音が聞こえてくる。幼いころものがたりに聞いた、つかまったら影に骨まで食べられるというかいだんを思い出した。ミルレオはあわてて左右を見回す。

「左のき当たり……左ってどちらでしたっけ!?」

 混乱もきわめれば左右を忘れる。ほぼ反射的に、かろうじて左に曲がったミルは、明かりの少ない廊下を走りぬけた。やみまぎれた扉が浮かび上がった時は神に感謝した。

 ノックも忘れて飛び込む。自分の体重でたおれ込むように扉を閉めれば、音はぴたりとしやだんされ、きようの声は聞こえなくなった。そこでようやく、恐怖だけに支配されていた心身に光がともる。廊下の暗さとは違い、意外と明るい部屋にもほっとしてしゃがみこんだ。

「やっぱり来たな」

 聞き慣れた声に、心臓が勢いよく跳ね出た気がする。ひざにつけていた額もいつしよね上げた先で、自分の上司がしようしていた。髪は乱れ、上着はどこかに落とし、シャツはけ、ズボンもみようげているミルレオのさんじようを見下ろし、ガウェインはしみじみ言った。

ひどい格好だな……お前、じよじゃなかったか?」

 ひじを掴んで立ち上がらせたミルレオのうでは、ガウェインの指が回ってしまった。細さにまゆひそめたガウェインに、ミルレオは慌てて答えた。

「ま、魔法は人のためにあれ、です」

「魔女のこんごうせきおきて、か」

 魔法を私利よくあつかうなかれ。一般人へのこうげきは、反撃のみが許される。

 はくがいを受け続けた魔女が定めた掟を、現代の魔女達は忠実に守っている。もしも掟を破ろうものなら、魔女による制裁が待ち受けている。魔女が魔女としてこの世にある為に、掟は絶対なのだ。

「あれは攻撃と見なしていいと思うけどな。ほら、立てるか?」

 引っぱられるままに奥へと進む。部屋の隅にひっそりとしんだいはあるものの、使っていた様子はない。書類がテーブルの上に散らばっている。どうやらここでも仕事をしていたようだ。しかし、さっきまでこんな書類は持っていなかった。

 不思議に思ったミルレオだったが、すぐにはっとなった。聞いた事がある。こういった娼館は密会などに使われる事があると。守護はくを預かるガウェインも仕事中だったのだ。

「お、お仕事中に申し訳ありませんでした! 僕、すぐにてつしゆういたします!」

 出来る限り書類を視界に入れないよう気をつけながら。慌てて背を向けようとして、肘を掴まれたままなのに気づく。ガウェインは気にした風もなく、のんびり部屋の中にもどっていく。

「まあ待て。どうせなら手伝っていけ。毎度毎度新人をからかっては楽しんでるんだ、あいつらは。に付き合ってやる必要はない」

 なんてやさしい! ミルレオは解放された手で、思わず口元をおおった。筋肉達と比べたらまるで天使のようだ。ちょっと目つき悪いけど。

 ここは、下の部屋に比べるとどちらかというと居室に近い。ソファーやテーブルの応接セットも完備されている。テーブルの上に散らばっている書類を簡単にまとめていると、じっとこちらを見ている上司に気がついた。

「あの?」

「その書類の人物を知ってるか?」

 纏めた書類の一番上に書かれていた名前を見る。

「デューク・ウズベク様……フスマスティス家のごれいじようとつがれた家のご当主様ですね。この方がどうかなさったのですか?」

「近い内に城に来るかもしれなくてな。中々気難しいと聞いている。持て成すのも一苦労だ」

「そうですか……確かからい物や苦い物がお好きではありませんので、お酒やお料理は甘めがよろしいかと。あ、葉巻もおきらいですので、お話し相手の方も吸われない方が……後は……お付きのヘンドリック様が少々変わったかただと聞きおよんでおりますが……」

 口ごもる様子に、事情を察したガウェインは得心したとうなずいた。

「分かった。お前が貴族側の情報にさとくて助かる。どうもこの地はそういった情報にうとくてな」

 王宮では貴族の情報を耳にする機会が多い。望む望まざる関係なく、そういう話題しかないのだ。ミルレオはうわさには疎くとも、教育は受けているので目ぼしい貴族の情報は入っている。りよくであろうが力になれたことがうれしくて、ミルレオはあんと一緒に喜びを浮かべた。

