『小さなお話』 その63
やましん(テンパー)
『電車 In お風呂』
『これは、やましんの、今日のゆめに基づくお話であります。したがって、すべてフィクションであります。』
♨
両親が亡くなる10年くらい前からは、年に一回くらいのペースで、旅行に行っておりました。
奥様は、お仕事が忙しいので、付いて来たことがありません。
嫌だったのかもしれませんが、いまだに、真相は尋ねておりません。
今回も、ある温泉宿に泊まっていたのですが、これがまあ、かつて例を見ないよな、お風呂がございましたのです。
真夜中ですが、なぜだか、これから出発するという前に、お風呂に入っておこうと、やましんは、その世にも稀なお風呂にやってきておりました。
なにが、すごいと言って、まず、混浴で、脱衣所もいっしょ、というあたりは、やましんあまり気にしていません。(実際は、ダメです❗)。
問題は、このお風呂のど真ん中を、線路が走っていて、高速でもって、ばんばん電車なんかが、通り抜けてゆくのであります。
向こう側とこっち側、(つまり、こっち側は出口ですな。お風呂からの出口と、脱衣所からの出口がありました。向こう側は、真っ暗な闇の中です。)には、かなり古風な、斜めに筋交いが入った、スライド式のドアがあります。
電車がやって来ると、上側の壁に明かりが灯って、そのドアが自動的に開くのです。
そうして、向こう側や、こっち側から、電車の猛烈に明るいヘッドライトが見えた、と思うと、なんの遠慮もなく、ものすごい速度で、電車などが通過してゆくのでした。
線路がある部分は、路面電車みたいになっていて、浴槽と、シャワーが並ぶ洗い場との真ん中を貫いているのです。
『きたぞお~~~!』
お客さんが叫びます。
まるで、幽霊が現れる直前のように、がらがらがらっと、向こうのドアが開きます。
ヘッドライトが見えた!
と、思う間も、あるかどうかというくらいで、いろんな電車とかが、猛スピードで、通過して行くのです。
よく見る『普通列車』から、珍しい『特急列車』や、『寝台特急』(ブルートレインですね、)、さらに、貨物列車まで。
湯船につかって眺めているのには、こんなに、楽しくも、恐ろしいことはございません。
なんせ、あまり隙間がないのです。
うっかり、湯船から手を、だら~~~ん、とか出していると、一緒に持って行かれそうなのです。
だから、奥側に大人しく収まっているのが、安心で、良い眺めです。
それはもう、絶景でありました。
シャワーの列に座っているときは、もっと、迫力満点です。
背中を流していると、『来た来たあ~~~~!』と、また、おじさんの景気の良い、叫び声がしました。
『ごわあ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!』
と、風と共に列車が走り去ります。
『あ、せっけん、流れたあ~~~。』
『ごわ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!』
石鹸さんは、跡形もありません。
タオルなんかも、気を付けなければ、ずたずたです。
もちろん、人間も。
こんな、スリル満点な温泉は、ここだけに違いないです。
宴会場で、お隣だった、愉快なおじさんが、お風呂にいました。
『今夜、しゅっぱつなんです。』
『ああ、そう。じゃあ、もう会えないですなあ。』
そう言われると、なんか、ものすごく、哀しい気分にもなります。
『あなたは、どちらから?』
と尋ねました。
『姫路ですよ。』
『ヒメジ? そおりゃあ、また、遠方ですね。まあ、もう会えないですが、お元気で。』
『はいー。あなた方も、ああ、来た、来たぁあ~~~~~~~~~~!』
ぼくらは、慌てて、両サイドに逃げました。
『ごあ~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!』
で、長湯も体に良くないので、温泉からはもう出て、脱衣所に。
棚に、一杯の荷物をまとめて入れておりましたはずが、なんだか、なかなか、揃わないのです。
『おかしい、カッターシャツがない。ラジオがない。カバンが違う。あらまあ~~~。こおりゃあ、困った。』
なんて言ってると、浴槽側のドアが、光と共に開きます。
『ごあ~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!』
まとめていた、荷物が、無残にも、吹っ飛びました。
やれやれ、また、最初からやり直しです。
なかなか、うまく、まとまらないのです。
結局のところ、やましんの、人生そのものみたいなのです。
そこだけで、すっごく、時間が経ったようでした。
やがて、若い女性の方が、5~6人で、どかっと、入って来ました。
だれも、問題だとは、思っていないようです。
とても、賑やかな雰囲気になりました。
しかし、間もなく、深夜12時になりました。
明かりが、急に、一段と、弱くなりました。
『ふうん・・・もう、出るわね。』
『うん、出る。きゃははは。』
とか言って、彼女たちは、騒いでおります。
ああ、そうか、ここは、深夜になると、出るというお話でありました。
なんせ、まあ、やはり、危険な場所ですからね。
『おにいさん、ほら、出た。あの人、消える!』
とか、みんなでやましんを、脅します。
それで、その、言われた、その人の後ろ姿を見ていていたら、
『きゃははははは。』
という、笑い声と共に・・・・・・・・
『ごわ~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!』
と、電車が彼女たちのいるあたりを、通過してゆきます。
『あああああああ・・・・・おぎょわ~~~~~~!! 危ない~~~!!!』
でも、彼女たちは、一瞬のうちに、ばらばらに、飛び散りながら、消えてしまいました。
ああ、どうやら、彼女たちが、幽霊さんだったようです。
**** *** ***
『あああああ。あった、あった。』
どうしても、行方不明だった、大事な大事な『お守り』が見つかりました。
それで、やましんは、大荷物を抱えて、温泉から外に出ました。
しかし、その広い宿の中には、当然、線路の続きがありました。
温泉の出口で、線路は二つの方向に、分岐しておりました。
丸みを帯びた、白い壁の通路も、線路に沿って別れています。
突然、例によって、温泉のドアが開くと、反対側から、長い貨物列車が、歩くくらいの速度で、ゆったりとやってきました。
でも、そいつは、なぜだか、温泉の中には入らずに、もうひとつの方向に入って行きました。
それは、毎晩、夜中にやましんちの裏を走ってゆく、貨物列車に似ていました。
『ああ、ここから、来ていたのかなあ。』
違うような気がしながら、そんなことを思ったのです。
一方、温泉の中からは、別の電車が走り出て来ました。
『きゃああ~~~~~!!!。』
さっきの、女性たちの、叫び声が聞こえます。
そうして、その列車は、貨物列車の中を、反対方向にすり抜けてゆくのでした。
なぜだか、でっかい、なぎなたのような(西洋の死神さまが抱えているよな。ベックリンさまの、絵に描いてあるような)長あい鎌やら、血まみれの草刈り鎌やらが、そこらじゅうに、ちらかっていたので、ちゃんと、お片づけをしておいてから、やましんは、自分のお部屋の方向に、歩いて行きました。
やましんも、これから、遠い場所に、出発です。
*************************** 🚃 ♨ 👻
おしまい
『小さなお話』 その63 やましん(テンパー) @yamashin-2
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます