第3話 失われた家宝

 トフィック老人は、朝から家の中をひっくり返していた。

「ない! ないないない! わしの大切な……わが家の大切なアレがない!」

 広くもない部屋の中で大騒ぎをしていると、孫娘が駆けつけた。

「おじいちゃん、どうしたの? 何かなくなったの?」

 老人は孫娘の肩に両手を置き、涙と鼻水を流した。

「わが家の家宝が……黄金のアレがなくなってしまったのじゃ!」

「えぇ!? 最後に見たのはいつなの?」

 老人は部屋の中を行ったり来たりしながら記憶を探った。

「あれは……そう、そうじゃ。昨日、たまには日に当てようと、外に干しておいたんじゃ」

 老人は家を飛び出し、干した場所を見たがそこにはなにもない。孫娘とふたり、付近を捜索したがやっぱり見つからなかった。

「やはりない! 誰かに盗まれてしまったのやもしれん!」

 老人は興奮し、ゴホゴホとせき込んだ。孫娘がやさしく背中を撫でてくれる。

 がっくりと肩を落とした老人だったが、名案がひらめいたとばかり顔を上げた。

「そうじゃ! 司令官どのに相談しよう。あの若者なら、きっと力を貸してくれるに違いない……アリーシャ。わしを、あの若者のところへ連れて行ってくれ」

 孫娘――アリーシャは「そうかしら?」と首を傾げた。

 アリーシャの目には、黒髪の若い大尉は必ずしも頼りになる人物とは映っていなかったのである。

 とはいえ祖父の希望なので無碍むげにも出来ず、アリーシャとトフィック老人は、連れ立ってリカードのもとを訪れた。



 朝餉あさげも済んで、のどかな一日がこれから始まる……というのんびりした時間帯だった。

 リカードは指令室で読書していたが、突然の訪問客を快く迎え入れた。トフィック老人は、このペスカ村の村長であり、リカードの釣り仲間でもあった。

「いらっしゃい、まぁ掛けて。トフィ爺さん、なんだか元気がないようだけど、どうかしたんですか?」

 リカードはトフィに対して丁重な対応をした。彼に限らず、村人と仲良くやっていくことは、この第一歩兵団にとって不可欠なことだと思っている。

 このペスカ村は、これといった産業のない小さな村だ。兵士に食料や日用品や娯楽を売り、そこから金銭を得ることによって村は富を得ている。兵士たちも、村人の協力がなくては物資をまかなうことができない。両者は共生の関係にあった。

 カレンが香茶を運んできて、トフィックとアリーシャの前に並べる。興味深そうにちらりとアリーシャを見たが、なにも言わず部屋の外に出た。

「聞いてくれ、司令官どの。わが家の家宝がなくなってしもうたのじゃ。昨日、外で日の光に当てていてな、うっかり忘れておったら、このザマじゃ。探すのを手伝ってもらえんかのぅ?」

 リカードは、ふむ、と腕を組んだ。

「それは風で飛ばされそうなものですか? それなら、村の中や付近の田畑を捜索するための人手をお貸しできますが」

 それとも、と言葉を続ける。

「もし盗まれたとお思いなら、ことはもっと複雑になる。兵士が勝手に家探しするわけにはいかないし、よその村へ交易に出る荷馬車をあらためるには、理由が要る。村の人たちにとっては、あまり楽しくない事態だと思います」

 そのとおりじゃ、とトフィックも頷いた。

「わしとて、村人を疑うような真似はしとうないが……ひとつ気になっていることがある。近いうちに、お耳に入れようと思っておったことなんじゃが。実は、馬に乗った人影を見た、馬のいななきを聞いたという証言が、いくつかあがっとりましてな。深夜のことです」

「ほぅ、馬ですか……」

 リカードはいったん言葉を切った。


 軍隊の駐留する村に馬がいてな何がおかしい……と思われるかもしれないが、実は第一歩兵団は馬を所持していない。馬というのは、維持するのにかなりの費用がかかる高価なもので、リカード以下貧しいものたちには憧れでしかない存在なのだ。

 村には数頭の馬が飼育されているが、もちろん貴重な存在なのできちんと管理されている。夜中に外に出すことなどまず考えられない。


 トフィックが言葉をつないだ。

「実は、お耳に入れたいことがもうひとつありましてな。南の街道を通った荷馬車が、賊に襲われるという事件が発生しとるんです。立て続けに二件も」

 リカードは眉を寄せた。

「トフィ爺さん、いや村長。その話は、もっと早く聞きたかったな」

「いや、すまない。幸いけが人はなく、賊の正体もはっきりせんもんで……三~四人の顔を隠した男たちじゃったという話だ」

「外国人かどうか、分かりますか?」

「いや、そんな話は聞いとらんが……」

 実際に賊に襲われた人間の話を聞く必要があるな、とリカードは思い、そのものたちを砦に呼んでくれるよう、トフィックに依頼した。

 もし賊が外国語を話していたなら、山賊のたぐいではなくヴィッターリス王国の兵士、という線も考えられるからだ。

 いずれにしてもリカードにはこのペスカ村を平和に保つ責任があり、そのためには南の街道に出没するという賊を調査せねばならなかった。

(しなくてはならない、って考え方は好きじゃないけど。でも、アリーシャの前でいいカッコもしたいしね)