 ほかにも何かお役に立てないかと思いながら、横のに座る。何か書き込みながら書類に目を通していく速度は、慣れた人間にしか出せないものだ。腕が立つとは聞いていたが内政も不得手ではないのだろう。西方は彼が守護伯となってから少し豊かになったと聞く。

 ミルレオは、じやにならないようタイミングを見計らい、そっとたずねてみた。

「あの、うかがっても宜しいでしょうか?」

 あまり自分から話しかけてこなかったので、ちょっとおどろいた顔をされる。

「別に構わんが、たのむからあんまりかしこまった伺いを立てないでくれないか。俺は下町育ちでな。仕事でなら仕方ないが、私用でまでそれだとごこが悪い」

 苦笑した顔は何歳か幼く見えた。ガウェインはらくいんと聞いたことがある。先々代のハルバートは西のえいゆうと呼ばれるほどの男だったと、個人教師の授業で知ってはいた。

「申し訳ござ……ありませ……すみま……ご、ごめんなさい?」

 れいてつていてきたたき込まれているミルレオだ。畏まるなというほうが難しい。育ちの良さが前面に押し出されている魔女の様子に、ガウェインは苦笑した。

「お前は本当に育ちがいいな。ほうり込まれたとはいえ、それでここはつらいだろうに」

 同情をめた大きな手が丸い頭をでる。細い首はかくんと揺れた。ガウェインを見上げるひとみは大きなきんいろだ。どんな宝玉よりも美しいと、がらにもなくガウェインは思った。

「いいえ、僕はちっともつらくなんてありませ……いえ、ていせいします。ジョンさん達がぜんになるのはとてもつらいです」

「……それは、すまん。注意しても直らないんだ、あれは」

「でも、他は本当につらくなんてないんです。楽しいことばかりです。本当にずかしいくらい世間知らずで、魔法も強くない役立たずに、みなさまは本当に良くしてくださいます。分からなくても教えてくださいますし、魔女であることに何かを押し付けたりもなさいません。お母様は出来たのになんて言われること、も……失礼しました。を申しました。お忘れください」

 すっと下げられた背と頭。それは見事な一礼だった。な動きがいつさいない美しい手本のような礼。金紫の瞳はかくされ、表情は何も見えない。

 再び頭に手を乗せ、勢いよくき回す。ぼさぼさにされてなお、ミルのかみはさらさらとさわごこの良いリネンのようだ。どう反応したらいいか分からないと瞳にもありありと表れたこんわくを、ガウェインは苦笑で流した。本当に幼子のおりをしている気分だ。しかも、迷子の。

「ここは西の激戦区でな。昔はどこを見ても死体が転がっていたことからついたあだがスケルトン地方だ。実際その辺ればしゃれこうべも出てくるだろう。しかしあいしようがよくないのか、中々魔女が居つかない。魔女はすぐに死ぬというみような伝説まで出来てしまった。西は最も魔女が少ない地域なんだ。だからここでは魔女を見ていないやつが多い。当然お前のお母様とやらも」

 つらつらと流れる言葉は、もしかしてはげましてくれているのだろうか。思い至ったしゆんかん思わずき出した。口元を押さえてくすくす笑うミルレオに、ガウェインは少しばつが悪そうな顔になる。それがていまいに重なって、ミルレオは余計におかしくなってしまった。

「申し訳ご……ごめんなさい。きっとお母様のようになれますよという励まし以外がめずらしくて。隊長は本当にお優しいですね。だから僕をここに居させてくださったのですか?」

「だから畏まった言い方はよしてくれ。で、聞きたかったのはそれか?」

「申し……ご、ごめんなさい、えい努力致します」

 な顔で決意を固めたミルレオに、ガウェインは苦笑した。

「理由はいくつかある。たとえ半人前だろうと魔女は魔女だ。西方守護地に居ついてもらえればありがたい。他の魔女が移住するきっかけにもなるかもしれないからな。魔女の医術は貴重だ。後は、さっきも言ったが俺は成り上がり者でな。成り上がり者には魔女もつかんとされるのもきた。俺の所為せいで西方全域が鹿にされるとちんじようしてくる馬鹿もいる。何百年も西方守護地に魔女がいないのは俺の所為かちくしよう