 リカードは黙って話を聞いているアリーシャを盗み見し、今日もきれいな娘だなと惚れ惚れしながら香茶をすすった。


 午後から賊の被害に遭ったという村人を寄越すと約束し、トフィック老人はアリーシャを連れて帰って行った。

 リカードは、代わってやって来た副官のアザドに先ほどの話を聞かせる。

 話を聞き終えた彼が尋ねた。

「調査隊を出すか?」

「あぁ。実際に村人に被害が出ているのなら放っておけないからね……そのまま討伐隊になるだろう。それで、この際だから少数の精鋭を組織しようと思うんだ」

 第一歩兵団は、司令官のリカード・ミリノフ・マクラウド大尉、副司令官のジョゼフ・ブルックナー中尉、そしてリカードの副官アザド・レジ准尉。この三名のほか下士官が二名しかおらず、あとは一般兵ばかり九十四名が在籍している。その中で実戦を経験しているものはごくわずか。有事の際に速やかに秩序をもって行動できるよう、有能な人材を作っておきたかった。

「コンロイ伍長と、ストーンズ兄弟を連れて行こうと思うんだが、どうだろう?」

 鳶色の瞳に思案気な光を乗せ、アザドは「少なくないか?」と言った。

「山賊の規模も分かってないんだろ? もっと思い切って人数を出したほうがいい」

 という助言に従い、連絡係のターニャ・フィンドレイも含めて十名の調査隊が組織されることになった。ターニャは、第三大隊所属の魔法使いの弟子である。

「留守はブルックナー中尉と、ハートン軍曹に任せることにしよう。めでたく盗賊を捕まえられたら、村長の家宝がないかも調べてみるよ」

 アザドは首をかしげ、

「そういや、村長の家宝ってなんだ?」

と訊いたのだが、リカードの返事は「わからない」だった。

「おい」

「いやー、会話の中で出て来なくってね。後で尋ねておくよ」

 リカードは笑い、決定をしたためた指令書をアザドに持たせ、退出させた。 


 その日の午後。

 同じく司令官室で、賊に襲われたという村人の話を聞いたリカードは、

(こりゃ、どこかの兵士くずれが山賊になったかな)

という印象を持った。どうやら、ヴィッターリス王国の兵士という線は薄そうだ。

 彼らを帰し旅支度を調えていると、部屋の外にいた兵士から来客を告げられた。

「今日はお客さんの多い日だね……いいよ、通して」

 兵士に合図すると、現れたのはさらさらとしたばら色の髪の娘だ。

 内心どぎまぎするのを押し隠し、彼女に席をすすめる。弟子のカレンに「いいお茶持ってきて!」と頼むのは忘れなかった。

 ふたりの前に紅く香りのいい茶が出されると、リカードが口火を切った。

「それで、なんの用かな?」

 それだけ言って、少し愛想がなかったかなと慌てて付け足す。

「もちろん、君に会えてうれしいけれど」

 リカードのささやかな追従ついしょうには気付かなかったかのように、アリーシャは「お願いがあって来たの」と言った。

「山賊を討伐しに行くんでしょう? うちの家宝も、やつらが盗んだのかもしれない。取り返しに行きたいの……私も連れて行って」

 この申し出を受け、リカードは紫暗色の瞳に困惑の色をたたえた。いかに彼女が男勝りといえど、戦いの心得のない娘を討伐隊に加えるのは危険すぎる。

「僕たちが役割を果たして戻って来るのを、君は待っていればいいさ。ほら、家宝は寝て待てって言うじゃないか」

「……」

「ごめん、冗談。でも、女の子には危ないよ」

 それでもどうしてもと、アリーシャは言い張った。

 リカードは困って、眉を下げた。

「……家宝って、そんなに大切なものなの?」

 リカードが尋ねると、アリーシャは初めて見せる寂し気な表情で、本当の理由を教えてくれた。家宝も大切だが、もうひとつアリーシャにとっての宝物を取り戻したいのだと。

「お母さんの形見のペンダントなの、おじいちゃんが、風に飛ばされないよう重し代わりに使っちゃって、一緒になくなってしまったのよ……おじいちゃん、最近ちょっとボケかけててね。そのこと覚えてなくって」

 彼女はテーブルに身を乗り出した。

「だから、お願い! 私がいかなきゃ、どれがそのペンダントなのか分からないじゃない。山賊のアジトにはきっとお宝がいっぱいあって、私のペンダントなんて忘れて帰って来ちゃうかもしれないわ。だってそんなにキレイなものじゃないし」

「物の価値は美しいかどうかで決まらないよ。君にとっては、かけがえのないものなんだね」

 沈黙は、長くは続かなかった。

 リカードは小さく息を吐き、「いいよ」と微笑んだ。

 ポケットを探ると、可愛いピンクの花が刺繍されたハンカチを取り出した。女物だ。

「母の形見の大切さはよく分かる……私にとってはこれがそう。刺繍は母がほどこしたんだよ。こうして肌身離さず持ち歩いている」

  リカードはハンカチをしまい、立ち上がった。

「帰って支度をしておいで、アリーシャ。いっしょにお母さんの形見を探しに行こう」



 アリーシャは草原の中に立ち、今しがた出てきたばかりの城砦を見上げる。

(変わった大尉さん)

 一度も目を逸らさず、アリーシャの話に最後まで耳を傾けてくれた。たとえケンカになっても一緒に連れて行ってもらう覚悟で着たのだが、そんなことは起こらず、話し合いは静かに終わった。終始、穏やかな雰囲気を崩さない人物だった。

 酔った兵士が大声を出して騒ぐのを見ているせいか、アリーシャは軍人というのはみんな粗暴で落ち着きのない連中だと思っていた。だが、その考えをあらためる必要がありそうだ。

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