 色々大変なようだ。しかし、ミルレオは尊敬をこめた瞳でガウェインを見た。

「ガウェイン様は、本当にらしい方なのですね」

「ん?」

 今の話をしてまさか自分をめられると思っていなかったガウェインは、なおに首をかしげる。その様子に、ミルレオもきょとんと首を傾げた。

「他にけなすところがないから、ご自身ではどうしようもないご出自を持ち出されるのですから、ガウェイン様は本当にすごい方なのです!」

 ガウェインは一瞬ぽかんと口を開けて、次いでき出した。その勢いのまま、またミルレオの頭がぐしゃぐしゃと掻き回され、首がれる。

「あー、笑った! お前、可愛かわいいなぁ。お前は、まあ、のろい持ちの半人前で、育ちも良い感じだからやっていけないかとも思ったが、中々どうしてんでいるし、他の奴らもお前を気に入ってる。最大の理由はトーマスだが」

 予想外の名前が出てきた。きょとんとしたミルレオの反応にガウェインはまたしようする。

「あいつは人を見る目があるんだ。あいつがどうにもしっくりこない奴は、何かしら問題を起こす。そんなあいつが一目で気に入ったからな、だいじようだろうと。な? 正解だったろ?」

 ガウェインは、副官であり従兄弟いとこであるトーマスを、公私共にしんらいするみぎうでだと公言している。ガウェインがしやくぐ際、落胤をいまさら家に入れるくらいなら従兄弟であるトーマスを養子に取ればいいという意見も多かった。しかしトーマスは『僕は、僕が継いでもガウェインにこうべを垂れるよ』と言い放った。

 今でも、部下として友人として従兄弟として、彼の代わりはいない。

「まあ、こう言ったら俺が自画自賛しているようで少々居心地悪いがな」

 少し照れくさそうに笑うガウェインを見ながら、ミルレオは、二人の関係に素直にあこがれた。


「お二人は、とてもてきなご関係なのですね」

 大きくじゆんすいな瞳で見つめられたガウェインは、やってもいない罪を白状したくなってきた。十六だと聞いていたが、見た目だけでなくどうにも幼い印象だ。丸い頭がそう思わせるのか。

「そうだ。ミル、呪いを解く取っかりはつかめたのか?」

 どうにもむずがゆくなった気持ちをそうと、話題を変えて何気なしに聞けば、幼い子どものようながおが一瞬で絶望と化した。ただでさえ細い身体からだが一回りしおれたように見える。

「……お母様は、こわいんです」

「ま、まあ、気持ちは分からんでもない、が、子どもだった時分よりはマシじゃないか?」

 小さくて細い手をぎゅっとにぎりしめ、上げられた金紫の瞳はうつろに彷徨さまよった。

「………………隊長に励まして頂いたのでがんります……」

「お、おう」

 音をたてずに立ち上がる様さえ品があるように見える。反対に表情は役者でもしないようなそうかんあふれるものだった。こころしかがらな身体が更に小さく見える。ミルは悲痛な顔で部屋のすみを回り、ぽんぽんと叩いて何事かをつぶやいていた。

「何してるんだ?」

「防音です……」

 用意が終わったのか、金紫が閉じられる。同時に銀青がひるがえった。両手をゆるく開いた周りを、室内にもかかわらず風がう。

「北に銀雨、東にりよく、西にせつさい、南に陽音。我が身をむしばみし呪いを退けろ!」

 円形の術式がミルの足元に大きく展開した。

 ガウェインは、吸い込まれるように光でえがかれた術式に見入った。魔女が魔法を使う様を見た経験はある。そのどれよりもみつせんさいな、まるで雪のけつしようのように美しい術式だ。しかし、すぐに術式は変容していった。あでやかに、大輪の花がほこるようなあざやかさに。

 ひときわ大きな風が吹くと同時に青い光が小柄な身体を包む。一瞬、銀青が波打って少年の背をおおったように見えた。ちがいかとまばたきした瞬間、少年の表情が一気にこわる。身体を覆っていた風が急激に形をし、おにでさえもっと可愛いと反論したくなる形相で大きく口を開く。

『この未熟者がぁ!』

「ひいいいいいいいいいい!」

「うわああああああああああああああ!?」

 ごくの底から飛び出したような声を出したそれはあっという間にさんしたが、がたがたふるえる身体を反射的にきしめ、ガウェインは珍しくじようきようあくに時間がかかった。

「……あれが、母親、か?」

「ごめんなさいごめんなさい申し訳ございませんお母様ぁ!」

 ぶるぶる震える少年があわれなうさぎに見えてしまったガウェインに罪はないだろう。あれは怖い。本当に怖い。いくさひんした命の危機は可愛いものだったと、ガウェインはしみじみうなずいた。

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